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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
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48 すてきなおくりもの


 ききぃ、と一声鳴いて、その泥猿は串を主から受け取った。さきほどからずっと主の肩で大人しくしていた彼でも、腹は減るのだ。


 ここに来てから命の危機を感じることが無くなったとはいえ、今までのような自由を感じたことはない。毎日毎日、もう必要ではない泥を作らされ、よくわからない変なものを食べさせられたりした。こういうただうまいだけの、心の底から楽しめる食事など久しぶりだった。


 この肉は自分が今まで食べたなによりもうまい。野菜もうまい。水もうまい。あの魔法使いの実験につきあったかいがあるというものだ。


 腹を捌いて胃の中身をしろうとするなんてあいつはちょっとおかしい。痛くはないし、すぐに戻るから問題はないが、嫌なのだ。


 それでも──


「あら、ピッツ。もっと食べたいのぉ?」


 ききぃ、と鳴いてその泥猿は主から新しい串を受け取る。


 この生活も、なかなか悪くない。







 子供たちがたらふく肉を喰い、大人たちもそこそこ肉を食べた頃。もうリティスやソフィは満腹のようで、ゆったりと座ってお腹をさすっている。子供たちもそろそろ限界が近付いているようだったが、レンだけはエディと食べ比べをするほど余裕があった。


 いや、正確には自分でストップをすることができないのだろう。子供はこういうときに無理やり胃に詰め込もうとするから、ここらで大人がストップをかけないといけない。


「ほら、レン。そろそろ終わりにしときな」


「ぼくまだたべられる!」


ほぉ──ぅ


「あっ!」


 ごろすけが一瞬の隙をついてレンの両手の串を奪い取る。串をバリバリと口内で折り、そのまま飲み込んでしまった。


 たぶん、大丈夫なのだろう。木串だし。ゾンビだし。


「ぼくのおにく……けふっ」


「ほらみろ、食い過ぎだ」


 エネルギーが切れたかのように地べたに横たわるレン。子供特有の丸みを持つお腹が、もっとまるくなっていた。ごろすけはレンの服を嘴でつまみ、器用にレンの体を自分の背中に放り投げる。今の大きさなら、ちょうどいいベッドのようなものだろう。


「にーちゃ、クゥにジュース」


「わ、わたしもお願いします!」


 もう何杯目になるか判らないおねだり。ミルも病みつきになってしまったらしい。ミナミが作ったオレンジジュースの水球を、キラキラした目で見つめている。リティスがなんとかして自分でもジュースの魔法が使えないものかと試してはいるが、さっきから出来ているのは普通の水球だ。


 この魔法はミナミの記憶と魔法の才能があって初めてできるもの。簡単には真似できないだろう。


「エディ、パース、そっちはどう? まだ焼く?」


「私はもう大丈夫ですね」


「俺も……腹八分ってとこだ」


 となれば、もういいだろう。


 ミナミは次のプランへの移行を考える。なんてったってパーティーなのだ。バーベキューだけで終わるはずがない。ミルとの約束も、まだ完全には果たしていないのだから。


「ミナミ、この鉄板とかもう使わない? 私洗っとくけど?」


「ん、おれがやるから大丈夫。それよりレイア、ソフィと一緒にあれもってきれくれ」


「あれ? なんかあったっけ?」


「ミナミくん、レイちゃんには教えてないよ?」


「おっと、いっけね」


 実はレイアにも内緒で進めていた事が一つだけある。このパーティーを企画する時、ソフィが頼んできたことだ。ソフィは今まで頑張ってきていたレイアにサプライズをしたかったらしい。


『節目になるからちょうどいいと思うんだ。……ダメかな?』


 などと上目遣いで言われてはミナミには断るすべなどない。


 さて、それが決まってからソフィは内緒で特訓を始めた。ちょっとぽろっとレイアにこぼしそうになったことがあったものの、なんとか隠し通してこの日まで来た。あとは、その特訓の成果を見せつけるだけである。


「じゃん! ミナミくんに教えてもらったフルーツパンケーキ!」


「わ、なにこれ!? いつの間に!?」


 普通のパンケーキにカットした果物を添えて、魔物の蜂蜜を垂らしただけの、ミナミのセカイから見れば酷く簡素なパンケーキ。それでもお菓子のないこのセカイならとびきりの御馳走だ。


