66 ハートフルゾンビ
らすとすぱーと!
今週は毎日更新でいくぜ!
魔法使いのその少年は、ゆっくりと背後に忍び寄る死の足音をたしかにその耳で聞いていた。
二日前の朝までは、自分がこんな場所でこんな目にあうなんて思ってもいなかった。ところがその日の昼になり冒険者印が赤く輝き、非常事態を告げる。
夥しい数の魔物の襲撃。ここ数十年で例を見ないほどの災害。
少年は冒険者の義務として、王都の防衛戦にパーティーメンバーと共に参加した。最初こそチビりそうなほど怖かったものだが、ふたを開けてみれば開幕で魔物は一掃されるわ、滅多に手に入らない魔力回復薬は惜しみなく支給されるわ、さらにはロックゴリラすら簡単にふっとばす新兵器や新しく発見された魔法の秘術やらも公開されて、楽勝になるかと思われた。
実際、少年たちも奮闘したのだ。まだ中級になったばかりのパーティーだったが、それでも中級以上の魔物と何度も戦い、そしてそのすべてを打倒している。十分な支援があったとはいえこれは大きな戦果であり、これだけやれば二つ飛ばしで昇級試験を受けられるだろう──そう思えてしまうほど調子は良く、戦場は冒険者の活気に満ちていた。
だが、だ。
終わりの見えない連戦は確実に体力と気力を削いでいった。つまり、少年の目の前のこれも、起こるべくして起こったことなのだ。
「おいっ! しっかりしろよっ!」
「ご、ごめん……ね」
ブルータルスクイッドに吹っ飛ばされた弓士の少女が力なく笑う。動きやすさを第一に考えられて作られた弓士の胸当てでは触手の一撃を満足に防げるはずもなく、もともと後衛で前衛のものほど体が丈夫でない少女にとってはそれはあまりにも痛すぎるものであった。
少年の素人目から見ても戦闘の続行はもはや不可能であり、そして目の前で蠢くブルータルスクイッドは魔力のほとんど切れた少年ではとてもじゃないが倒せるようなものでもない。少女は命に別状こそないものの、戦場で動けないとなれば、それはもはや死んだも同然のことであった。
「わ、わたしはいいから……ね?」
「できるわけないだろっ!」
魔力のない魔法使いなどなんの役にも立ちはしない。一応、少女の使っていた弓もあるが、攻撃の余波で弦は切れて全体は歪んでいる。さらに少年には弓の心得はほとんどない。護身用の短剣でも、この巨大な化け物イカを仕留めるのにはいささか不十分だろう。もとより、少年にそこまで卓越した身体能力はない。
(くっそ……!)
少年はあたりを見回した。矢だの魔法だのがあちこちに飛び交い、視界はひどく悪い。視線を下にずらせば自分たちと同じように負傷した冒険者が横たわっている。剣を振るえているものであっても、とても他者を助ける余裕なんてありはしない。無理して前に出すぎたせいか、頼りになる騎士団の声はかなり遠くから聞こえる。
パーティーメンバーの戦士だってここにはいない。昨日の戦闘で足を痛めてしまった戦士は、ほかでもない少年と少女が病室に括り付けておいて来たのだから。
どんなにがんばっても、助けは期待できそうにない。
「逃げてよぉ……お願いだからさぁ……!」
泣きながら笑い、そして少女は懇願する。だがしかし、少年はそれを断固として拒否した。空気を読んでいるのかいないのか、触手の魔物はいつでも攻撃できる態勢をとり、獲物の最期の茶番を見守っている。
「もう十分だよ……。一緒に冒険できて、本当に楽しかった……!」
「バカなこといってんじゃねぇッ! 俺はまだまだお前と一緒に冒険するつもりだ!」
「一緒に村を出る前日の夜、すっごくわくわくしたっけなぁ……! ずーっと、ずーっと一緒にどこまでも行くんだって夢見たっけなぁ……!」
「ふざけんなよっ! まだ終わりじゃないだろうが!」
「……私はここでおしまいだよ。……早めにいい奥さん、みつけなよ? あなたに嫁いでくれる奇特な人なんて、そうそういないんだから」
「俺はお前以外を嫁にもらうつもりはねぇっ! この戦いが終わったら、言うつもりだったんだ! 指輪も用意したし、金だって貯めた! だから、だから、そんな顔して笑うなよ! ……諦めた顔、してんじゃねえよっ!」
「そういうこと、なんでもっと早くに言わないのかなぁ……!」
なかなか感傷的なシーンかもしれないが、ブルータルスクイッドのほうはそう思わなかったらしい。いっそ陳腐とも取れる男女のロマンスだなんて魔物に理解できるはずもなく、いいかげん待つのにもあきたそいつはその茶色くて太い触手を大きく振り上げた。
「逃げてっ!」
「いやだね!」
少年は少女をぎゅっと抱きしめた。そこには冒険者としての理性的な心はない。少年はただ死んでもやりたいことを貫き通しただけだ。
どのみち、動けるとはいえ逃げ切れるとも言い難い。ならばいっそ、愛するものを抱きしめ共に逝こうと思ったのだ。
少年は背後に迫りくる巨大ななにかを感じ取っていた。それがブルータルスクイッドの触手であることは疑いようがなく、もう数秒もすれば二人仲良くあの世へと導いてくれるだろう。
「ごめんな……」
「なんで謝るのよ……!」
最期の瞬間、ばん、と大きな音が響いた。
ブルータルスクイッドの腕は、たくましい腕にひねりあげられていた。
「え……?」
少年も少女も、これには驚愕の念を隠せない。死を覚悟して生きているだけでも驚きなのに、助けてくれたソイツが本来ありえないものであったからだ。
ひぃぃぃ……!
