12 冒険者たち
「なぁレイア、あっちからまっすぐこっちのほう目指してくる気配が三つほどあるけど、大丈夫かな? 歩くくらいの速度なんだけど……」
狩りを続けながら移動していたミナミとレイアは、夕方になる前に合流場所になっている森の出入り口に到着した。馬車の到着は明日の正午だというので野営の準備前に休憩をしていたのだが、ここでミナミの感覚が明らかに普通の魔物とは違う動きをする気配を捉えたのだ。
「三つ? それならたぶん、私と一緒に来た人たちよ。こっちに来てから別行動してたし、基本的に集合場所には早めに戻るっていうのが冒険者の基本だもの。頃合い的にもぴったりだわ。あとどれくらいで着きそう?」
「うーん、一時間くらい?」
「また中途半端な時間ねぇ……。一緒に食べようかとも思ったけど、先にご飯にしちゃいましょうか。もうおなかぺこぺこだもん」
「どの肉食べる?」
「……いっぱいあるウルリンで」
集合場所についてから食事にしようとしたため、ミナミたちは昼食をとっていない。もうすっかりおなかはぺこぺこで、腹の虫は早く飯をくれとうるさくがなり立てていた。
ミナミは巾着から薪と大量のウルリンの肉を取り出す。巾着の中にはキングウルリンの肉もまだ残っていたし、ここまでに来る途中で遭遇したウルリンのものも入っていた。
基本的にウルリンは集団で襲ってくる。ミナミにとって集団というのはただのカモだ。おかげで食べきれないほどの肉と五人は同時にふかふかできる量の毛皮を手に入れることができていた。
「やっぱり何度見てもあなたのそれって便利よね……。私にも使えるようにならないかしら? ああ、お肉はもっと出しても大丈夫よ? 普通はウルリンの肉は売り物にならないから」
そう呟きながらレイアは肉を適当な大きさに切って串に刺していく。解毒の魔法もしっかりかけておくのも忘れない。火を通すのだとしてもこれだけは確実にやっておいたほうがいいそうだ。
薪に火をつけるのはミナミの役目だ。ミナミの火のほうがおいしく焼けるのだから、当然と言えば当然だろう。焼きあがるのが楽しみだと、二人して揺らめく炎を見つめてしまう。
「ちょっと早いけど、今日はこのまま野営の準備をしちゃいましょう。どうせこの辺にはめぼしい獲物はいないし、準備が早いことにこしたことはないわ」
野営の準備といったって簡単にかまどを組んで焚き火をするくらいで薪は十分に拾ってあるし、荷物はレイアの背負い袋も含めて巾着に入れてあるため整理する必要すらない。水だってミナミの魔法で確保できる。
すなわち、今日はこのまま焼き肉食べ放題を心行くまで楽しめるわけだ。
「うっめぇ!」
焼きあがった肉を食べる。キングウルリンほどではないものの、肉汁が滴るその様と辺りに満ちる香ばしい香り、ほどよく引き締まった肉ならではの柔らかさと歯ごたえは食欲を刺激するのには十分すぎるものだ。
「はぁ……おいしぃ……」
レイアも夢中で食べている。右手に肉を、左手にグラスを持って。
グラスの中はもちろんオレンジジュースだ。彼女はすっかりオレンジジュースの虜になってしまっていた。
「……ん?」
そんなひと時を過ごしていた時だった。ふと、ミナミの耳が何かの物音を拾う。
「おーい、嬢ちゃーん。生ぃーきてぇーるかぁー?」
なんとも気の抜けるような呼び声が森のほうから聞こえてきた。声の感じはとってもダンディで渋くていい感じなのだが、妙に間延びしてるためになんだかだらしない印象を受ける。
「生きていなければこんないいにおいなんてしませんよ」
今度は理知的な男性の声だ。どことなくミナミの学校の数学教師の声に似ている。女子生徒にモてるメガネかけた若い穏やかな先生だったっけ……とミナミはぼんやりと思い出す。
「ほんとにいいにおいねぇ。お肉みたいだけど、ここいらに獲物なんていたかしらぁ?」
最後に聞こえてきたのは女の人の声だった。こちらは大人っぽい雰囲気がある。普段はのほほんとしてるけど頼れる姉御とか、実はすごい業績を持つ女社長とかそんな感じだ。
「よう嬢ちゃん。なにか収穫はあったか? こっちはそれなりにいいモンみっけたぜ? くぁーっ、しかしたまんねぇなこの匂い!」
森からダンディで渋くてかっこいいおじ……いや、お兄さんががでてきた。
