16 それでもゾンビは倒れない
右後ろで、オウルグリフィンが勝ち誇ったように鳴いていた。
それもそのはずだ。ここにきてようやく一撃を与えることが出来たのだから。それも、喰らったら五秒で動けなくなるかぎ爪攻撃だ。
今までひょいひょいよけられていたが、麻痺毒に体を蝕まれたからには、それもできない。オウルグリフィンの勝利は決定的になったといってもいいだろう。
そう、あの炎の竜巻は本命ではなかったのだ。威力もあり、切り札でもあるように見えたのだが、あれはただの目くらましに過ぎなかったのである。
あれほどの攻撃を目くらましに使うという発想は、普通の魔物が持っているようなものではない。それこそ、人間だってなかなか思い付かないことだろう。
加えて、オウルグリフィンの魔法にはある特徴があった。正確にはすべての魔法について言えることなのだが、彼らの使う魔法は、味方に攻撃的な効果を及ぼすことがないのだ。
たとえ自分や仲間が放った炎の竜巻に突っ込んだとしても、彼らが焼けただれることはなかった。
実は人間たちもこのように魔法を使うことが出来ないわけではないのだが、彼らには仲間だけが傷つかない魔法、という発想がないから使えないのだ。
そのうえ、彼らは用心深かった。焼死体になっていることは確実であろう相手に、念のためとどめとしての一撃を放つことしたのだ。それもただ横から突っ込むのではなく、上空からの一撃を与えることにした。
竜巻を駆け上るようにして音もなく上昇していく。たとえ音が出ていたとしても、焔の轟々とした音にかき消されていただろう。
普通、ヒトは頭上に対しての注意が薄い。横や足元だったらなにか危険があることがあるが、上から何か危険がせまるということは滅多にないからだ。
もう終わったと思っていたところに、後ろ上空から急降下して攻撃されたのだ。それも彼らの十八番だ。ミナミに避けられるはずがなかった。
「……」
炎の竜巻が止まり、ようやくミナミの視界が開けた。
ゆっくりと振り向くと、嬉しそうに鳴いているオウルグリフィンがいる。もちろん、ヤツの右の爪は、右腕にしっかりと喰いこんでいた。ゾンビでなかったら、激痛に耐えきれなかったかもしれない。
「……おい」
爪の先端から毒々しい色の液体がじわじわあふれ出てくる。そのまま流れて、指のほうから滴っていった。
ミナミは左手を試すようにグーパーと開いたりにぎにぎしたりする。
──やはり問題なかった。
死体に毒が、効くはずがない。
「ゾンビなめんなぁ!」
ミナミはオウルグリフィンの胸を爪で全力で切り裂いた!
ミナミの腕を抑え込んでいたせいか、それともただ単に予想外だっただけか、そいつは何の抵抗も出来ずに切り裂かれた。
すごく規模を大きくした霧吹きのように、赤黒い液体が飛び散る。モロに浴びてしまったが、しょうがないことだろう。
ほぉ……ぅ……
オウルグリフィンは一瞬カッと目を見開いて倒れると、直後にやや機械じみた動きで再び立った。
胸がぱっくりと開いており、今でもだくだくと血が流れ出ている。普通の生物なら生きていられるはずがない。
「よう、これでお揃いだな」
ミナミは死相の出ているそいつににこやかに話しかけ、ぽんぽんと頭をなでた。
そう、こいつは普通の生物ではなくなり、ミナミの配下であるゾンビとなったのだ。
「あと一匹っと……」
ちょっとゾンビっぽく恰好つけながらゆらりと最後の獲物のほうを見る。やはり最初から能力を使うべきだったかとも思ったが、自分の実力を知ることも必要だったとミナミは開き直る。
「本気で、いくぜ」
今度こそ完全に攻撃パターンは出尽くしたはずだ。それに一対一のタイマンだ。ゆっくりと料理してあげられる。
「なぁ、いいだろ?」
ミナミと目が合うと、そいつの目は怯えるように震えた。
ミナミがにやりと笑うと、そいつの体はカタカタ震えた。
ミナミが一歩を踏み出すと、そいつは同じように一歩後退した。
──あ、なんかコレちょっと楽しいかも。
「にげるなよ~?」
ミナミは心底うれしそうにじりじりと詰め寄っていく。悪役の愉しみを存分に味わないがら、遊ぶようにゆっくりとにじり寄り、オウルグリフィンに得体のしれないプレッシャーを与えていた。
もう完全に、ミナミがその場を支配している。
ほ、ほぉ──ぅ!
