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勇者の悲劇(中)

「で、どちらが犯人だと思います?」


 ラヴィは無感情に問いかけると羽ペンを右手に握りしめた。


 どちらもちがう、と言いたかったが人の心の中までは分からない。何よりも密室で死んでいた勇者を殺す方法が分からない。


「他に勇者を殺す動機がある人間はいないのか?」


「ほかですか? いますよ。魔王軍の残党とか勇者になりそびれた冒険者。あとはそーですね。勇者が別格視されるのを嫌う教会勢力とか」


 一番ありえそうなのは魔王軍の残党ではあるが、彼らが勇者を殺したのだとすれば何かしらの勝利宣言があるはずであるがそれがない。力関係を重視する魔族が人類最強の勇者を殺して黙っている。それはあまりに不自然でやはり犯人は別にいるような気がする。


 だが、他の勢力にしても勇者を殺すことで獲られる利点というのはあまりにも少ない。ラヴィは自分の雇い主もさらりと容疑者に加えているが、教会が犯人という話は難しい。事実か虚偽かは別にしても教会は、魔族に対して絶大な効果を持つ勇者の剣を扱える勇者の血族を神が人々に与えた救いの一つとしている。それゆえに勇者が活躍することで教会の権威は高まるようになっている。その教会が勇者を殺すというのは損失のほうが多いだろう。


「どれも眉唾だな。なによりも勇者が残した二人の名前と繋がらない」

「魔王の残党に関しては、勇者様自身が村の近くにそれらしい存在を確認したという報告を王都に何度かされているようですよ」

「そうなのか? だが、そんな様子は見られないけどな」

 すくなくとも俺がこの村に来るまでの間、魔族らしき存在にも敵意にも襲われてはいない。なによりも魔王さえ倒した勇者がいまさら残党に警戒するというのはどこかに間違いがあるような気がする。

「なにか俺の知っている勇者と感じが違うな」

「うーん。じゃー基本に戻って現場に行きますか?」

「現場って勇者の家か」

「そうです。私はすでに年代記作家として話を通してありますのですぐに中に入れると思いますよ」


 さすがは教会の手のものである。打つ手が早い。冒険の途中でもよく思ったことであるが教会はどこにいっても信者がいる。そして、その信者たちの情報は俺たちが思っている以上に様々なことを知っていた。


 勇者の家はどこの街にでもある木製の二階建てでここに世界を救った勇者が住んでいるなんて多くの人は思わないに違いない。だが、勇者は世界を救った報酬のすべてを俺たち仲間に分け与えるように願い出て自分は故郷に戻った。それだというのに俺たちの中で最初に死んだのが勇者だというのは皮肉な話だ。


 何と言って家に入ればいいか考えていると扉のほうが先に開いた。中から出てきたのは勇者の愛したバーバラだった。彼女は俺の隣にいたラヴィを確認すると「ああ、教会の」と頷いた。それから俺の姿を直視するとラヴィにこの人は誰なのかと問いたそうな顔をした。


「勇者の仲間だったダインです。今回は何と言ってよいか」

「ダイン様!? すいません。結婚式に来ていただいていたのにすぐにわからなくて」


 慌てた顔をするバーバラを落ち着かせるように「仕方ないですよ。もう十年も前ですから」というと彼女も「十年も経ったんですね」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「奥様、申し訳ないのですが書斎のほうに入らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 ラヴィは物怖じするようなこともなくバーバラに断りを入れる。バーバラは嫌な顔一つせずに俺たちを家の中に招き入れた。玄関を抜けてすぐの居間には大きな卓が置かれており、家族四人の椅子が置かれていた。この卓を囲んで勇者は静かで幸せな生活をしていたはずだった。それなのにいま彼はいない。


「あっ」


 つい声が出た。それは卓の上に置かれた剣がどうにも懐かしかったからだ。それは勇者の剣だった。魔王さえ切り裂く鋭さを持つ代わりに勇者の血族しか振るえない本物の聖剣。旅の中で何度も俺たちを助けてくれた伝説の剣。しかし、いまは持ち主を失って卓の上に置かれていた。