男なら一度は憧れるマッスルボディ。全身に這う茶色の根っこ。スキンヘッドの頭には、およそ似つかわしくない大きな白いお花が咲いている。
二匹の月歌美人が、今まさに二人を押しつぶさんとしていた触手を受け止めていた。
「な、な……」
二人が呆然としている間にその二匹は触手をこっぴどく地面に叩きつけ、化け物イカが怯んだ隙に接近し、その眉間に根でがちがちに固められた拳のラッシュをお見舞いしていく。
当然ブルータルスクイッドもそれに抵抗し、十本もの触手を巧みに操ってその二匹に打撃を与えているが、月歌美人はダメージを負った様子はなく、吹っ飛ばされては立ち、吹っ飛ばされては立ち、濁った生気のない瞳で彼の者をにらみつけた。
「魔物と魔物が……戦っている?」
先ほどまでは共闘していたはずの魔物同士が戦っている。さらにいえばこの月歌美人、もともと打たれ強いといえど、あきらかにその範疇を超えており、加えて筋力やその他の身体能力がほかのものよりも明らかにぬきんでている。
ひぃぃぃ!
「うそぉ……」
そしてとうとう、一匹が触手の一本を素手で引きちぎった。太い丸太を何本か束ねたかのようなその触手は、いくら魔物と言えど素手で引きちぎるのなんて不可能に等しいのにも関わらず、だ。
「うぇ……」
さらに言えば、月歌美人はそのちぎった触手をおいしそうにくちゃくちゃと咀嚼し始めた。少年も少女も、月歌美人がそんなものを食べるなどという話は聞いたことがなく、なにかしらの異常事態が起きているのだということは簡単に理解することができた。
そして、とうとう決着がつく。
ひぃぃぃ!
ゥァァァァ!
捨て身の猛攻を仕掛けた月歌美人の腕がブルータルスクイッドの口内を貫通し、脳を破壊したらしい。残った触手がぶるりと震えて力なく垂れ下がり、一瞬の後に空気に溶ける様に霞んで消えていく。
そして──
「え?」
月歌美人が、すごくいい笑顔で少年たちに向かってサムズアップをする。気のいいおじさんのような顔で近付いてきた彼らは、そのまますとんと腰を低くし、自らの背中をとんとん、と叩いた。
──普通の魔物ではありえない行為だった、
「……」
「……」
ひぃ?
