第五話「太陽と巨人の贄」
パワースポット:太陽石祭壇がある山間部は、女神によって大規模な自然災害が遠い出来事になった現在。だが今でも時折揺れや噴火が起こる。連なる山々に火山も混ざっているからだ。
いかなる大地震、大噴火であってもかけらすら損なわせることができなかった。
漆黒の鏡の如き黒曜石に酷似した祭壇である。
妖魔にとっても人にとっても聖なる地だ。
アーロンはレフォリエに向けて、あと一歩で嘲笑になる程度に口の端を歪める。
「簡単に言うなあ」
「行けない場所じゃあないだろう」
レフォリエはまるで「他の聖地には行けた」とでもいいたそうな気軽さで、ぽんと言ってみせる。
「わからないヒトだね」
いらいらと自分の赤毛をぐしゃりとかき混ぜてしまう。
「ドヴェルグ達が住まう山の地下通路はいくつもあるけれど、祭壇に繋がるのはたったひとつだけ。人間では山に入るのもやっとだ……」
そこまでいって、目の前の黄金の少女がまさに人の身(それも単身で)乗り込んできたことを思い出した。
(いやいや。ここまでであれば偶然が手伝ってこれることもあるかもしれない。山はヒトとの交流もする方だし。しかし聖地となればそうはいかないに決まってる)
当たり通路の天井には、道すがら蜘蛛化生達も巣喰う。
蜘蛛化生は見目こそ人に近しいものの、性質は獣、怪物のそれだ。
華奢な八本の手足を蠢かして艶めいたくちびるを歪ませるさまは、いっそ淫靡である。
人間ならば、彼女達の美しさに見惚れるあいだに死ぬ。
鋼より頑丈な糸を巻き付けられて、そのまま体液を吸われ尽くすのだ。
「彼らと共生関係にある俺達ドヴェルグがついていなければ、見境なく襲う。そして俺達が人間を聖地へ案内するのは儀式の時だけ。君が行くのは不可能なんだよ」
「ふーん」
「『ふーん』て。話聞いてた?」
「ああバッチリ。視力、聴力、ほか五感すべてに自信がある」
「視力と理解力はまったく別種の能力だからね!」
どうしてレフォリエが無駄にきりりとした双眸をかけらも揺らさないのか、理解に苦しむ。
散々、ここがヒトの訪れる場所でないと伝えているつもりだった。
アーロンの説明が悪いのだろうか?
「すごいね君。話してるだけで若干負けた気分になってしまった……」
「お? そうか? まあわたしを凄いと思うのはやむをえないことだが、そういきなりは照れてしまうな」
「褒めてないから」
「では勝者の権利としてききたいんだが、アーロンは儀式場を見たことがあるか」
「負けた気分って言ったんだ、まだ僕は負けてない」
都合のいいところだけ聞き取る聴力にはあきれ果てるものの、ようやく聖地がどんなところか知る気になったようだ。
ここはきちんと畏れ敬って立ち去るよう諭すチャンスだ――アーロンは咳払いする。
「父の付き添いでならあるとも」
実は儀式場に直接あしを踏み入れたことはない。
しかし跡継ぎとして、儀式を行う祭壇の直前までなら行ったことがある。
他のドヴェルグでもなかなか足を踏み入れられない領域だ。
「太陽石祭壇は炎の天に塞がれ、祭壇に置かれた生贄はさながら太陽に孕まれたようなここちになるという。あるいは神の椅子のもとにひれ伏すようだと」
「炎の天……? 洞窟のなかで?」
初めてレフォリエが動揺を表した。
大きくひらかれたまなこが凍った夜に泳ぐ満月のようだ。
知らず知らずのうち、アーロンの口調に得意げな気配が乗る。
「そうだ。ヒトの智がまるで及ばないだろう。しかし俺達ドヴェルグは聖域のちからを賜ることができる。さっき使っていた炎も聖域の火をランタンのなかに招く術で……」
話が逸れかけたのに気がついて、一度くちを止める。
横から妹が非難がましい目で観ていた。
「――とかく。聖域は人智などでは推し量れぬところなのさ」
「人とは異なる次元のもの、古のものか。ではこの山で神秘を体現し、守り続ける聖域の主は? どのようにして贄を受け取る」
「難しくはない。鋼のように成しがたく、ゆえに強靱なシンプルだ」
話しながら、アーロンのあたまに何か「あれ」と引っかかる。
今の会話のなか、不自然なものがあった気がする。
しかし思えば、レフォリエは登場から今に至るまでおかしい。