「すいません、懐かしくってつい声が出ました」


「主人はどこへ行くにもその剣を持っていました。でも、あの日に限って剣はここに置かれていて、だから私はどうにも不安になって探したんです」


 バーバラはあの日を再現しているかのような足取りで二階への階段を駆け上がった。俺たちもそれに続いていく。階段がギシギシと鳴くが足場はしっかりしていていた。階段を上り終えて正面が書斎だった。たくさんの本が入った本棚が左手にあり、その反対側に重々しい鎧窓があった。正面は机と椅子が置かれているが、椅子の下にはまだ血痕が残されていた。


 俺はようやく勇者が死んだのだと実感した。


 机の上には勇者が書き記したと思われる血文字が残されている。マリー、ラインと二人の名前が並んでいるが、ラインの最後の文字を書いたあたりで血文字は大きく崩れ、そのあとに何が書かれようとしていたかは読み取れない。


「勇者はここで?」

「はい、いくら呼び掛けても返事がなくて……。私は急いで二軒隣のお義父様をお呼びしたんです。お義父様が居間に置かれた聖剣を使って扉を壊すとすぐに主人が椅子に座ったままぐったりしているのが見えました。慌てて近づくともう、あの人の身体は冷たくなっていて……。私は気づかなくて……」


 バーバラは勇者が最後に座っていた椅子にすがりつくように泣き崩れると俺やラヴィがいることなど忘れたように泣いた。自分が死んだことに涙を流してくれる人がいた。それだけで勇者の人生は幸せだったに違いない。それに比べて仲間だった俺たちはどうだろう。すくなくとも俺には泣いてくれる人がいるとは思えない。それは他の二人にしても同じに違いない。


「お母さん泣かないで」


 子供特有の甲高い声に振り返るといつの間に来たのか小さな男の子が立っていた。俺はそれがすぐに勇者の息子だとすぐにわかった。目元や鼻筋がひどく勇者に似ている。


「君がジルだね。お父さんによく似ているよ」

「あなたは?」


 ジルは不信と困惑を目に宿したまま俺を見てラヴィを見た。どうやらラヴィにはすでに会ったことがあるらしく彼女を見る目には俺に向けるような敵意は感じられなかった。


「俺はダイン。君のお父さんとは一緒に冒険をした仲間だよ」

「賢者ダイン。聞いたことがあります。報酬の交渉がすごくうまくて普通の報酬よりも多くのお金や物を貰うのが得意だったんですよね」


 勇者は自分の息子にどういう教育をしているのだろう。俺が交渉上手になったのは勇者たち他の仲間がびっくりするほどその手の交渉に無頓着だったからだ。勇者が魔物を倒すのは当たり前と言われて無償で魔物の巣に飛び込んだり、盗賊に騙されて神殿に盗みに入ったり、ひどいものだった。


「まぁね。いま俺たちは君のお父さんを殺した相手を探しているんだ」

「……本当ですか。ならはやくあの二人を捕まえてください。父と一緒に魔王を倒しながら、多くの人たちにひどいことをしているあの人たちを」


 ジルが言っているのは、きっとマリーとラインのことだろう。こんな子供でさえ二人の悪評を知っていると思うと、あながち二人が処断されかかっているという噂は事実に近いのかもしれない。


「人を捕まえるにはきちんと手順を踏まなければいけないんだ。噂や思い込みで決めてはいけないんだ」

「あなたも父と同じことを言うんですね。あの日の稽古のとき父もそう言っていました。二人にだってなにか言い分があるんだって。それをちゃんと聞かないといけない。だから、僕は怒ったんです。悪い人をやっつけるのが勇者のはずだって」


 困っている人を助ける正義の味方。それが勇者だとすれば俺の知っている勇者は違っている。二つの町のうち一つしか救えなくて一つを見殺しにしたこともあれば、魔族に操られている人間を斬り殺したことだってある。きっと人のためだったとは思う。だけど正義であったかは自信がない。


