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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
53/88

53 光り輝く


「だぁぁぁなんだよこれっ!」


 遺跡の通路での大乱闘。少年が腕を振るうたび、輝く壁に鮮血がべっとりと付く。


 もう何十匹目かわからないが、細かな肉塊を腕を振るって払うと、名も知らぬ魔物はゆっくりと倒れ、その後ろから別の魔物がやってきた。


 彼は飛びかかられる前に自分から飛びかかり、頭を鷲掴みにしてそのまま握りつぶした。脳漿のびちゃびちゃしたものと細かな毛が手にこびりつき、非常にうっとうしい。足技で対応しようにも、この乱戦ではいささか使い勝手が悪い。


「うっとうしいわよ!」


 その少年と背中合わせになるように構えた少女。少女は雷の鞭をろくに相手を見もせず打ちつける。その鞭は数匹のウルフゴブリンを貫通し、キュリオスバードの黄色い羽を焦がした。


 すかさずダガーを持って詰め寄り、痺れて動けないところを一匹一匹素早く首を落としていく。血と脂のせいでそのダガーの切れ味は一時的に悪くなっており、思うように切れなかったことに少女は軽く舌打ちをした。


「ちょっと多すぎるわねぇ」


ききぃ!


 赤毛の女と泥猿は乱戦の中を小器用に立ち回り、遊撃手として動いていた。泥猿が相手の顔にへばりつき、視界を奪ったところでダガーで首をさっくりと。


 刺して、捻って、抜く。


 それだけで夥しい量の真っ赤な噴水があたりに撒き散らされ、それがまた体を隠す絶好のチャンスとなる。いつのまにやら輝く床に大きな大きな赤い水たまりができており、それに小島のように様々な種類の魔物が横たわっていた。


 ようやっと全ての魔物を倒した三人。武器も体も血まみれ。そのすべてが返り血だ。


 非常にスプラッタでグロテスクな光景ではあるのだが、冒険者的にはこれが普通だ。ただ、今回は少しばかり数が多かっただけで。


 そして次の瞬間。


「あ、消えた」


 少女があげたその声の通り、通路から魔物どもの死体が忽然と消えた。首のない物も、目立った傷のない物も、頭が潰されたものも、全てだ。血に染まった床や壁も何事もなかったかのように以前の通り輝き続けており、三人の顔や装備についていた血もいつの間にかなくなっている。


「ミナミ、本当にあなたじゃないのよね?」


「うん。今回も(●●●)おれは一切ゾンビにしていない」


「ピッツにも攻撃させなかったわぁ」


 レイアははぁ、とため息をついた。手入れをする必要のなくなったダガーを腰に戻し、通路の奥まで目を凝らす。ぱっと見は何もいないことに安心して、ようやく周囲の警戒を解いた。


「生命の気配は?」


「なさそげ。でも、さっきみたいに突然出てくるから油断はできないな」


「私達じゃなかったら何回死んでたのかしらぁ?」


 フェリカが疲れたように言うのをミナミは黙って聞いていた。


 この明るい層に入って最初の部屋での戦闘後、結局魔物の死体が突如として消えた理由がわからなかったミナミたちはとりあえず奥へと進むことにしたのだ。


 しかし、上の階層以上に魔物と出会うようになってしまい、先ほどから連戦続きであった。途中、何度か似たような小部屋を発見したものの、やはりそこにも意味ありげな模様と単語が書かれている以外はなにもなく、調査中にも魔物がわき出す始末である。


 さらにはこの迷宮の魔物はどこか普通の魔物と違うらしく、生命の気配が普通のそれとわずかに異なっていた。


 迷宮の魔物といえど、出現するメカニズムが分からないだけで魔物としての能力は変わらなく、死体が消えるということもないため、これにその秘密が隠されているのではないかと察した三人だったのだが、いかんせんそれを調べる手立てもない。黙って進んで戦う以外に方法はなかった。


「普通の迷宮ならもうちょっと控えめなんだけどねぇ」


「出てくる魔物にもまるで統一性がないし、ホントどうなってるのかしら?」


「面倒臭いから次はゾンビ使ってもいいよな」


「そうねぇ。あれらが普通の魔物じゃないことは証明されたようなものだし」


 ミナミは小さくガッツポーズをとり、再び先頭に立って歩き出す。ここは明るく見通しも比較的良いとはいえ、油断はできない。幸いなことにここに入ってからは罠の類には一切引っ掛からなかったが、それでも何があるのかはわからないのだ。


 かつんかつんと足音を響かせてミナミたちは進んでいく。あれほどの乱闘の後だと言うのに恐ろしいほどに静かで、キラキラ輝くこの空間が不気味なもののように思えてくる。


 ネズミも、虫も、埃のにおいすらない。人工的すぎるその空間なのに、通路と小部屋のほかには何もない。不気味というのはもちろん、創られた嫌悪感を催す空間だった。


「構造は上とほとんど同じなのよねぇ」


「ってことはやっぱ一番下までいかないとダメなのかな」


「ま、いけるだけ行ってみましょうよ」


 ところどころにマーキングをし、ざっくりとフェリカはマッピングをしていく。拭き上げの突き当たりに軽く傷をつけ、後にその下を通った時にどのようにそれが見えるかで全体の立体図を頭の中で作っていくそうだ。