やがて、ミナミに攻撃する意思がないと踏んだのだろうか、そいつは震えながらも翼をはためかせ、飛び立とうとした。もちろん、それを許すミナミではない。
こいつの処遇を、すでに彼は決めている。
「逃がすな!」
──……ぉう
ゾンビ化したもう一体がいつの間にか空の退路を断っていた。虚ろな金色の目で生きてるヤツをにらんでいる。
実はミナミが遊んでいる間にすでに空中にいたのだが、生きているほうはミナミに気を取られていて気付かなかっただけだ。
ほぉ──ぅ……
基本的にゾンビとなったやつは生きてた時よりも強くなる。そいつは今自分が置かれている状況を本能で理解し、小さく悲しげに鳴いた。
それが、堕ちた同族のためか、自分のためかはわからなかったが。
「そう悲しげに鳴くなよな」
世間話でもするように、笑いながらミナミはそいつに話しかける。
「あいつは使わない。使うのはお前だ。やっぱきれいな奴のほうがいいもんな」
きれいでなければ使わなかったのかと、そいつが喋れたのなら聞いていただろう。
「大丈夫、痛くはしないし目立たないところにやる。……一緒にいろんなことをしよう。いろんなところに行こう。きっと楽しいぞ。ご飯も食べ放題だ。実はさ、もう名前も決めてあるんだ」
絶望しきったのか、あきらめたのかはわからない。まさか今のミナミの言葉を理解したとも思えない。とにかく、そいつはもう動くことはなかった。
「一緒に人生、いや、ゾンビ生を謳歌しようぜ……相棒?」
ミナミは、翼の後ろ側の付け根の部分を軽く引っ掻いた。
「お~いエディ? 終わったよ?」
とりあえずズボンを履いて、呼びかける。戦っているときはあまり気にならなかったが、全裸で戦うという相当恥ずかしいことをしていたわけだ。
そのおかげで制服は燃えなかったのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。思い出しただけで顔から火が出そうだった。
結局助太刀はこなかったから、少なくとも女性陣には見られていないだろう。ちゃんと宣言通り、ミナミは一人でなんとかしたのだ。
「思わぬ収穫もあったし、実りある一日だったな」
これから頼もしい相棒になる予定のオウルグリフィンも手に入れた。さらに、ミナミの巾着には最初にゾンビにしたやつの素材が丸々入っている。もふもふ毛皮しか確認していないが、きっとすごくいい値段になるだろう。ちらっとだが、魔石っぽいものも確認していたりする。
最初に倒したやつはすでに絶命していたため、ゾンビ化による素材回収はできなかったが、あいつの解体ならきっとパースが喜んでするだろう、とミナミは気楽に考えていた。
強い魔物らしいし、頭部陥没と右翼骨折以外はきれいなのだ。標本やサンプルとしては上質の部類に入るだろう、たぶん。
あまったら肉とかも貰えるかもしれない。レイアは魔物はまずいと言っていたが、ミナミはこちらにきてまずい魔物と当たったことがない。きっとこいつもうまいに決まっていると勝手に決めつけていた。
「エディ?」
先ほどから呼んでいるのだが、返事がない。風呂の中にはいないので、壁の向こうにいるはずだがなにをやっているのだろうか。
「エディ? 返事くらい……」
壁の向こうでエディが半裸で倒れていた。大きな鼾をかいている。
「はぁ?」
いったいどうやったら、仲間を起こすときに眠ってしまうのだろうか。なにか魔物の襲撃にでもあったのだろうか。
そういえば、とミナミは思い出す。炎の竜巻とか、かなり大きな音がしていたはずだけれど、なぜそれでレイアたちは起きださなかったのだろうか。
「まさか……」
自分の後ろで黙ってたたずんでいるオウルグリフィンに問いかける。
「ごろすけ、おまえ、眠りの魔法も使えるのか?」
ほぉ──ぅ
生前と同じ調子でごろすけが鳴いた。やっぱりビンゴらしい。
ということは、今眠っている全員が眠りの魔法にかかっているわけだ。これならみんなが大きな音を立てても起きなかった説明がつく。
ごろすけというのはこのオウルグリフィンの名前だ。オウルグリフィンというのは長い名前だし、うまく略するのも難しい。
そこで、安直ながらも梟からごろすけと名づけたのだ。じぃちゃんが梟はごろすけとも呼ばれると言っていたのをミナミはたまたま覚えていたのである。
「どうやって起こすんだ?」
ミナミの問いにごろすけはエディの頭を軽く嘴でつつく動作をした。先ほどの嘴の威力を知っているミナミからしてみればなかなか恐ろしい動作ではあるのだが、今は完全にミナミの支配下にあるため、万に一つも危険性はない。
「力づくで起こせってか」
とりあえず全員起こす必要はないだろう。眠くないミナミ、解体するかもしれないパース、なんとなくだけどエディ。男勢だけ起きていれば問題ないはずだ。
「だいぶばっちくなっちゃったな……もっかい風呂入るか」
ミナミはそうとう汚れてしまっている。エディだって半裸状態で地面に寝そべってしまっている。もう一回風呂に入りなおすのも悪くない選択だ。男同士で飲み明かすのも楽しそうである。お酒は出せないが。
「パースさんも誘ってみるかね?」
きっとパースなら解体を優先するだろう。若干神経質気味な部分があるから、やるべきことをやってから風呂に入るに違いない。
「ついでに洗濯も全部済ませるか?」
ミナミの制服は綺麗になっているが、エディの皮鎧もパースのローブも汚れている。今のうちに洗濯してしまうのもいい考えのように思えた。
「こいつの説明もしなきゃなんないしなぁ」
ごろすけの説明もある。こいつは明らかに一般の冒険者にとってもイレギュラーなものだろう。最初にパースやエディに聞いてもらっておいたほうが、明日レイア達に説明する時も楽なはずだった。
やはり二人を起こそうとミナミは決心する。そして、そうと決まればやることは一つだ。
「起きんかーい!」
気持ち良さそうに寝ているエディの額に軽くデコピンをかますミナミだった。
20150502 文法、形式を含めた改稿。