 俺が言葉に詰まっているとラヴィがジルに声をかけた。


「君が勇者になったら世界はきっともっと平和になるね。正しいことをするのに迷いがない。ひょっとしたら君はお父さんをこえる勇者になれるかもしれないね」


 ジルは彼女から肯定されたことが嬉しかったのか頬を赤らめた。


「うん、僕は父を超える勇者になります」

「……ジル」


 バーバラは涙をぬぐうとジルを抱きしめた。二人の姿を見ると勇者はさぞ無念であったろうと思う。これから子供たちが大きくなれば教えておきたいこともあったに違いない。だが、彼の死によってそれらの道は閉ざされた。王国や教会は残された家族に支援をどの程度してくれるだろうか。


「すいません。お恥ずかしいところお見せしました」


 息子の手を握ったままバーバラは立ち上がるとしっかりとした口調でこちらを見た。もしかするとこういう芯の強いところは勇者は愛していたのかもしれないと思いながら、自分は勇者がどういう女性を好きだったかもろくに知らなかったのだと自己嫌悪に陥った。


「大丈夫です。俺たちこそ不躾な質問ばかりしています」

「いえ、主人が誰に殺されたか調べるためですもの、仕方ないことです」

「あの日、勇者はなぜ居間に聖剣を置いていたのですか? 俺たちとの冒険のときでさえいつも携えていたのに」


 勇者の持っていた聖剣は勇者の血脈だけが使えるもので、勇者が勇者として認めてもらうために必死で探し見つけたものだ。あの剣を手に入れたことで俺たちは勇者一行と認められ魔王を倒した。その剣を勇者はいつも手にして離すことがなかった。それなのにどうして居間に置きっぱなしにしたのだろうか?


「それが私にも分からないのです。二人の子供を寝かしつけてお茶を持って行ったときには書斎に剣はありました。それなのに朝起きると剣は居間にあるのに主人はいなかったのです」

「だとすれば勇者は真夜中に一度居間に降りてきた。誰かと会っていたのか」

「……分かりません。私はお茶を持っていったあと戸締りを確認してからすぐに寝てしまって……」

「奥さんが朝まで寝ていたということは戦闘のような激しい音はしなかったということか。居間や家の中で変なものが落ちていたり、壊れていたような場所はありませんでしたか?」

「それが全くなかったのです。居間にも書斎にも人が争った様子もなく、ただぽつんと聖剣だけが置かれていたのです」


 確かに、この書斎に来るまでの廊下も階段もどこにも戦いの跡はなかった。唯一あるのは勇者の父親によって壊された書斎の扉くらいだ。その他は机に血で勇者が最後に書き残したマリーとラインというかつての仲間の名前だけがここで一つの命が失われたことを示していた。


「一つだけ確かなことは聖剣を居間に持って行ったのは勇者ということか」

「そうだと思います。やはり、夜中に誰かと主人は会っていたのでしょうか?」

「分かりません。ですが、必ず犯人は見つけます」

「……それがかつての仲間でもですか?」


 意を決した質問に聞こえた。考えてみれば彼女も知っているのだ。勇者が最後に残した文字はかつての仲間の名前――マリーとラインだったからだ。


「ええ、そうです。必ず見つけます。ただ、そのときは大きな争いになるかもしれません。彼らも英雄です。並の強さじゃない。俺だって勝てるかはわかりません。だから、争いが起きたら子供たちと逃げてください」


 勇者の仲間である俺たちは勇者ほどではないがいくつもの死線を越えている。真っ向からぶつかれば小さな村の一つくらいを吹き飛ばすくらいは起こりかねない。


 そう言って勇者の家をあとにすると先ほどまですまして黙っていたラヴィが口を開いた。


「ええ、そうです。必ず見つけます。なんてダイン様もかっこいいことを言いますね」


 褒めているようだが彼女の表情はニヤついており、明らかにこちらをからかっているようだった。だが、仲間を疑わなければならないこの状況ではラヴィのそういう気楽な話がありがたかった。


「で、実際どうなんですか? ダイン様とその他ほかのお二人が戦うとどちらが勝つんですか?」

「そりぁ、俺の大負けだろうな。あっちは前衛の戦士ラインと後衛の魔術師マリーが揃っているのに対して前衛能力皆無の賢者だけでは一方的にやられるさ。せめて一対一ならまだやりようはあるだろうけど難しいだろうね」