おそらく最初に声をかけた人だろう。蜂蜜色のオールバックでなかなか背が高く、ミナミの身長と同じくらいの大剣を背負っている。あごひげがチャームポイントだ。
ヨーロッパの映画俳優のような顔立ちだが、そのひょうひょうとした雰囲気ときらきら輝いている目がどこか子供っぽい雰囲気を醸し出している。
「エディさん! わたしもいいヒト見つけました!」
レイアが答える。おのお兄さんはエディというらしい。
「ヒト? ものじゃなくてか?」
「あっどうも」
レイアの後ろを覗き込んだエディと目が合ってしまい、ミナミは思わず挨拶してしまった。ゾンビになったからか、エディはミナミの気配に気づかなかったらしい。
「嬢ちゃんが男連れとる……」
「同業者のかたですか? だいぶ顔色が悪いようですが……?」
続いてでてきた深緑のローブをまとったお兄さんはミナミの顔色を心配する。なかなか心優しい人らしい。
肩に触れないくらいのきれいな銀髪と穏やかな蒼い瞳が特徴的だ。数学の教師のようなイメージをもっていたが、どっちかというと保健室の先生のようである。ちなみにミナミの顔色が悪いのは今ではデフォルトなので、体調的には全く問題なかったりする。
「あらぁ、けっこう……うん、結構な子じゃなぁい?」
なんとも微妙な評価をしたのは赤毛のお姉さまだ。長いであろうその髪を、頭の後ろのとこで結っていた。
なかなかにグラマラスなモデル体形で、比較的露出の多い、動きやすそうな服を着ている。腰にあるあからさまに大きさのおかしいダガーをみると、彼女がレイアと同じように短剣を使う人間であることが分かる。
この三人でパーティーを組んでいるのだろう。冒険者は普通パーティーを組むものらしいから間違いない。
一体誰がリーダーなのだろうか。じっと三人を見ていたミナミだが、自己紹介をするのを忘れていたことに気付いた。
「はじめまして。おれはミナミっていいま……」
「そんなことより俺にもそれ一本くれよぅ!」
そういって肉の串の一本を掻っ攫っていった、見た目はダンディだが中身はほぼガキのお兄さんがこのパーティーのリーダーだとミナミが知るのは、すぐ後のことだった。
「うんめぇ、この肉ほんっとうっめぇ! ミナミぃ酒は出せねーのか?」
「はしたないですよ、エディ。すこしは遠慮というものを覚えなさい。……でも、確かにおいしいですね。オレンジでここまで甘味がでているジュースは初めてです」
「こんなにおいしいのなんて初めてだわぁ。何の肉なの?」
エディたち三人とミナミたちは焚き火を囲んで一緒に食事をしていた。彼らもこっちに来てからゆっくり食事をするつもりでいたため、まだ何も食べていなかったらしい。肉は大量にあるのだし、どうせ売り物にもならないのだからと、一緒に食べることにしたのだ。
「すみません。飲んだことのあるものしか出来ないんです。肉はウルリンのものですよ」
「……ウルリンってウルゴリだよな?」
「あなた方がどう呼ぼうと勝手ですが、せめて周りに人がいるときくらいは正式名称でよんでもらいたいものですね。名前が泣いてますよ」
「固いこといわないのぉ。わかればいいじゃなぁい? あれの肉ってこんなにいいものだったのねぇ」
すこし神経質な発言した彼の名前はパース。学者兼魔法使いなんだそうだ。さっき自己紹介をしたときに聞いたのだが、ここに冒険に来たのももともとは彼の発案だったらしい。なんでも調べたいことがあったのだとか。
『ただもの事をあれこれ言うのはだれにでもできる。実際に見て体験して感じ取り、それを昇華させるのが学者なのだ』という独自の信念がこうして自ら動くきっかけになっているとのこと。
自分の足で動くというのは学者としては珍しいらしい。上位の魔法を使えるが彼自身としては魔法というのはあくまで手段であって、学者として自由に行動できるように学んだだけらしい。実力がないと自由に採集にもいけないといっていた。
そして悲しいことに、学者というよりも魔法使いのほうで名前が売れてしまっている。
「今度から積極的に狩ってみようかしらぁ? 大もうけできる予感がするわぁ」
はむはむと肉を頬張っている彼女の名前はフェリカ。トレジャーハンターをしているらしい。
トレジャーハンターとは、主に遺跡や洞窟などでお宝探しをする人だ。鍵明けや罠解除を必須の技術とし、総じて器用で身のこなしが軽いものが多い。
