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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
45/88

45 マウス・イン・ザ・ゾンビパニック


「ミーナーミーくーん、あーそびましょー!」


 朝というには少し遅い時間。誰かの声がミナミを呼び止めた。


 今ミナミが歩いている王都の広場では屋台がぼちぼちと出はじめているが、いかんせんその中途半端な時間のためあまり繁盛はしていない。決して人通りがないわけではなく、むしろ活気はあるのだが。


「エディ、どしたの?」


 蜂蜜色の髪の、顎髭の生えた青年がにやにやと笑いながら近寄ってくる。そこそこ混雑しているとはいえ、装備を整えたエディはそれなりに目立つ。なにも大声を出す必要もなかったと思うのだが、エディはそんなこと気にもしないようだった。


「いやよぅ、今ヒマ?」


「ひまっちゃひまかな」


 ミナミはふと一時間ほど前の出来事を思い出す。


 霊鋼蚯蚓を倒してきたばかりとあって、レイア同様今日はミナミの休日だ。これから冬の準備をしなくてはいけないから、それを利用して買い出しに行くことになっていたのである。


 ところが何を思ったか、レイアとソフィは私たちでやるからといってミナミを散歩へと追いやったのだ。普段ミナミがフリーなら飛びついてきて遊ぶようねだる子供たちもこのときばかりはレイア達に賛成したため、しかたなくミナミは王都の広場でぶらぶらすることに決めたのである。ギルドの依頼を受けようにも外へ行く気分ではなかったし、ごろすけも連れて行かれてしまったから歩くのも面倒くさい。


「儲け話あるけど、どうよ?」


「変なのじゃないだろうね?」


 あたぼうよ、といいながらエディは懐から紙を取り出した。もうたいぶ見慣れた依頼用紙だ。依頼人はこれに依頼内容を書き、ギルドに提出することで依頼をギルドの掲示板に掲げてもらうことができるのである。もっとも、冒険者が受けてくれるかどうかは別なのだが。


「なんか依頼すんの?」


「んにゃ、受けんの」


 ぴっとエディは依頼用紙をミナミに見せつける。生真面目そうな字で内容が書かれていた。


 場所は王都のはずれの一軒家。依頼人の名はロロン。期間は三日以内。依頼内容はネズミの駆除。


 どうみても、駆け出しのひよっこ向けの依頼だった。


「なんでエディがわざわざこれを?」


「ふふん、よくみてみろよ?」


 意味ありげにエディがとんとん、と報酬の欄を叩く。


 報酬、金貨四枚。ミナミの知る日本円にしておそらく四十万。一般家庭はこれだけあれば一ヶ月は普通に暮らせる。


「……おいしいじゃん!」


「だろ? おまえもそう思うだろ?  ほんとラッキーだったぜ。ふらっとギルドにいったらちょうど張り出されるところだったんだ」


 へへへ、とエディは笑った。なんでも気晴らし程度にちょっと遅めにいったら偶然張られるところに遭遇したのだそうだ。そんな時間にはもう冒険者の姿もなく、取り合いになることもなかったらしい。


 エディは特級冒険者であり、ネズミ駆除なんていうひよっこの依頼なんて受けなくてもやっていけるだけの実力も財力もある。それでも、こういううまい話というものには目がなかった。


「どうだ、いっしょにやんないか? 報酬は山分けで」


「もちろん!」


 ミナミは即答する。


 金貨二枚、二十万といえば高校生のミナミがそうそう持てる額じゃない。いままで散々稼いでいたが、あくまで本人は稼いだ意識はなく、代金はギルドの銀行に振り込まれていた。つまり、ミナミにとっては初めての正式な仕事での高額報酬ということになるのだ。