 ラヴィは顔だけで「うわぁ、カッコ悪い」という感情をあらわした。それはどんな言葉よりも雄弁だった。


「とはいえ、本当にあいつらが勇者を殺したのかが全く分からない」

「しかし、勇者様が最後に残した言葉といい。彼らが勇者様に対して持っている感情といい。状況的にはあの二人が最有力ですよ」

「確かにそうなんだが、どうにも信じられなくて」

「よくそんなふわふわした感じでバーバラさんに必ず犯人を見つけます、なんて言えましたね」


 呆れた様子でいうラヴィだが、俺は彼女の言うとおりだと思った。だが、勇者を愛し続けていたマリーと勇者との冒険を一番大切に思っているラインが勇者を殺すというのは信じたくなかった。


「ものはついでだ。勇者のお父さんからも話を聞いてみよう」

「私はいいですよ。幅広い聞き込みは年代記作成にもいいでしょうから。でも、まとめるのが大変になりそうだなぁ」


 彼女が起きたことをそのまま書きまとめたとしても教会側は納得するのだろうか。教会が求めているのは教会の権威が増すような勇者の話であり、勇者の醜聞ではない。そういう意味では勇者が殺された、それもかつての仲間にというのは受けが悪そうであった。


 ラヴィに案内されて勇者の家から二軒離れた家の前に立つと白髪の老人が孫と思われる男の子と木剣を振るっていた。男の子はさきほどあった勇者の息子ジルよりも小柄で彼が末っ子のルドだろう。


「勇者の父であるガロンさんですね。俺は勇者とともに旅をしたダインです」


 老人はルドを庇うように少年の前に立つと値踏みをするように俺を見た。


「強欲の賢者か。どうもうちの息子は仲間を見る目がない」

「勇者から聞いています。あなたが素晴らしい冒険者だったこと。勇者の血筋であることをとても大事に考えていることも」


 勇者は父親のいう自分たちが勇者の血族だという話を信じて聖剣を探した。もし、剣を見つけたとき自分の血筋が間違っていたら彼はどうなっていたのだろうか。


「シグルドが勇者であるとわかったとき、わしは自分のことのように嬉しかった。なによりも勇者の末裔であることが証明できたことが嬉しかった。それまでは大ぼら吹きのガロンなぞ呼ばれておったのにな」

「勇者が旅立てたのはあなたの言葉を信じたからです。そして、俺たちは彼と会うことができた」


 支援魔法だけが得意な俺が賢者と言われるようになったのは勇者が望んだからだ。まんべんなく何でもできる奴ではなく傾いた能力しかない俺でいいと彼は言ってくれた。


「あんたはどうしてここに来た?」

「勇者が死んだときのことを聞きたくて」

「……そうか。そっちのは?」


 ガロンは頑固者特有のしわの深い顔をもっとしかめてラヴィを睨んだ。


「失礼しました。教会のほうから来ました。年代記作家のラヴィニア・バランデルド・デルフォント・モルジニア・ガートランド・アルスラーフェン・レテシア・サンドラ・アーガィン・エンジュアと申します」

「舌を噛みそうな名前だな。教会はさっそく宣伝用の伝記づくりか。布教熱心なことだ」

「そうでないと私のような年代記作家はご飯が食べられませんので」


 ラヴィが物おじせずにいうとガロンは鼻で笑って「で、何が知りたい」とぶっきらぼうに答えた。


「なぜ、あなたは居間にあった聖剣で扉を破壊したのですか? 扉を破壊するのに聖剣とはあまりに過剰じゃないですか?」

「そのことか。バーバラが慌てて呼びにきたもんだからわしはなにも武器を持っていなかった。いざというとき武器があればと思ったら聖剣が居間にあったからそれを使ったまでだ」

「そうですか……。最後に勇者様を殺した相手に心当たりはないですか?」


 ラヴィは少し声を控えて尋ねた。


「さぁな。たたシグルドはお前さんの仲間二人の名前を残していた。だとすれば答えは決まっていると思うがな」


 そういうとガロンは黙って家の中に入っていった。俺はその背後を追うべきかと思ったが小さな瞳がじっとこっちを見ているのに気づいて追うのをやめた。少ししゃがんで子供用に造られたであろう短い木剣を握った少年に声をかける。


