10.出る杭は
街中の店が薄暮の気配を感じて閉まり始める時間であった。
そんな中、リクウとルリはのんびりと街中を歩いていた。
午前は観光がてらヴェローズの寺院を見学して過ごし、午後はおばさんからのお使いをして過ごした。
「で、今日の晩飯はどうする? 戻って食うか、ギルドで食うか、それとも新しい店の開拓でもするか」
「ふむ、今夜はギルドの気分かのぅ」
以上のようなやり取りで本日の晩飯は決まった。
ギルドへの道をふたりはゆったりとした歩みで進む。
途中の広場では大道芸人が芸をしており、ルリが大喜びで大道芸を見ていた。
短刀を使った大道芸で、それはリクウの目から見ても見事なものであった。少し多めに投げ銭をしてやる。
ギルドに着く頃には辺りは暗くなり始めていた。
まだかろうじて夕日はあるが、ギルド前のランプにはもう明かりが灯されていた。
リクウは我が物顔でギルドに入り、酒場の区画まで移動をして足を止めた。
満員であった。
全てのテーブルが埋まっている。こういうことは珍しい。リクウがヴェローズに訪れてから初めてではあるまいか。
カウンター席には空きがなくもないが、ルリと二人で座れるような席は見当たらなかった。
「どうする? 別を探すか、それとも待つか」
「うーむ、妾はどちらでも良い」
「じゃあ待つか」
ギルドの待合まで移動して、リクウはベンチに腰を降ろす。
ルリもベンチにちょこんと座った。
受付では依頼の報告をして報酬を受け取る冒険者の姿が見受けられた。
ピピンから、一応冒険者としての資格をとってはどうか、とは言われていた。
冒険者の資格があれば最低限の身分証明にはなるし、依頼も受けようと思えば受けられる。
階級の低い冒険者であれば特別な義務はないらしい。
それに取得も簡単な手続きだけで大丈夫らしい。
そう勧めるピピンに、リクウはこう答えた。
「俺、こっちの字ぃ読めないぞ」
ピピンは黙った。
まあ、リクウとて取れるなら取ったほうがいいのではとは思っている。
我が物顔でギルドに出入りしてはいるが、冒険者でもない異国人がギルドでたむろしているのもどうだろうという思いはある。
そのうち目を着けられて厄介事に巻き込まれるかもしれない。
それならば近づかなければいいのではないかという話になるが、結局のところそれほど真剣に考えていることでもなく「めんどくさいから今はこのままでいいかなぁ」程度にしか考えていない。
リクウとルリは見るともなしにギルドの受付を見ている。
すると、物騒な影がリクウたちの前に現れた。
三人の男だった。
頭と思しき男が一歩前に出てリクウを睨んでいる。
その人相は凶悪で、山で出会ったならばノータイムで山賊と判断される面構えをしている。
片目が潰れているのか眼帯をかけており、頬には深い傷跡があった。
「よお兄ちゃん、最近随分目立ってるそうじゃねぇか」
リクウは無言で男を見返している。
心配していた事態が、いきなり起きてしまった。
「兄ちゃんはなんでも冒険者でもねぇのに新米の手伝いをしてるそうだなぁ?」
ピピンたちと、それにリィスの手伝いも含まれているのだろうか。
リクウは油断なく男たちに目を走らせる。
眼帯の男のうしろには、体格のいい大男と、痩せた背の低めな男がいる。
三人が全員帯剣していた。ヴェローズに来てから見ているが、この国の主要な武装は剣らしい。
「ちょっと俺らにも付き合っちゃあくれないか?」
リクウはふう、とため息をついてから立ち上がった。
リクウは小さな声で、
「ルリ、ついてくんなよ」
ルリは間髪入れずに、
「なぜじゃ? それに妾は主からあまり離れられん」
初めて聞いたぞそんなこと。
リクウは衝撃の事実に我を忘れそうになったが、目の前の状況に無理やり意識を集中した。
眼帯の男が先を行く。
どうやらギルドから出るつもりのようだ。
リクウは男の後に続く。そのリクウの後ろをルリが、そのさらに後ろを二人の男が固める形で着いてくる。
リクウの杖は、宿に置きっぱなしであった。
三人の身のこなしからして徒手でも問題ないとは思う。もしこの振る舞いが油断を招くための罠でなければだが。
しばらく進むと、眼帯の男がある店の前で立ち止まった。
「ここは鳥の宴亭つってな、鳥料理がとにかく美味い。中でも油で鳥を揚げた料理は酒に最高に合う」
「そうか」
なぜ説明したのかわからなかった。
