『三人寄れば文殊の知恵』⇔『船頭多くして船山に上る』な話
『三人寄れば文殊の知恵』
三人寄れば文殊の知恵とは、凡人であっても三人集まって考えれば、すばらしい知恵が出るものだというたとえ。
『船頭多くして船山に上る』
一そうの船に何人も船頭がいたら、船は山に登ってしまうようなおかしな方向に進んでしまうことから、指図する人ばかりが増えて物事が見当違いの方向に進んだり、うまく運ばないことをいう。
船頭とは、和船の船長のこと。
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これまた結構贅沢な悩みなのですが、アドバイスをもらう友人知人についてのお話です。
長い間創作活動をしていると自然と?しかしある程度努力しなければ見つけられない代物。
今回は俗に言う第一読者を誰に、何人にするか?っという議題です、いつも一人で書いてる人には残念ながら関係の無いお話です。
『三人寄れば文殊の知恵』と『船頭多くして船山に上る』は正反対のことわざとして載っていました。
これは前々回の『物語を安全に完成へ導くための黄金比率。の一例 』で出てきた『方向性5』のお話です。
それと同時に『書き方を覚えた、最後に必要なのは『熱』』のお話でもあります。
具体的には「お前がこういったからこうしたんじゃないか!」っという責任転換、自信喪失による熱の逃走、誤った人選による誤った方向転換による数カ月の回り道の可能性。
などが上げられます。
作品を何作か書いてる人ならばわかると思いますが、人に見せて感想を聞けば今後の作品への影響力は計り知れません。
ある時は全ボツになるでしょう、私も経験したことがあります。
熱が冷めてもいいから人に見せて方向性を決めるという作業、ここで得られる決断は今後1ヵ月から1年以上の作業に大きな影響を与えます。
ですのでしっかり吟味する必要があるのです、作品を世に出すときは不特定多数ですが。
お話について全く知らない人を指針にして物語を完成させるというのはあまりに危険です。
作品を一度も完成、完結させたことがない人っというのもやめておいた方が良いです。未完の人と完成させたことのある人の間には大きな壁があります。
それは個々人によって理由は変わりますが、恐らく両方の人物に出会ったことのある人は薄々と直感で感じる事でしょう。
昔10人に意見を求めたことがありますがあまり参考になりませんでした。
『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』の著者であるシド・フィールドは。
見せるのは2人までで充分である、っと論しています。この人は3幕構成についてよく出てくる代表的な方です。
私は、サッカーでチームリーダーは一人で充分なのだが、TRPGだとマスターは自分でサブマスターは一人で充分なのである。っと考えます。
ことわざでは3人だと良いアイディアが出ると出ていますが、知り合いで、お話について詳しくて、そのジャンルを書いたことがある。その上で真摯になって感想を言ってくれる。
っというのはかなりハードルが高いです。本来ならば選べるほど人数は居ないでしょう。
ということで、結論を出しますと。
『作品を完成まで書いたことがあり、そのジャンルに詳しく、真摯になって答えてくれる。そんな人物が1~2要れば十分で3人以上は逆効果である』っと考えます。
まとめ
今回のこの記事を書きたくなった理由はやっぱり人の意見でコロコロ意見を変えてしまうんですよね私は…、なので他人への責任転換の可能性が高くそれは同時に自分の作品に自信が無い事への表れともなってしまいます。
ですので『自分で決断する』という意味は大きく『言い訳しないで後戻り出来なくする』ということもあるのですがこれをしっかり自分で決断すれば『自分に自信を持つ』っと言う事に繋がります。
『自分に自信を持つ』大事です。根拠のない自信でも良いので大切にしましょう。