ナイフ、弓、ブーメランといった様々な武器、ピッキングツール、マッピングツールなどの多種多様の専門道具を使いこなすためにパーティーメンバーとしての需要が多いが、数が少ないうえ、だいたいどこかのパーティーに所属しているためになかなか一緒に行動する機会はないそうだ。結構ラッキーなのよ、と教えてくれた。
「ばかいえ、ただのウルゴリがこんなうまいはずないだろう。このジュースの魔法といい、きっと何かしらからくりがあんだろうよ。そうなんだろ、ミナミ?」
「……まぁ、そうです」
エディの問いにミナミはあやふやに答える。いまいちまだ距離感をつかみきれなかったのだ。
なお、ミナミがゾンビであることはレイアによって伏せられた。代わりの設定が『遠い異国の地からやってきた学者っぽいことをしている黄泉人』だ。
実際生きてはいないわけだし、遠いところからやってきたのも事実である。これから何をしでかすかもわからなかったため、問題なさそうな設定を二人で考えたのだ。
何も自分から異常な存在であると口外する必要はないというレイアの判断だった。エディさんたちは大丈夫なんだけど……と彼女は言っていたが、ほかの人たちもそうであるとは限らない。念のためなんだろう。
「いっそ私たち専用のコックにしてしまわなぁい?」
「おう、そうだそうだ。もっと俺にうまいもんくわせてくれよ! 高級な酒も飲ませちゃる! 飲み放題だぜ!」
「エディもフェリカも、飲み食いしたいだけでしょう。ですが……名案ですね。私も異国の技術や知識に興味がある。ミナミもどうです? 学者同士、熱く語り合おうではありませんか?」
「ミナミは私のパートナーです! 話をつけるときには私を通すように!」
こりゃしまったな、とエディが頭を掻く。基本的に無断でのパーティーメンバーの引き抜きはマナー違反だ。スカウトする際はかならずリーダーに話を通してからが常識なのである。
「いや、わりぃわりぃ。パーティー組んでるなんて知らなかったんだよ。つーか、ミナミは剣も杖も持ってねぇけど、冒険者だったのか?」
「これからなりに行くところなんですよ。おれのところには冒険者っていう仕組みがなくて」
「そうだったのぉ? まぁここまで一人で来たくらいだから実力はあるわよねぇ」
ははは、と軽く笑って受け流す。能力がすごいだけで実力はほとんどありませんとは口が裂けても言えなかった。
そんなこんなで話しながら過ごしているうちにいつの間にか当たりはすっかり暗くなっていた。先ほどからずっと飲み食いしてるから、お腹はかなり膨れている。レイアもフェリカもパースもすでに食べすぎでぐでっとだらしなく寝そべっている。
いや、三人とももう寝ているのだろう。うめき声に近い寝息が聞こえる。エディだけは平然とジュースをカブのみしていた。
「いやぁ喰った喰った。ほんとにありがとな、ミナミ」
「いえ、どうせあまっていたものですし……」
文字通り腐るほどあったのだ。なくなってしまってもまた狩ればいいだけで、別にとくだん困るようなことでもない。
ところが、エディは笑いながら顔の前で手を振った。
「そっちだけじゃない。嬢ちゃんのことだ。まぁ今度改めて礼をするよ」
「レイアのこと?」
「そう。……おっと、もうみんな寝ちゃってるし、ミナミも寝たほうがいい。夜の見張りは俺がやっとく」
「……?」
「いいから寝ろぃ! お子ちゃまが起きてていい時間じゃねぇぞ!」
照れ隠しだろうか、ちょっと大きな声で促す。せっかくなのでミナミは横になることにした。眠れないかもしれないが、二日も起き続けていると精神的によくない気がしたのだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
明日からは四日間の馬車の旅だ。話をする機会なんていくらでもあるだろう。なんとか聞き出してやろうと、ミナミはひっそりと決意する。明日になったら忘れているかもしれないが、それならそれで構わないとさえ思った。
横になる前に毛皮の毛布もどきを取り出して自分とレイア達三人の布団代わりとした。視界の端に驚いた顔のエディがみえたが、あっさりと無視する。
明日の朝どんな反応をするだろうな、とほくそ笑みながら、ミナミは浅いまどろみの淵へと降りて行った。
20150501 文法、形式を含めた改稿。