 やはり、デザートがなければパーティーは終わらない。終われない。


「これが噂のぱんけーき……!」


「もちろん、みんなのもあるよ!」


 ミナミから大体の作り方を教わったソフィは、ここしばらくずっとパンケーキの練習をしていたのだ。失敗した分はごろすけが食べ、成功したのだけ子供たちが食べたのである。それでも練習のときはカラメルソースしか使わなかったため、子供たちもこのフルーツパンケーキは初めてのはずだ。


 さっそくレイアがナイフとフォークを器用に使ってパンケーキを食べる。口に入れた瞬間、かっと目をひらき、そしてぎゅっと閉じた。


「おいしぃ……!」


「ふぃーねーちゃ、あたしにも!」


 次の瞬間には子供たちがわらわらと駆けよってくる。ミナミとソフィで手分けして配り、そしてエディたちにも配った。満腹そうだったリティスも、目の色を変えて飛びついてくる。やはりどのセカイでも女性は甘いものには目がないらしい。


「やわらかいです! すっごくやわらかいです! お話で聞いた以上です!」


「こ、これがパンケーキ……。いったいどんなレシピなの……?」


「私にも、作れるだろうか?」


 お姫様やメイドさんの受けもいい。このセカイにはないものなのだ。例え王族だろうと一撃でノックアウトである。子供たちはもちろん、エディたちも喜んで食べている。基本的に、このセカイにふわふわな食べ物などないのだから。


「えへへ、ありがとうミナミくん! ミナミくんのおかげで大成功だよ!」


「ん、ソフィが頑張ったからだよ」


 美少女のまっすぐなまなざしに射ぬかれて照れくさくなったミナミは、それを隠すようにパンケーキを口に入れる。自分が以前作ったのよりもはるかに上手にできていて、単純な腕前ならとっくのとうに負けていた。


 それでいいのかもしれない、とミナミは思う。自分が作ったものよりも、ソフィが作ったものの方がミナミは食べたいのだ。男が作ったお菓子より女の子が作ったお菓子の方がなんだか食べていて嬉しくなるのである。







 真っ赤な夕日が西の端の地平線に沈み、お土産用の飴をいっぱい包んでミルたちは帰っていった。


 ミルははしゃぎ疲れて眠ってしまい、ライカに背負われていた。ついでということで王城までエディたちが同行するらしい。夜遅くというわけではないが日は暮れたのだ。万が一ということもあるのだから、その判断は正しい。


「じゃ、おれたちも寝る支度するか。食器類はこの水球に入れてといてくれ。明日おれがまとめて洗うよ」


 今日は疲れた。もちろんいい意味で、だが。


 ただ、片付けをするほどの気力もない。こういうときは後回しでもいいだろう。脂汚れもミナミの魔法の水球に入れとけば簡単に取れるのだから。


「じゃ、ごろすけ風呂沸かしてくれ。みんなも寝るのはお風呂入ってからな」


ほぉ──ぅ


 ミナミの指示を聞きいれたごろすけが風呂小屋へと赴く。一日くらいは大丈夫だと思うが、子供たちはいっぱい遊んで汗をたくさんかいている。なるべくならさっぱりさせておきたいところであった。


「……ね、レイちゃん。チャンスじゃない?」


「ん、そうね……ねぇミナミ、ちょっと目ぇつむって手、だして?」


 母屋にお風呂セットを取りに入ろうとしたミナミに、レイアとソフィが意味ありげに微笑みかける。それをみた子供たちもなにかぴんと来たのか、ミナミの服のすそをひっぱり、手をぐいっと引っ張って屈めさせ、そしてその小さな手でミナミの目を隠した。


「え、なになに?」


「ないしょ!」


 なにかある。なにもないわけではない。だが、それがなんなのか全く見当もつかない。


 さっきまで騒がしかったエレメンタルバターだが、今は驚くほど静かで、虫の音しか聞こえない。ミナミは息をひそめて──実際は潜めようもないのだが──その時を待つ。


 左手の中指に感じたひやっとした金属質の感覚。温かい手がミナミの手を握り、それを押し込んだ。


 少し締め付けられる感触。少し動かしにくい指。


 間違いない。これは──


「ゆび、わ?」


「正解!」


 目隠しを外され、左手のそれを見る。左右対称のシンプルな装飾の指輪。モチーフはランタンだろうか。中央には燃えるような真紅の小さな宝石……じゃない、魔石がはまっている。


 ミナミはいたずらっぽく笑ったレイアとソフィを見る。子供たちもにこにこ笑ってそれを見ている。


──これはもしかして、もしかすると?


