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11.説教


 リダーシャ港はヴェローズから二日ほどの距離にある、大陸最南端の港だ。

 グスタフたちが請け負っていた依頼というのは、ここまでの護衛であった。


 ヴェローズからリダーシャ港までの街道はかなり整備されていて、安全性も比較的高い。

 主要な貿易路としてミブル領の警備も手厚く、商人としてもそこまで警戒して移動する場所ではない。

 とはいえ、完全に安全が保証されているわけでもない。


 盗賊など狙う側から見れば、基本的には避けるべき場所ではある。

 しかし、ここで運ばれる主要な品は海外由来のものであり、高価なものが結構な割合を占める。

 そうなると危険を犯す価値がなくもないわけだ。


 それに警備隊が見張れる範囲にも限界というものがある。

 野盗などを完全に防げるかと言えば、それは断じて否だ。

 もし野盗側が幸運に恵まれれば、安全だと高を括り、ろくな護衛もつけていない商人に行き当たることもあり得る。

 そうなってしまえば楽な仕事だ。破格の利益に犠牲もなし。祭りである。

 

 そういった事態を防ぐためにグスタフたちは雇われたのだった。

 この街道の安全度からしたら、通常は商隊単位でそこそこの護衛をといったところであるが、今回は顧客側が急ぎだったらしい。


 とはいえ、安全な道はやはり安全な道であった。

 

 リクウたちは馬車の幌の中でだらだらとしていた。

 見張りが一人、商人といるだけで、あとの面子は幌の中で何もせずにいた。

 がたごとと揺れる馬車の中はお世辞にも過ごしやすいとは言い難く、昼寝をして時間を潰そうにも疲れていない状態ではそれも難しかった。


 暇である。


 最初に痺れを切らしたのはルリであった。


「暇じゃ暇じゃ暇じゃああああ!!」


 馬車の幌の中で、ルリが寝そべって足をバタバタとさせている。

 それをリクウとグスタフと、フォーガ――グスタフのパーティの巨漢の方――が無感動な瞳で見ている。


「嬢ちゃん、飴でも食うかい?」


 とグスタフが勧めるが、ルリはそれを断った。どうもご機嫌斜めらしい。

 ルリは起き上がり、あぐらをかき、リクウをビシリと指さしてこう言った。


「リクウよ、そなた僧であるなら何か面白い話でもせよ!!」


 またコイツは、とリクウは呆れる。

 が、ルリの言葉には、リクウ以外が反応した。


「ん? あんちゃんは坊さんなのかい?」


 グスタフであった。


「そうだよ、真都揶のな。こっちじゃマトーニャだったか」


 グスタフは信じられんという目でリクウを見ている。


「坊さんってその、宗教の、アレだよな?」

「あれがわからんが、たぶんそれだよ」

「肉ぅ食ってたし、酒も飲んでたよな?」

「ああ」

「マトーニャってなあどんな国なんだい、そりゃあ」

「あー、じゃあ暇つぶしついでにちょっとお説教でもしてみるか?」

「ほう、そいつぁちょっと面白そうだ」


 グスタフも、無言のフォーガもリクウの方を見ている。

 ルリはあぐらで腕を組み、はよ話せというような視線をリクウに向けていた。


「どっから話したものかな」


 リクウは武僧である。妖異調伏を仕事とし、布教や説教の類は得意ではない。


「そうだな、俺は肉を食うし、酒も飲むし、助平なことだって考える」


 そこでルリが「やーいエロ坊主」という合いの手を入れた。

 リクウは膝立ちになってルリに近づき、脇腹を思いっきりくすぐってやった。


「やめろ脇腹はやめろくすぐったうひゃひゃひゃひゃ」


 やめろと言われてもやめない。ルリの反応が薄くなるまでくすぐり続け、それからようやく放してやった。

 力尽きたルリが、幌の床の上でピクピクとしている。

 

「で? どこまで話してたんだっけ?」

「まだ最初だろ、あんちゃんがエロ坊主って話だ」

「そうそう、それよ。別にそれって普通のことだろ? 人間は美味いもんは食いたいし、酒だって飲みたいし、異性のことだって意識する。さっきの言い分だと、こっちの聖職者はダメだってことだよな?」