ルリは素直に「ふむふむ」と説明に頷いているようであった。
「じゃあ入るか」
入るのかよ、という心の叫びが危うく口から飛び出しそうになった。
要はこの男は出る杭を打とうというやつなのであろう。
我が物顔でギルドにいる目立つ異国人に一発わからせてやろうという手合だ。
そうなれば裏路地でもなんでも人がいない場所に誘導するのが常套手だと思うのだが、こうなると店の中にはさらに敵が潜んでいるのかもしれない。
男に続いて店に入り、そのまま奥の空いているテーブルまで進む。
「さあかけてくれ」
リクウはルリを奥側に座らせ、自らはいつでも飛び出せる席についた。
三人の男はリクウの対面に座り、眼帯の男が給仕に手際よく注文をした。
「ん? ああ、もちろんこっちの奢りだから安心してくれ」
給仕が去り、眼帯の男の手がテーブルの下で動いた。
リクウは全身に霊気を漲らせ、何があろうと即座に対応できる状態を作り、眼帯の男が取り出したのは、紙に包まれた何かであった。
「ほら、ルリちゃん、料理が来るまで飴でも舐めてな」
「うむ、いつも助かるのう」
ルリは飴を受け取り、包みを解いて口にほおって顔を綻ばせている。
「いつも、とは?」
「ん? こやつはグスタフじゃ。妾にいつも飴をくれおる。リクウも何度か見てるじゃろう」
記憶になかった。そういえばルリに菓子を上げる面子の中にいたような気もするが、断言はできない。
「えーと、じゃあなんで俺は呼ばれたのかな?」
「いやさ、兄ちゃんは新米冒険者を手伝ってたろう?」
「ああ」
「それをうちらんとこでもお願いできないかって話よ、うちらは新米じゃあないがな」
それは見ればわかる。
グスタフはどう若く見ても三十を超えていないとは思えないし、残りの二人もリクウと同じかそれよりも上だろう。
何かの罠なのではないかと周囲を窺うが、食事をする客たちは皆楽しそうに食べているだけで、不穏な気配はどこにも感じられない。
「えーと、つまり、その、依頼を手伝って欲しいって話なのか?」
「そうよ。言ったじゃねぇか。なに、難しい依頼じゃねぇ、単なる商人の護送だ」
「難しい依頼じゃないのに、なんで見ず知らずの俺に手伝いを頼むんだ?」
「それがよ、先方には四人で護衛するって話になってるんだ。それがケネスのやつが、うちのパーティのひとりだがね。そいつがちょっと体調を崩しててな。あいつは大丈夫だって言うんだが俺は休ませてやりてぇのよ」
「それで俺に?」
「ああ、どうだ? 明日の出発で急な話だし、兄ちゃんは冒険者でもねぇ。無理にとは言わねーが」
リクウは今聞いた話を頭の中で整理している。ルリが名前を覚えるほど菓子をもらっているという話もある。
リクウの頭脳は、このような答えを導きだした。
待て、こいつ普通にいいヤツか?
改めて顔を見る。
子供が見たらそれだけ泣き出しそうだ。猟奇的な趣味を持っていたとしても、ですよね、で済むような人相をしている。
人は見かけによらないを説明するのにこの国で一番適した人材が目の前にいるのかもしれない。
「リクウよ、妾も世話になっておるし、ここはどうじゃろう?」
とルリがいつになく心配そうな顔で覗き込んできた。
「いや、手伝うさ、普通に。困ってるなら助けになろう」
「助かる。兄ちゃん男だねぇ、報酬はこっちが二のそっちが一でいいか? こっちってのはもちろん三人で」
「四等分でいいよ、そっちが受けた依頼だろ?」
「本当か!? ありがてぇ、マトーニャの人間は人情に厚いってぇ話があったが本当なんだなぁ」
とグスタフは震えていた。
料理が運ばれる。
野菜料理に鳥料理、おまけに酒とチーズまでついてきた。
芳しい匂いに、リクウの腹がぎゅるりと反応していた。
全員が杯を手にした。
グスタフが音頭を取る。
「それじゃあ我々の出会いを祝して……」
敵だと思った相手がそうではなかった。こういった経験は初めてであった。
対面にいる三人は、どいつもいい笑顔を浮かべていた。
どうしてこんな奴らを敵だと思ってしまったのか。リクウはまだまだ修行が足りないらしい。
リクウは目の前の宴を全力で楽しむために、頭の中を切り替えた。
目の前には美味そうな料理。
対面には気のいい異国の友人。
愉快だ。
リクウも声を張り上げる。
「「「「乾杯!!!!」」」」
杯のぶつかる音が店内に響いた。