「それ、私たちからのプレゼント。日ごろの感謝を込めて」


「こないだミナミくんに外に出てってもらった時があったでしょ? そのときにみんなで選んだんだ」


「ふふ、ちょっとその指輪に魔力を通してみてよ」


 ミナミは言われた通りに指輪に魔力を通す。次の瞬間、体からちょろっと魔力が抜け出し、ミナミの体全体を覆った。ほんの少しずつ指輪のところから魔力が流れ出ているらしい。よくよく目を凝らすと、体の輪郭をなぞるようにして魔力の膜が見えた。


「それね、《精霊の抱擁(エレメンタルハグ)》っていう魔道具なの。それに魔力を通すと薄い魔力の膜が体を覆うんだ。鍛冶師が火傷を防いだり、貴族が乾燥を防いだり、汚れを地肌につけないようにするために使うの。もっと強力な奴ならすんごい効果があるんだけど、これは、その……そんなに高くない奴なの」


 最高級のものだとドラゴンのブレスすら耐えるそうだが、その分魔力消費量は多くなってしまうので使いどころは難しいらしい。そもそもそれほどまでの魔力を出せる人も少ないため、あまり現実的ではないようだ。


「ミナミくん、いっつも自分がうっかり誰かをひっかいたりしないかって心配してたでしょ? その指輪をつけてたら、そんな心配しなくても済むんだよ!」


「な、なるほど……」


 この指輪は外側から来るものを内側に寄せ付けないために使うものである。逆を言えば、内側のものを外側にもらさないことも可能なわけだ。おまけに覆っているのは魔力そのものであるから、手の感覚なんかも何も変わらない。


 たしかにあったら便利な魔道具である。実際、ミナミもこういうのを探していた。


 それはたしかに、そうなのだが……。


「ど、どうしたの? もしかして気にいらなかった?」


「いや、すっごく感動しすぎて頭が回らないだけ」


 ちょっと期待しちゃったのは、しょうがないことだ。


 あらためて、その指輪を見てみる。


 生まれて初めてつけた指輪。そのうえ、女の子につけてもらった指輪。愛しい家族が、自分のためだけを思って選んでくれた指輪。


 うれしくないわけがない。おまけに、これで存分に子供たちと触れ合える。噛みつくのもおーけーだ。


「こんなもので悪いんだけどね。私たちからの精いっぱいの気持ちです。大事にしてくれるとうれしいな」


「ああ、一生大事にするよ……じゃ、おれからもプレゼントだ」


 ミナミは巾着から“場所”を探り、目当てのものを出す。まだお店で買ったときのラッピングがそのままだった。


 驚いて顔を見合わせるレイア達をよそに、ミナミは中身を取り出す。ラッピングごと渡そうと思ったが、手渡しでいくべきだと思ったのだ。


「はい、レイアとソフィにペンダント」


「わぁ……!」


 シンプルな装飾のペンダント。満月をモチーフとした装飾の中央には黄色い石が光っている。こちらは魔石ではなく、本物の宝石だ。《きずなともしび》と呼ばれる特殊鉱石で、その名の通り大切な友人や家族に送るものらしい。


「こ、こんなのいつの間に? すっごく高かったんじゃ?」


「ないない、これはどっちかっていうと安物。あんまり高いのだと二人とも受け取ってくれなさそうだしさ」


 実は、ミナミもあの締めだされたあの日──ネズミ駆除をした日にこれを買ったのだ。ちょうど少なくないあぶく銭が入ったことため、日頃の感謝を込めて贈り物をしようと思ったのである。


 何を送ればいいのか分からなかったミナミだったが、二人とも女の子だからアクセサリーが好きだとふみ、宝石商で手ごろなのを探しだしたのだ。


 もちろん、本当に安物を送るほどミナミもバカじゃない。レイア達にはネズミ駆除の事は内緒にしたため、相対的に見てお金の移動が少なかっただけだ。実際はそこそこの値段がする。


 報酬との差額は一度も使ったことのないミナミのおこづかいから出した。毎回依頼達成のたびにレイアから無理やりわたされていたおこづかいだったが、こんな形で使うことになるとはミナミはそのときまでは思ってもいなかった。


「けっこうきれいだろ? なんだったか忘れたけど、おまじないの効果もあるらしい」


 実は《絆の灯》には大切な人とのつながりを深め、どんなに離れていても再会できるというおまじないの効果がある。実は、ネズミ駆除の際のあの形見の指輪にもそれは使われていた。


 ミナミがこれを選んだのはまったくの偶然で、ただ単にデザインが気にいっただけなのだが、後にそのことを知ってひどく驚いたという。これも石同士が繋がりを求めたせいかもしれない。