 そんなミナミをみて、ただよぅ、とエディは続けた。


「なんか、依頼難度が四級なんだよな」


 依頼難度四級。いわゆる中の上。普通のネズミ駆除はせいぜい十から九級のことを考えると、あきらかにワケありの依頼だった。







「おかしいだろこんなのよぉぉぉ!?」


「たしかに嘘はついていないけど……」


 一度ギルドにより、《クー・シー・ハニー》と共同という形で冒険者の印を更新してから依頼場所へとミナミは向かった。ちょうど今、現場にたどり着いたところである。


 なるほど、たしかにネズミが出てきそうな感じの家ではある。長いこと空き家になっていたのだろう。壁にはうっすらとひびが入り、それをなぞるようにツタが這っている。明らかに朽ちている扉に錆びだらけの枠。幽霊でも出てきそうな雰囲気だった。


「いやーまさかキミとエディが来てくれるとはね」


 案内人はいつもギン爺さんへの取り次ぎを頼む鬼の市の職員のお姉さんだった。名前はミレイというらしい。顔見知りではあったものの、名を聞いたのは初めてだった。


「ミレイ、てめぇどういうことだよこれ!」


「いやぁ、こっちも聞いてなかったんだよ、こんなの」


 はぁ、とため息をついてミレイは改めて例の家を見る。そこにそびえるのは明らかに一軒家というレベルを超えた大きな屋敷だった。貴族でも住んでいたのだろうか、朽ちていて尚妙な気品が漂い、またそれが妙な不気味さを醸し出している。


 なんでも、この屋敷の主人から鬼の市に屋敷そのものの査定の依頼が来たらしい。その主人は遺産相続によってこの屋敷を譲り受けたのだが、古都ジシャンマに住んでいたため、長らく放って置いたままだったそうだ。もともとお金には困っていなかった上、一軒家と聞いていたのでボロ家かそれに近いものだと思っていたらしい。


 事実、ボロくはなっているものの、ここは立派なお屋敷だ。とある理由からジシャンマからはるばるここへ来た主人はこれを見て腰を抜かしたそうな。まさかこんな立派なボロ屋敷だとは思っていなかったとのこと。


「でさ、その理由っていうのがこの家のどこかにある魔法の指輪を探すことだって」


 鬼の市は事前にその主人から中に入って探しておいてくれと言われたのだそうだ。魔法の指輪といってもそれほど高い効果はなく、せいぜいおまじない程度の効果らしい。もともとこの屋敷に住んでいた祖父の形見らしかった。


 一軒家だと思っていた主人はどうせ使う予定もないのだからと、家を含めた全てを売ることを決め、形見の指輪だけは取っておいてくれといったのだそうだ。


「で、依頼を受けた市の職員が見たのはこのでっかいお屋敷だったってこと。中もボロくて床は抜けてるし、ほこりっぽいし……一番問題だったのがネズミよ。いっぱいいてとてもじゃないけど探索できない」


 つまり、ある主人が屋敷丸ごと鬼の市に査定に出し、依頼を受けた鬼の市はネズミのせいで査定が出来ないからギルドに駆除の依頼を出したというわけだ。ギルドの依頼人欄がミレイじゃなかったのはあくまで鬼の市は下請けであるためだろう。


「てなわけで駆除よろしくね! きれいになったところで市の職員で査定するから!」







「うへぇ、本当にカビ臭ぇ」


「エディ、そこ床抜けてる」


 カビ、ほこり、あと木の腐った臭い。歩くたびにギシギシと音が鳴り、ときおり床が抜けてずぼっと足がめり込む。クモの巣はそこらじゅうに張っているし、名前もわからない小さな虫があちこちにうごめいている。わずかばかり注ぎ込む外の陽の光が妙に明るく、頼もしく感じられた。