 マーキングの種類は複数あるようで、熟練のトレジャーハンターなら他人がつけたマーキングでもほとんどの事が分かるらしい。


「上と違ってボロくなってないのは幸いねぇ」


 フェリカはピッツの首根っこをつかみ、十メートルほど上に見える通路にぶん投げる。建物にして三階くらいの高さだろうか、そのちょっと下の出っ張りにうまく乗れたピッツは目標地点までいくと、何やらちょこまかと作業し、飛び降りて戻ってきた。


「うん、やっぱりあそこはさっき通ったところね。ここからは見えないけどマーキングもあったみたいだし、足場にも問題ないからロープをたらせばショートカットできるわぁ」


 これだけ明るければ不意打ちも大丈夫でしょ、とペンを走らせいかにもファンタジーと主張する書きにくそうな紙にそのことを記入する。横からそれを覗き込むとまるで建物の設計図みたいで、よくわからない記号がたくさん書かれていた。


「ちゃんと作ればギルドがいいお値段で買い取ってくれるのよぉ。マップにも規格があるからその通りに書かれていないと二束三文になっちゃんだけどねぇ」


 わかればいいと思うんだけどねぇ、と呟きながらフェリカはそれを懐にしまった。ここは罠も隠し部屋もギミックもないから書くことは非常に少ないらしい。


「ミナミ、あれ魔物じゃない?」


「え? あ、ホントだ」


 レイアに言われ、ミナミが改めて気配を探るといつの間にか前方に魔物が出現していた。その数五匹。まだマシなほうである。


 三人は黙って各々武器を構える。ミナミは体そのものが武器だ。息をひそめて物陰で待つと、やがて蒼い体毛を持つ不細工な猪があらわれた。


(《アイスクラッシャー》……冷気を操り固い体毛をもつイノシシよ)


 カバくらいの大きさはあるそのイノシシは丸々と太っている。その皮の下にあるのは脂肪ではなく筋肉だろう。そりゃ、ちょっとは脂肪もあるだろうが、目を疑ってしまいたくなるほどに逞しい体つきをしていた。


 五匹でのしのしと通路を闊歩する様は、顔が不細工でさえなければなかなかの絵になっていた。その立派な牙は芸術品にもなりそうである。


(おれやっていい?)


(おねがいするわぁ。冷気と突進には気をつけて)


 こくりと頷き、ミナミは気配を完全に消してアイスクラッシャーの背後に忍び寄った。そろりと一匹の尻を引っ掻く。固くごわごわした毛で確かに爪が通りづらい。おまけにちょっと脂っぽくて獣臭い。素手では絶対に触りたくない相手だ。


「……」


──やれ


 一人足をとめた仲間に気づくことのなかった猪たちは、直後に衝撃に見舞われる。吹っ飛ばされた一匹は横たわって足をジタバタとさせるが、しかしそれも無駄なこと。


 ゾンビの長くて太い牙が、一匹の腹にずぶりと刺さっていた。


 やがて足の動きを止めたそいつは、ゆらりと虚ろな目をして立ち上がる。新しいゾンビの誕生だ。


フギィィィィ!


「おっ、やるか? ウリボウちゃん」


 ミナミはにぃっと唇の端を釣り上げアイスクラッシャーを挑発する。三対三。数的には公平だ。ところが、そう思っていたミナミの表情はどんどんひきつってくる。


 アイスクラッシャーが力強く鳴くと、鼻から噴き出した冷気が体にまとわりつき、見る見るうちに凍って氷の鎧と化したのだ。その長い牙も氷に覆われることによってリーチと鋭さが増し、圧倒的な重圧感を周囲にばらまいている。


「ありかよそんなの……」


 氷を纏った三匹が、全てを蹴散らさんばかりに横一列になって突進してくる。この狭い通路では左右に逃げ場はない。連中自身、体がこすれ合ってしまっている。


 ゾンビのアイスクラッシャーも負けじと氷を纏って突進するが、真ん中の一匹だけはミナミに直撃するコースだ。


「ま、いいけどね」


 がぁん、と耳を塞ぎたくなるような音が両サイド、正確には左右の上から聞こえる。


 ミナミの視界の上には天井に足をつけるアイスクラッシャー、下には宙に浮く自分の脚が映っている。


 なんのことはない、左右に逃げ場がないのなら上に逃げればいいだけの事だった。


 体操選手も真っ青な動きで跳び箱のようにアイスクラッシャーに手をつき、倒立をするようにして飛ぶ──前方倒立回転飛びというやつだ。もちろん、手をついたときに引っ掻くのも忘れない。