少年も少女も、魔物でなければその行為の意味するところを正確にくみ取り、そして実行に移すことができただろう。だがしかし、こんなのは魔物ではありえないことなのだ。
「ねぇ、これってもしかして……」
「おぶされ……ってことなんろうな」
少年も少女も動けない。申し出は非常にありがたいのだが、いかんせん相手は魔物だ。そのまま殺されたとしても不思議ではない。
不思議ではないのだが──彼らは魔物にしてはあまりにも異質すぎた。
「ええい、やけくそだ! どうせこのままだと死ぬしかねえし!」
少年は賭けた。もたれかかる様に月歌美人の背中に身を預ける。
すると、月歌美人はひょいと彼を背負いあげ、とんとん、と準備運動をする。指先であっちか、と進行方向を確認してくるあたり、知能はそこそこあるらしい。
魔法使いの少年は、自分の読みがある程度確かであることを感じた。妙に目の虚ろなこの魔物は、その実ものすごく心優しいのだと肌で感じたのだ。
「おい、たのむぞ!」
弓士の少女も同じように背負われ、少年は赤子のように背中に引っ付きながら月歌美人に指示を出す。
ひぃぃ、と一声泣いた彼らは、とてもよい笑顔をして、少年たちを背負って拠点へと走っていく。
「マジかよ……?」
「夢でも、見てるのかしら……?」
そう思うのも無理もない。
戦場のあちこちで魔物同士が争っている。同種だというのに首に喰らいつき、頭をつぶして目玉をえぐっている。互いに牙や爪を立てあい、そして一方は動かなくなった。
生きているほうは、怪我を気にした様子もなく冒険者と戦っている魔物に不意打ちを食らわせ、その腹の肉をおいしそうに咀嚼している。
かと思えば、別の魔物は負傷者の救護をしていた。ロックゴリラがジャインアトラーヴァの息吹から冒険者を身を挺して守り、おなかに抱えてすたこらさっさと逃げ出した。
目につく倒れた冒険者もまとめて抱き上げ、その巨体であらゆる攻撃から冒険者をかばい、自らが動く盾となっていた。脇腹とかが吹っ飛ばされても、その歩みは止まるどころか遅くなりすらしない。
そんなありえない光景を、少年たちはその目で見てしまったのだから。
「おいおいおい……!」
「あ、すみませんね、お見苦しいもの見せて」
イザベラは目を大きく見開いてその少年を見ていた。土気色の病人を通り越して死人のように見える肌の少年は、足をちぎり取られてなおけろりとしている。
どんなに痛みに強い人間であったとしても、うめき声の一つもあげず、井戸端会議の主婦のようにかるーく声をかけることなんてできないはずだ。だというのに、その少年は鼻歌すら歌ってちぎれた足を拾ったではないか。
「ふんっ!」
「おいっ!」
しかも、断面を無理やりくっつけた。ぶちぶち、ぐちぐちと少年の足の筋繊維が潰れていく。
気が狂れてしまったのではないかとイザベラは思ったが、それにしたってこの光景は異常である。
「よし、元通り」
「……は?」
どうやら気が狂ったのは自分のほうらしい、と彼女は思った。少年は何事もなかったかのように足を動かし、そしてイザベラを背にかばってディアボロスバークと対峙する。
少年の年の頃は十五、六といったところだろうか。黒髪黒目で、そして顔には顔色が悪い以外の特徴がない。妙に幼げに見えるといえばそうかもしれないが、その顔色のせいで気味が悪くさえ思えた。
腰に提げているのはワンドと短剣。上等な防具をつけているのはイザベラにはわかったが、武器は二束三文のひどくお粗末なものである。
ォォ……!
「こいつ、あっちにもいたよな」
幽鬼が繰り出したパンチを、少年は片手で受け止めた。
「……え?」
またまた繰り出された拳による叩き潰しを、少年はタイミングよくジャンプして蹴り上げた。ディアボロスバークの巨体がのけぞり──いや、腕に引っ張られて浮き上がった。
「ラッキー。目、潰れてんじゃん」
いつのまにか、少年はディアボロスバークの肩にいた。驚異的な身体能力と反射神経で、蹴り上げた瞬間に腕を伝っていったのだが、イザベラにはその瞬間は見えていなかったのだ。
代わりに見えたのは。
「ま、こんなでも盾にはなるだろ」
妙に鋭い手の爪を、イザベラが潰した目玉に突き立てる少年。ずぶずぶと腕が沈んでいき、関節まで入ったところでその巨体が地に落ちる。土煙がイザベラの頬を撫で、そして気持ちの悪い感覚が背筋をよぎった。
……ォ……ォ……!