「ぜってぇこんなの三日じゃムリだろ。普通だったら一週間はかかるぞ」


「ネズミの気配を探ればすぐだよ、きっと」


 片手剣で蜘蛛の巣を払いながらエディは先頭を進む。ミナミはエディの後ろで動くものに目を光らせている。


 エディの大剣は修理に出しているらしい。霊鋼蚯蚓の硬さでかなりぼろぼろになってしまったそうだ。


「そういやパースやフェリカさんはどうしたの?」


「パースは解剖。フェリカはピッツとの訓練。俺ヒマ人」


 足に群がる小虫をうっとうしそうに踏みつぶす。ぱちっと軽い音がしてそれは床をわずかに濡らした。


 ほぼ外れている扉を開けて中をのぞく。確かに光る目玉は見つかるのだが、開けた瞬間に壁の穴を通って逃げてしまう。


 ミレイの話では職員に襲いかかってきたとのことだったが、冒険者との力量差くらいはわかっているようだった。


「一匹捕まえてゾンビにすれば終わりだね」


「そのまえに一匹でいいからぶちのめさせてくれよ。なんかネズミみてイラッとしたんだ」


 エディが気配を消し忍び寄ろうにも床が脆すぎてすぐばれてしまう。さきほどからそのせいで何匹か取り逃し、小馬鹿にされたように逃げられていた。ちう、ちうと高い音で鳴くのがまた気に障る。


「おらぁっ!」


 扉を開けるなりぶおん、と音を立ててエディが片手剣を投げつけた。その先にいるのはもちろんネズミ。屋敷全体はともかく、部屋の中だけならエディにもネズミの場所はわかる。扉を開けた瞬間に投げれば逃げる暇もない。


 だん、と後ろの壁にめり込んだ片手剣。その傍らには頭をうって気絶したネズミがいた。幸いというべきか、刃ではなく柄が当たったようだった。


「よーやく一匹。じゃ頼むぜ?」


「任せろ」


 ミナミは気絶しているネズミの首根っこをひっつかみ、軽く爪を立てる。


 べとべとした毛並みがすこぶる気持ち悪い。ごわごわしていてごろすけの毛並みとは大違いだった。


 一瞬のうちにそいつはミナミの配下──ゾンビとなる。目から光は消え、体は強靭になり、ミナミの命令に従う理想的なしもべとなった。


 問題は、この小さな生物がミナミの言うことを理解するだけの脳みそをもっているかどうかだ。


「ネズミにかすり傷でいいから傷を負わせろ。屋敷からは出るな。人を絶対に襲うな。ネズミが見つからなくなったら……全員でここへ戻ってこい」


 ミナミに首を掴まれたままちう、と鳴くネズミ。


 とりあえずは問題なさそうだと判断したミナミは床に降ろす。ネズミは同時に壁の穴へと入りこんでいった。


 どういうルートをたどっているのかは知らないが、上へと登っているようだ。


「さっ、後は待つだけだね。気配一杯あるから時間かかるかも」


「便利だよなぁ、それ。俺もゾンビにしてもらおうかな?」


「やめときなよ、黄泉人と違ってほとんど魔物みたいなもんだし」


 だっだっと上の方で物音がし、細かいちりが落ちてくる。どうやらゾンビに見つかった哀れなエモノ(ネズミ)がいたらしい。


 ゾンビ的に考えて隠れたところであまり効果はないし、なによりこんないかにもといった怪しい雰囲気の屋敷なのだ。シチュエーション的にも理想的だ。


「やだよなぁ、こんな薄気味悪ぃ屋敷で同族に追われるのって」


「おれの故郷のお話ではだいたいゾンビは薄気味悪い閉じ込められた環境で人間を追い回していたよ。それもたくさんで」


「で、恋人の片方がゾンビになってもう片方が泣く泣く倒す……とか?」


「そだね。もしくは無茶して助けようとして一緒にゾンビになるかだね」


 喋っている間にもネズミゾンビが増え続けているのが感じられる。今のところ十五体くらいだろうか。結構多いらしい。あちこちから振動が伝わってくるところをみると、ネズミたちは相当必死になって逃げ回っているようだ。それこそ、エディにもその気配が感じ取れるほどに。


「お~、すげぇな。ものすごい勢いで動いてんな」


「出口になりうるところはゾンビが塞いでいるからね。逃げ場のない鬼ごっこだよ」


「うわ、えげつねぇ」


 はっはっはと笑いながら話す二人。この古びた暗い屋敷の中、かたかたちうちうとあちこちで聞こえてくるため、心霊現象っぽく見えなくもない。何も知らない人がこの状況を見たら迷わず逃げ帰っていただろう。