 ミナミはしゅたっときれいに着地を決め、ポーズをとって後ろを振り返る。残りの二匹のアイスクラッシャーもゾンビに正面から打ち破られ、その顔に氷の牙が突き刺さっていた。たぶん、あの様子じゃ脳まで行き届いているだろう。


「おーい、終わったぞー!」


「わかってるわよ。あなた、意外と身軽なのね」


 いつでも加勢できるように構えていたフェリカとレイアが出てくる。その間には刺された二匹のアイスクラッシャーは消えてしまっていた。


 ゾンビのアイスクラッシャーは氷の武装を解き、ふんすと鼻息を荒くしてミナミの元をうろちょろしている。こうしてみると、意外と可愛いものである。ミナミはなんとなく頭を撫でてみたが、触り心地はやっぱり最悪だった。


「ゾンビは消えないのね」


「そういやそうだな。ま、こいつらは邪魔だから消すけど」


 ミナミが軽く念じると、三匹のアイスクラッシャーは塵芥となって消え去る。飼えもしない役にも立たないゾンビは早めに消しておかないと、情がわいてしまって後で消すのがつらくなるのだ。どのみちこの狭い場所ではアイスクラッシャーを三匹も連れていくのは無理な話である。


「前こいつらと戦ったときはパースが焼き殺したんだったかしらぁ?」


「私は痺れさせて急所を切ったような……? 焼き殺すと牙の価値がなくなっちゃうのよね」


 そこそこの強敵だとは思ったのだが、特級冒険者にとってはなんでもない相手らしい。今まで戦ってきたも魔物も全部戦ったことがあるそうで、弱点や対処方法なんかも全部知っていた。


 戦闘力としては申し分ないミナミだったが、冒険者としての知識や実力は未だにせいぜいが中堅レベル。そう言った意味では、今回のこのはずれの迷宮探索はミナミの勉強に大いに役立っている。


「じゃ、次行くか!」


 明るく輝くその空間にミナミの声が響く。これだけ明るければ不意打ちも大した脅威でもない。三人と一匹はまるで何事もなかったかのように奥へ奥へと進んでいく。



 そして、迷宮に入って四日目の事。途中何度も魔物の大群に追われ、あちこちにマーキングし、見落としがないようしらみつぶしに部屋を見て回っていたミナミたち。往復するのが面倒でショートカットをいくつも作り、もはや迷宮が庭のようになってしまうほど探索し続けて、ようやくそれは見つかった。


 上の階層にもあった、体育館よりちょっと小さいくらいの大部屋。天井は結構高く、中央には壁や床と同じ不思議な輝く材質でできた舞台がある。大きさもやはり上のと同じくらいだ。


 決定的に違うのはそれが全然ボロボロではなく、立っている四本の柱も見事な装飾でぴかぴかと輝いていることだろう。部屋全体も見たことのない絵や文様でいっぱいで、明らかに普通の部屋と違っていた。


 その舞台の真中は祭壇のようになっており、中央がくぼんでいる。あきらかに、なにかある。


 おそらく、それが、それこそが、ミナミたちが探し求めた“この世の何よりも大切なもの”なのだろう。初めてのお宝を目前として、動いていないはずのミナミの心臓もどきどきとしているような気さえしていた。


 興奮状態であったためか、または魔物の連戦のためか、はたまた罠が今までないことに安心しきっていたのか、三人ともがその部屋の入口に文章が書いてあったことに気付かなかった。それさえなければ、この先の運命は少し変わっていたのかもしれない。








      《思い出と記憶の鏡の間》


《力なきもの、未熟なもの、清き心を持たざる者は入るべからず》

   《鏡は汝の全てを写し取る。汝の記憶を写し取る》

     《一度穢れた鏡は決して元には戻らない》

         《穢れた鏡は災厄の根源》

   《大切なものを守りたければ、鏡を覗かないことだ》





《鏡を使う人達へ ※必ず読むこと!》


《鏡は選ばれた人が使いましょう》

《順番はきちんと守りましょう》

《非常時のために、使うのは神官さんがいるときだけにしましょう》

《避難経路の確認は絶対にしておきましょう》

《なにかあったら神官さんにすぐに知らせましょう》

《神官さんにすぐに知らせないと大変なことになってしまいます》

《もし万が一の事があった時は────────ょう》



《警告!》


《最近鏡の使い方のマナーが悪い人がいるようです》

《鏡はここではとっても大事なものなので、ルールとマナーはきちんと守りましょう》

《神官さんも大変怒っております》

《心当たりのある人はすぐに神官さんに謝りにいきましょう》

《取り返しのつかなくなる前に、早めに行きましょう》



20160809 文法、形式を含めた改稿。


鏡が出るまでずいぶんかかったなぁ。


あ、ちょっとしたおしらせを活動報告に書きました。

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