「私、こういうプレゼントもらったの初めて……」


「わ、わたしも……」


 ぽけーっとミナミの手の中にあるペンダントを見つめる二人。今までずっと孤児院(ここ)の経営をしていたのだから、無理もない。


「ねぇ、つ、つけてくれない? さりげなくこういうシチュエーション、憧れてたのよね」


「わ、わたしも」


「ん、りょーかい」


 ミナミは一回だけイタズラにつきあって母さんのネックレスをカズハにつけてやったことがある。そのためとくに手間取ることもなくできると思ったが、なんだか妙に手が震えてしまった。


 髪をかきわけて白いうなじが出てきたとき、動いていないはずの心臓がどくんと動いた気がした。


 緊張、しているのだろう。


「に、似合う?」


 照れて赤くなっている二人に聞かれ、ミナミはしばらくぼーっとしてしまった。


 似合わないわけがない。


 水色に輝くレイアの冒険者印──正式名称“希望の輝き”の横で黄色く光っているのはなかなかきれいだし、ソフィは普段アクセサリーの類をつけないから、一段と際立ってきれいに見える。我ながら自分のチョイスはよかったとミナミは思った。


「いいなぁ、ねーちゃたち」


「もちろんお前たちにもあるぞ」


「ほんと!?」


 巾着をさらに漁り、それを出す。せっかくなのでみんなでおそろいにするのも悪くないと思ったのだ。ただ、子供たちにペンダントはちょっと危なそうな気がしたので、そこらへんは変えてある。


「ほら、ブレスレットだ」


「わーい!」


 子供用のパチンとやるだけの留め具がついたブレスレット。しかしもちろん、黄色く輝く宝石は本物である。日本の百均なんかで売っているおもちゃに見えなくもない。自分はレイアたちとおそろいのペンダントだ。


「にーちゃ、つけていい!?」


「おう、いいぞ。ただ、寝るときには回収するからな。ずっとそれつけてると悪い人たちに襲われちゃうかもしれないから、大きくなるまではにーちゃんたちに預けといてくれ。つけていいときは渡すから」


 《絆の灯》は宝石だ。子供がそんなブレスレットをつけていたら誘拐してくれと言っているようなものである。日本だってその危険はあるのだから、ここではもっと注意しないといけないだろう。


 ブレスレットをいじくりまわす子供たちを見ながらミナミは自分もおそろいのペンダントをつけた。黄色い輝きがいい感じである。今までアクセサリーなんて縁がなかったのに、今日だけで指輪とペンダントをつけることになってしまったことにミナミは少し感慨深い気持ちになった。本当に、人生とは何があるのかわからないものである。


「……まずい。みんな、ボクたちだけにーちゃたちにプレゼントよういしてない」


「あっどうしよう!? あたしなにももってないよ!」


「お、おみやげコレクションは!? ぼくのおみやげコレクションなら……!」


「ダメだよ、レン。だってそれねーちゃたちからもらったものでしょ?」


「そうだった!」


 ぐぬぬ、と子供たちは顔を突き合わせて思案する。そんなときでもずっとブレスレットをにぎにぎしていた。うまくひとりでつけられないらしい。


 お花の冠やキュリオスバードの羽などが候補に挙がったようだが、いかんせんいまからでは準備できない。最初こそあくまでナイショ話という体を保っていたが、今では議論に白熱しすぎてミナミたちにもまる聞こえだった。


「どうしよう、こいつら可愛すぎる」


「私もなんか泣きそう……!」


「あんなに小さかったのに……!」


 子供の成長ははやい。それをミナミたちは、思わぬ形で実感する。


 感動に打ちひしがれる大人たちをしり目に、議論はついにまとまった。子供たちは横一列にに並び、せーのと息をそろえる。


「あたしたちからはにーちゃたちに!」


「ひごろのかんしゃをこめて!」


「とっておきの」


「…ちゅーをします」


「……なんですと?」











 暗闇の中で、七つの黄色い輝きが踊る。詰め寄られたミナミたちは、思い思いにちゅーされた。


 ほっぺと、おでこ。


 高い体温で抱きしめられ、ちゅっとやられた。それが、何度も何度も続いた。


 風呂が沸いたとごろすけが戻ってくるまで、ずっとずっと続いた。



 みんな、みんな幸せだった。

 みんな、みんな笑っていた。


 こんな幸せな時間がいつまでも続きますように。


 そう願ったのは、きっとミナミだけではない。


 笑い声が、どこまでも遠くに響き渡っていった。



20160808 文法、形式を含めた改稿。

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