今更気にすることもなかろう。気を取り直してしまった。
「祭壇には鎖がある。これで贄をかつて斃れ、封じられた巨人に見立てるという」
「贄のほうを巨人に?」
「そう。巨人は死ぬことによって繁栄の礎となった。恵みではあるが、命を捧げねばただの暴威だ。だから殺すことが重要になる」
そこでシグがぼそりと口を挟む。
「巨人殺し。つまるところ、強すぎる自然を技と知恵で征服して、適度に敬い畏れて共生しなさいっていう教えでしょ」
すかさず後頭部をひっぱたく。
気さくで人のいい妹だ。
しかし時たま、こうして不遜な物言いをするのがたまに傷である。
世間知らずのせいか。
それにしたって、代々続く大事な風習、その元になった伝説を迷信扱いするとは。
「いたーい。別に儀式は否定してないのにぃ……そっちは必要だってわかってるもん」
「はぁ、何故お前はそうものを穿って見るんだ」
レフォリエが「成程、似たもの兄妹だな」と呟いたのは聞こえなかったことにする。
「いたーい」とうそぶくシグを半眼でねめつければ、彼女は三杯目のスープに手を出そうとしていた。
ドヴェルグは揃って石頭なのである。
「こほん。とにかく、巨人を殺す。その一連の過程を真似て、再演することで、同じように平和が訪れるよう祈るんだ」
少なくとも表向きはそういうことになっている。
実際に生贄の命と儀式で発揮される呪術的効果によって、暴発しかけの甚大な魔の流れを慰められるということは、守護者と女王だけが知っていればいいことだ。
「巨人にみたてられた生贄は、祭壇に鎖で生贄を縛り付られ、生きたまま心臓をえぐり出される。激しい死であるほど、真心のこもった贈物に相応しいからね」
「ふむ。倒されるべき巨人か」
レフォリエは顎に指を添え、数瞬かんがえるそぶりをする。
「わかったか? 君では儀式の場には立ち入れないと言うことが」
「何を言う。そこはまるで問題ない。行けるだろうが」
「……うん? 本当俺の話きいてる?」
「父親の同伴で行ったことがあるんだろう?」
「…………………………何?」
「アーロン、君が。私を。そこへ連れて行けばいい。オールオッケー」
身振り手振りも交え、ゆっくりと説明される。
その瞳に侮りの色はない。
「いやあのね、別に伝え方が悪かったわけじゃないから。ちゃんと意味は理解できてるから!」
「では何故そんな不可解そうに眉をひそめるんだ」
「なんでそれを俺がやってくれると思ってるのかがわからなすぎてショック受けてるの! なんでわからないわけ、秘境の奥深くで他人と関わることなく育ったの!?」
「いやあ、はっはっは」
「なんで照れるの!? とにかく、俺はそんなことしないから」
「どうだかなあ。本当は気になるんだろ?」
否定しようとした。
だが、そうしようとした途端、言葉を飲み込んでしまう。
自分のすぐ前にレフォリエの顔があった。
下から見上げるような位置にある両の瞳は、土で囲まれた部屋で炎に照らされ、黄金色を深く揺らめかせている。
「実際に、そのトパーズ色の両目でなかを覗いた訳じゃあないんだろ? 気になんないのか?」
「決まりだ。それに今いかなくったていずれは行けるようになる」
「今といつかじゃ違うぞ。おとなしく決まりに従う? 前の奴、前々の奴がそうしたからーって。それは本当に君の意志? まあ君の言うとおり、おとなしく待っていれば自動的に役目を継ぐのだろうさ。
でもなあ、一回もはっちゃけた無茶や馬鹿に無謀をせずに大人になっていいのか? 後悔しない?」
レフォリエの疑問は戯れ言だった。
好奇心。思い出。そんな一時の気の迷いに、周りの期待や信頼を裏切る価値などない。
一笑にふすべき話だ。――そのはずだ。
なのに、唇をにやりと曲げて、やけに楽しそうに話すものだから。
そんなつもりはなかったのに、つい考えてしまった。
成人したドヴェルグに内緒で、こっそり自分たちで計画を立て、冒険する。
頭が悪い考えに、何故か胸が弾む。
「そんな……そんなことは」
勿論、結局アーロンは首を横に振った。
気分が悪いというために抑えたむなもとのうずきは、悪くないここちがして、酷く苛立った。
そのせいで、アーロンはそのときの妹の様子に気がつかなかった。