「君がルドかな? 俺はダイン。むかし、君のお父さんと冒険をしていたんだ」

「英雄ダインでしょ。知ってるよ。お父さんがアイツがケチだからなかなか新しい装備を買えなかったって言ってた」


 勇者め。俺が金に細かいのは冒険に必要なのは腕っぷしもあるが資産をいかに効率的に使うかだからだ。勇者やラインはすぐに新しい防具や武器を欲しがったが、必要ないものまで買う必要はない。


「無駄遣いは良くないからね」

「お母さんもよく言ってるよ。無駄遣いするとロクな大人にならないって」

「それは本当だ。お母さんは正しいよ」


 バーバラのことを褒めるとルドは「えへへ」と自分のことのように微笑んだ。


「ルド君も大きくなったら勇者になりたい?」


 俺と同じようにラヴィはしゃがむとルドに訊ねた。


「僕は勇者にはなれないよ」

「どうして? 剣の練習もしてるのに」


 ラヴィはルドが握っている木剣を指さす。ルドは小さな手でぎゅっと木剣を握りしめた。


「勇者はお兄ちゃんがなるから僕はなれないんだ」


 ひどいことを尋ねたものだと俺は思ったが、勇者というものの難しさに初めて気づいた。勇者の血族には勇者になる資格がある。だけど、その力を発揮するための聖剣は一本しかない。魔王が現れたとき勇者の血族だという人々が勇者として旅立った。


 だが、彼らは聖剣を持たず。旅の半ばで消えていった。俺はどうして聖剣が血族の中で保管されていないのかと疑問に思っていたが、答えはここにあったのだろう。勇者の子供が増えれば増えるほど聖剣の持ち主になりたいと願うものは多くなる。それはいつか争いを生むものだ。だから聖剣は隠された。勇者の血を引き継ぐ者たち同士で争わぬように。


「ルド……」


 勇者にならなくてもいいじゃないか。という言葉が浮かんだが声にはならなかった。子供の夢を打ち砕くにはまだ彼は若すぎる。なにより、勇者が殺された直後にいうことではない。


「ルド君。勇者っていうのは聖剣を持つだけじゃないんだよ。悪い人に勇気をもって立ち向かうのも勇者だし、怯えている人に勇気を分けてあげるのだって勇者のお仕事だ。聖剣の勇者にはお兄ちゃんがなるかもしれないけど、君は君で別の勇者になれるんだよ」


 ひどく優しい声でラヴィが言うとルドは嬉しそうに何度もうなずいた。あまり子供が好きなようには見えないがラヴィは小さな子供の相手が上手いらしい。それが年代記作家らしい言葉の魔法なのか。彼女自身の優しさなのか。それは俺には判断がつかない。だが、ジルやルドに語り掛けていた彼女はひどく優しく見えた。


「じゃ、僕は行くね。兄さんの所に行かなくちゃ」


 ルドは木剣を握りしめたまま家のほうへと駆けていった。


「どうです。子供にやさしい年代記作家のお姉さん。ぐっとくるものがあるんじゃないですか」

「それを自分で言わなきゃもっとよかったのに」

「そこは照れ隠しだと見破ってください。まったく」


 怒ったように立ち上がったラヴィだったが、顔はとくに怒っている様子はなく笑っているので、本当に照れ隠しなのかもしれない。だとすれば彼女は割と素直な性格なのだろう。世の中には何かを隠そうとして逆の行動を取るものだっている。


「逆か。いや、まさか……」


 言葉が出なくなった。自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。こんなことは魔王と戦ったときだって起きなかった。


「どうしたんですか? 何かわかったんですか?」


 ラヴィが心配そうな表情でこちらを覗き込む。


「ラヴィ。年代記作家である君にとって真実は明らかにされるべきものだと思うかい?」

「……それは難しい質問です。一人の年代記作家としては明らかにされるべきだと思います。しかし、現実は違います。雇い主や権力者の都合で記述を変える。消してしまうなんてことは多くあります。でも、それがどうしたんですか?」


 言うべきか言わないべきか。少し悩んだが俺は導き出した回答を彼女に教えることにした。


「勇者を殺したのは勇者の息子ジルだ」

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