「うぉっ!」


 突然エディが声をあげる。一瞬遅れてミナミもエディの視線の先を追うと、ちょうどゾンビが入った

壁の穴から二匹のネズミが飛び出してきたところだった。


 手負い、というか生命の危機にひんした動物がもつ独特の逼迫した空気。エディが戦闘するときに放つ空気と同種ではあるが異なるもの。


 やる、のではなくやられない、の思念がこもったそいつらを追うのは、五匹のネズミのゾンビだった。


 連携も何もない、ただの数任せの狩り。一度目をつけられたのならいつまでも追いかけられる。体力がつきた時があのネズミたちの最後だろう。


 なんてミナミが思ってたらエディが片手剣をネズミの前に突き刺した。当然全力で走っていたネズミはその片手剣にぶつかり仰け反る。その隙をゾンビが見逃すはずがない。一斉に飛びかかり、群がったかと思うと次の瞬間には何事もなかったかのように穴へと戻っていった。もちろん、追いかけられていたのは追いかける側になっている。


「俺もちょっとは働かないとな」


「エディのほうがえげつないんじゃ? あの発想はなかったよ」


「駆除される側にとっては明らかにおまえのほうがえげつねぇよ。もしあれが大きかったと思うとちびりそうになるね」


 たしかに、と頷きながらミナミは残りの気配を探る。やっぱりというかゾンビの殲滅能力はなかなか優秀だ。もうほとんどネズミの気配は残っていない。今頃ネズミたちの通路中にゾンビが徘徊していることだろう。


 ゆっくりと、でも確実に。追い詰めて仕留めるのは、ゾンビの十八番だ。











「よし、全員集合だな」


「意外といるなぁ。百以上いるんじゃねぇの?」


 あれから十分もしないうちにネズミたちの殲滅は終わった。今ではみんなゾンビになってミナミとエディの前に集まってきている。呼吸音がないからまるで剥製のようで、妙な迫力があった。


「どする? 尾っぽとか証拠で必要だったりする?」


「いいんじゃね? 屋敷からいなくなればいいんだから」


「じゃ、消しちゃっていいか」


 消えろ、と心で念じただけでゾンビたちは散りゆくように消えていく。さすがにネズミからは有用な素材は採れないし、かといって焼却処分するのも面倒臭い。全て跡形もなく消してしまってなんら問題なかった。


「あれ、あいつなんか落としたぞ?」


 なにかがわずかに入る陽の光に反射したのがミナミにも見えた。まさかネズミに魔石が? と思いつつもエディと共にそれのそばに行く。


 そこにあったのは。


「指輪? あのネズミが飲み込んでたのかな」


「みたいだな。まさかこれが例の魔法の指輪なのか?」


「どうだろ? ちょっと魔力あるけどこの程度じゃ魔法の指輪って言えないと思う」


 とりあえず持っていくことに決める。例え魔法の指輪でなくても、ミナミたちの仕事はあくまでネズミの駆除だ。屋敷で見つけたものは基本的にミレイに渡すことになっていた。


 なんだかべとべとして変なにおいもするが、磨けばきれいになりそうである。ポケットに入れるのはもちろん、巾着に保存するのも気分的に嫌だったので、仕方なくミナミは端をつまんで持っていくことにした。これでこのお屋敷ともおさらばである。








 半日でネズミ駆除を終わらせたミナミたちにミレイは驚いていたが、ネズミが完全にいなくなったらしいことを確認してくれた。どういう仕組みか判らないがこれで依頼達成となる。早速ギルドへ行き報酬を分け合い、引っ越し前祝いについて少し話をしてからエディと別れ、ミナミは家へと帰った。


 後で知ったことだが、ネズミの腹から見つかった指輪は例の形見だったらしい。


 指輪の効果は家族との再会を願うもの。経緯は不明だがネズミの一匹がそれを飲み込んでしまい、魔力を取りこんで発散していたためにネズミが大量に住み着いてしまったそうだ。


 異臭のする指輪を受け取った主人は、なんともつかない表情をしていたらしい。







20160807 文法、形式を含めた改稿。

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