「いっちょあがり!」
少年が肩から降りる。ディアボロスバークの残った瞳は濁りきっている。凶悪なはずの魔物はうつろな瞳をさまよわせ、少年に忠誠を誓うように頭を垂れていた。
そのときになっては初めてイザベラは怪物の腕の二つがちぎれ、そして脇腹から腸がひょろひょろと漏れ出ていることに気づく。
イザベラには、何がなんだかわからなかった。自分があれだけ攻撃してもまともなダメージを与えられなかったのに、この少年はちょっと近くを散歩するかのような気軽さでこの驚異の怪物を叩きのめしたのだから。
その怪物は、明らかな致命傷を負っているというのに、忠実なしもべのように少年の後ろに控えている。
「お疲れ様です。こいつに運ばせますんで、もうちょっとだけがんばりましょう」
「あ、あんた……」
とりあえず、自分が助かったらしいことだけは理解できたので、イザベラはほとんど無意識的に差し出された少年の手を握ってしまった。
「けが、大丈夫ですか? おじさん」
「あたしゃ女だ!」
「え!? だって胸……!?」
「あ゛あん!?」
少年のあまりにも失礼な物言いに、イザベラはとっさに胸元を隠した。生まれてこの方、これだけ女らしい行動をしたことなんて数えるほどしかないだろう。
その事実はお互いに大きな衝撃をもたらし、イザベラは目の前で起きた異常事態のことなんてすっかり頭から抜け落ちてしまう。
それは顔色の悪い少年──ミナミにとって、幸運でもあり不幸なことでもあったのだ。
「ギン爺さん、大変です!」
後ろからかけられたミレイの言葉にギン爺さんはくるりと振り向いた。黒鉄の金棒からは今しがた殴り殺したゴブリンの血が滴り、地面に落ちる前に消えていく。
「どうした!」
「とにかく大変なんです! ギルドマスターが来てくれって!」
もう一度だけ金棒を振り回し、ギン爺さんはミレイの後をついていく。エレメンタルバターをうろつく魔物も少なくなってきたし、今日は自分以外にも騎士団から回された騎士が何人かいる。少しくらい席を外しても問題ないと思ったのだ。
どすどすと音をたて、およそ老人とは思えないフットワークでギン爺さんは走る。鬼人と化している今は多少の無茶は効くのだ。
「マスター! 連れてきました!」
「ごくろう」
連れてこられたのは城門だった。
負傷者であふれかえっており、血と土のにおいがギン爺さんの鼻をつく。城壁の上では魔導騎士隊が雨あられのように魔法を放ち続けており、その隙をかいくぐるように飛行能力をもつ小型の魔物が王都内へと侵入していく。数こそ少ないものの、このままでは処理能力の限界を超えるだろう。
「どうしたんじゃ、いったい?」
「あなたの知恵をお借りしたい。……あちらを見ればわかる」
ギルドマスターのロアンは持ってる槍の穂先を城門の外へと向けた。つられてギン爺さんがそちらに目を向けると、そこには本来ありえないはずの光景が広がっていたのだ。
「おい! だから言ってるだろ! こいつらは味方なんだよ!」
「魔物の魔法から身を挺してかばってくれたんだ!」
「たのむ! 俺はいいからけが人だけでも引き取ってくれ!」
重傷の人間が城門を取り囲むようにして待機している。声を上げる元気なものもいるが、大半は行動不能に陥ったものらしい。
「まさか……」
「正直なところ、判断がつかないのだ。異例続きの中、うかつな決断は致命的な結果を招きかねない」
はらわたの垂れたスラッシュホースが。
片手のちぎれた月歌美人が。
頭部の陥没したアイスクラッシャーが。
全身が焼けただれたブルータルスクイッドが。
致命傷を負った魔物が。
負傷者を背にのせ、腕に抱えている。
敵であるはずの人間を守り、そして敵意はないと言わんばかりに落ち着いた様子で待機している。
そうこうしている間にもロックゴリラが傷を負った冒険者を抱えて向かってきており、城門の前は人魔がごっちゃになりつつも、争いどころか人が救護されているといった奇妙な空間になっていた。
「最初は獣使いの使い魔かと思った。だが、王都に登録されていない魔物がほとんどだ。しかも、その大半がなにかしらの致命傷を負っている。……アンデッドの可能性が高い」
アンデッドの中には人間に取り憑き、幻覚や様々な方法を用いて別の人間、例えばパーティメンバーをたぶらかすものが少なくない。あらゆる種類の魔物の襲撃を喰らっている今、ロアンの考えはとても理に適っているものだった。
「最初、襲われているものだと思って腹を吹っ飛ばしたやつがいるんだ。だが、そいつは内臓がはみ出ているのにけろりとしやがっていた。そして、何事もなかったかのようにとどまり続けているんだ。……アンデッドであるのは間違いなさそうだが、こんなアンデッドは見たことがない」
アンデッドと言えど、攻撃されておとなしくしているはずもない。冒険者を助けるところも、おとなしくしているところも、その存在のすべてが奇妙なのだ。
「ほう……!」
「おい、近づいたら……!」
「なぁに、大丈夫じゃ」
それらの正体に確信を抱いているギン爺さんはつかつかと歩き、弓士の少女を背負う月歌美人へと向かい合う。隣の月歌美人に背負われた魔法使いの少年が何かを言おうとしたが、彼はそれを目で抑え、誰にも聞こえないくらいの小さな声でこっそりつぶやいた。
「ミナミの、か?」
ひぃぃぃぃ!