「ああ、こっちじゃあそれが普通だ」

「それって無茶じゃないか? 神サンってやつはそんなに狭量なのか? そういうのを守る人間以外は誰も救わないっていうのか?」

「うーん……」


 とグスタフが考え込む。


「そこで七光如尊の出番だ。これが俺等が信じる神サンよ」

「シチコウニョソン」


 とグスタフは微妙に間違った発音で復唱した。


「この神サンのすごいところは、全ての人間を救いたいって思ってるところなんだ。ただ救いたいだけだから、難しい掟をこっちに強制したりはしない。自分を信じる全ての人を、楽土っていう自分の作った国に招いてくれるんだ」

「そりゃあ、聖人でも悪人でも関係ないのかい?」

「極悪人だけはダメって話だけどな」

「それじゃあ、その神様は俺も救ってくれるていうのかい?」

「もちろんだ」

「へえ、そのためには何をすりゃあいいんだ?」

「ただ信じればいいんだよ、七光如尊を。そうすれば七光如尊はああ、コイツは自分を信じてくれている人なんだなって見つけてくれる。それで死んだ時に楽土に導いてくれるんだ」


 グスタフは、思いの外真面目な顔ででリクウの話を聞いていた。


「俺は殺しをやってる。動物も怪物も、人だって殺ったことはある。それでもその神様は救ってくれるのか?」

「ああ、そんな人間なんていくらでもいるだろ? そういう他じゃあ救ってくれないような人間を救いたいって考えたのが如尊だ」

「いいじゃねぇか」


 とグスタフは感じ入るような声で言った。


「そうか、信じるだけでいいのか、それだけでその神様は死んだあと楽園に連れてってくれるんだな?」

「そうだ」

「じゃあ俺もいよいよって時はその神様を信じてみるかな。シチコウニョソンだったよな?」

「発音は七光如尊だが、まあだいたいあってる」

「いやそうか、あんちゃんが坊さんな。今の話を聞いてるとわからんでもないな」


 グスタフはどこか遠い目をした。


「俺がガキの頃、町にはやっぱり教会があってさ。礼拝の日には母親と一緒にそこに通ってたよ。そこで色々なやってはいけない事を教わるわけだ。殺しだってそうだし、嫁以外とヤッちゃあならないとかな。俺はそこまで信心深くないが、今まで子供の頃に聞いたそれが、どっかで心に引っかかってたよ。どうせ俺は地獄行きなんだろうなぁってどっかで思ってた」

「そんなことないさ」

「なんだかさ、安心したよ。母親はかなり信心深くてさ、子供の俺はある時母親に聞いてみたんだ、どうして司祭様は偉いの? って。したら母親はみんなを安心させてくれるから偉いんですよって答えた。わけがわからなかったよ。司祭様は怖い話しかしないからな。けど、その意味がわかったよ。坊さんは、安心させてくれるから偉いんだな」


 グスタフの、眼帯に隠されていない方の目が、リクウを見つめていた。

 

 思わず目を逸してしまった。

 リクウはそんな目を向けらてることには慣れていなかった。


「お、なんじゃこいつ、照れておるぞ!」

「ちげーよバカ!」

「照れてる照れてるー」

 

 言いながら、ルリは立ち上がってフォーガの大きな背に隠れようとした。

 リクウは動きを先読みして、ルリの小さな手を掴んでいた。


「あ」


 ルリの間抜けな声が響いた。

 リクウはルリを引き寄せ、制裁を加える。


「ぎゃあああああああああ」


 街道の青空の下に、幼女の悲鳴が響く。


***


 行きも帰りも、事件はなにも起こらなかった。

 平和な旅は終わりを告げ、リクウは約束通りの報酬を受けた。


 ヴェローズに帰ってからは、グスタフたちと飲んだ。

 依頼を手伝ったことに対してだけではない礼は、どこかくすぐったい気がした。

 

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