グルォォォォ!
キィィィィ!
呼応する声が上がる。
その姿に驚いたロアンたちに問題ないと手をひらひらとふって、そしてギン爺さんは声を張り上げた。ミナミから見たらまさに鬼の首を取ったかと表現するかのような、そんな勝ち誇った笑みを浮かべている。
「ゾンビども! 人型はそのまま負傷者を背負って救護所へとむかえ! ミレイ、先導を頼む! 中型のものは余力のある人間とともに中の掃除をしろ! 人間を守り、魔物は好きなだけ喰い散らかせ! 大型は戦場に戻って負傷者の救護じゃ! いいか、人間には絶対にかすり傷ひとつ負わせるなよ!」
ギン爺さんはそこでさらにすうっと息を吸い込む。胸がみるみる膨れ上がり、市の職員やカンのいい連中は一斉に耳をふさいだ。
「この勝負、我らの勝ちじゃ! あとは時間が解決する! 死なないように撤退しろ! いいか、この魔物は味方じゃ!」
そのあまりにも大きな声に思わず面食らった面々は、反射的にその指令に従うように体を動かした。
ギン爺さんがああいっている以上、これらは安全であるはずだし、それに助けられた冒険者の姿も見れば、この非常事態に四の五の言っている暇はなかったのだ。
「じゃ、じゃあ……ついてきて!」
ミレイの背中を月歌美人が追いかけていく。
「えと、行くぞ……でいいのか?」
戸惑う騎士を元気づける様にグリーフサパーが鳴いた。
淀んでいた空気がどんどん澄み渡り、奇妙な活気のようなものがそこらから満ちてくる。人と魔物が協力して事に当たっている様子はロアンの目にはとても奇妙に映り、なぜだかとても美しく輝いているようにも見えた。
魔物も人も関係ない。救護の魔物はどんどん増え、無理をしていた負傷者もどんどん撤退してくる。外はともかく、そう遠くないうちに王都から魔物が一掃されるのがギン爺さんには簡単に予想できた。
「ギン爺さん……あの魔物はなんだ? ゾンビとは、なんだ?」
「うん? まぁおぬしの言う通り、聞く限りではアンデッドのようなものじゃよ。体が壊されても動ける死体での、素体よりもはるかに強い力を持つことで知られておる、遠い異国の地に潜む魔物じゃ」
「ではなぜ人を助ける? 魔物なんだろう? それに、三日待てというのはこのことだったのか?」
「三日というのは確かにその通りじゃ。ちぃと早かったが、まぁ早くて悪いことはあるまい。人を助けるのは……」
ここでギン爺さんは思案した。うっかりゾンビの名を出してしまったが、それが人を助けるという理由についてはうまい言い訳が思いつかない。魔物であるとは明言してしまったし、はてさて、どうするべきか。
「……おお!」
「なんです?」
なんのことはない、正直に言えばいいのだ。
「やつらは妙に優しかっただろう? ゾンビの中でも特に変わった種でな、人助けをすることに生きがいを感じるらしい。反面、敵対者には容赦なく、アンデッドゆえに生きた獲物を直接喰らうのも好きなようじゃ。ま、味方には心強く、敵にはものっすごく危険な、ある意味理想的な奴らだの」
どうせそんな魔物は実在しないのだ。ありのままを適当に騙って、幻の種にしてしまっても何ら問題はない。
「あの手のゾンビを、普通の魔物とは違うという敬意をこめてこう呼ぶのじゃ」
彼方からぬぅっと大きな影が現れた。その巨影の肩に乗る傷だらけの女と、黒髪黒目の少年を見てギン爺さんは顔をほころばす。
味方を助ける心優しい《やさしい亡骸》
敵を傷つける有害で危険な《おそろしい亡骸》
「──ハートフルゾンビ、とな」
20160802 文法、形式を含めた改稿。
たいとるこーる!




