第八話「魔女のヴィルトゥ」
ソクルタと魔女は、ほぼ同時に息をついた。
お互いのレフォリエに関する認識と情報に、違いがないのを確認する。
これは秘密の話だ。
限られたもののみが知る真実。
知っているのに知らないふりをして黙り込み、誰にも漏れ伝わらないようにする。
隠し続けるということは、それだけで心が削られてしまう。
それを利用しようという秘した想いがあれば、一層。
なんでもないように思っていて、ずっとこの瞬間を――何も隠さず、心の思うままにできる時間を待ち望んでいたのかもしれない。
胸の中心からぶらさがっていたおもりが外れて、解放されたような気持ちだった。
魔女は言葉を続ける。
「二代目女王の死からレフォリエが生まれるまでタイムラグがあったのも、そのせいだ。我々三人によって城から連れ出された後、ゆっくりゆっくり魔力を蓄えて。半人半神の肉体を作るのに随分時間がかかった」
「世界樹の実の殻に入っているのを貴方が育て、いずれは女王に引き渡す予定でしたが……二代目女王の召使い:メリュジーヌが森の外にある民家に連れ出してしまったのでしたね」
「ああ、全く。あの子には手間をかけさせられた。悪いやつじゃあなかったが、母性愛が強すぎた。子への愛なぞ忘れてしまえば、今も私と午後の茶会を楽しめただろうに」
陰鬱さで彩られた顔を苦渋に歪ませる。
ソクルタは言うべき台詞が浮かばず、おろおろした。
他の《御使い》は尊敬の気持ちを抱いているが、自分より長く任につく先輩だ。
女王の使いとしての威厳を保つため、市井の民とも距離をおいている。親友と呼べる間柄の誰かはいない。
ましてや人ならざる長い時をともにした仲など、想像もつかない。
「まあ、いい」
ソクルタの心配をよそに、鬱陶しい羽虫を振り払うかのようにかぶりをふる。
「貴様にきいてみたいことがある。三代目女王に心酔する貴様だからこそ、きいてみたい」
「はあ……わたしでよろしければ」
「ソクルタ。貴様にとってのヴィルトゥとはなんだ?」
ソクルタは面食らう。
二代目女王腹心の部下だった女が、三代目女王を愛するソクルタだからこそききたいこと。
恨み節を覚悟していたぶん、肩すかしだ。
「ヴィルトゥ、ですか?」
「運命の女神に対抗する自由意志だよ」
「ああ、魔法を使う才能の源ですね。強く世界を開拓しようというちからは、意思なしには生まれない」
「源であり、適性でもある。エラヴ……二代目女王は、その適性が極めて高い人間を欲しがった。今の貴様と同じだ」
「……そうですね、おっしゃるとおりです」
指先をからめて手遊びをし、うっすらとはにかむ。自分でも知らずにでた自嘲の笑みだった。
妖魔に寄ったことにより、結果的に三代目女王の我が子を奪う原因を作った二代目女王と同じにされるのは業腹だ。
しかし、魔女のいうことは何も間違っていない。
レフォリエの罪悪感を抱えながらも、ソクルタには、この計画をあきらめるつもりは毛ほどもないのだから。魔女に腹をたてられない。
自己嫌悪を覚えるソクルタを放置し、魔女は続ける。
「ところでヴィルトゥは意思力、徳性という側面も持っている」
「申し訳ないのですが、さきほどから一体何を仰りたいのでしょう」
「なーんにも変わっておらんわ。ちからの話だ。願いを叶えるために必要なもの。貴様は女王に貢ぐために、私は自分のために、それが欲しい。運命をちからづくでかえられる意思さ」
そろそろ長話を切り上げるべきか。
思い切ってはっきりいったソクルタにむけて、魔女は細く長い指を向ける。
その指先を目で追う。あるのは、女王から託された銀の短剣だった。
「その短剣は、以前あるものをつくった経験を応用して作ったものでな。ドヴェルグの伝説的鍛治の業を再現することは不可能だったが、魔女として、のろいを込めることはできた」
「ええ。私はこれで刺した相手の――レフォリエの能力を奪う。失われた神性の権能を奪い、女王へ」
「ああ、そうだ。奪う。しかし、貴様、発想の転換は苦手なほうだろう」
「はい?」
「奪う、というのは、ある意味では、与えるという形でもある、ということだ。そら、かしてみろ」
「? はい……」
「違う違う。鞘はいらん。抜いて、切っ先をこちらへ向けろ」
首をかしげつつうも、ソクルタは言われた通りにする。
曇り一つ無い白銀の刃がきらめく。
凹凸があれば必ずできる影すら排したような刀身をまじまじと見て、改めてこれが頂上の物体なのだと認識した。
手元がぶれてうっかり相手を傷つけてしまわないよう、しっかり柄を握る。
魔女は両手で包み込むように、ソクルタの手の上におのれのそれを重ねる。
(……恥ずかしいな)
誰かに手を握られた経験など数えるほどしかない。
それこそ女王と、死んでしまった両親とぐらいだ。
ソクルタは荒々しい鱗をもつクルイグに、自らの手で登る。クルイグの鱗は険しい崖の如くであり、ほとんどクライミングと変わりない。
他にも重い武器を持つこともある。盾で衝撃を受けたり、敵を殴れば、当然手にも衝撃がくる。
そのおかげで手袋をしていようがあちこちに傷があり、少女にしては皮膚が分厚い。
海の部族には女性の戦士は珍しくない(どころか、戦士に性別は関係が無い。当たり前に存在する)から、おもてだっていうことはないが、もっと可愛らしい手だったらどうなるだろうと考えることもある。
恥ずかしさに頬を染め、視線だけを彷徨わせるソクルタにかまわず、魔女は握るちからを強め。
「―――――うっ……」
見目より鋭い刃を自らの腹へと導いた。
「えっ?」
親しんだ感覚が重く伝わってくる。
全身を動かすしなやかで弾力のある肉に獲物を突き刺す感覚だ。
ずぷりという表現がしっくりくる。硬いもので、ひとつの命を宿すものに亀裂を入れる。
鶏肉をさばくのと相違ない。今まではそう思って淡々と続けてきた感触に、今はすうっと全身が冷えていく。
「一体何を?」
呆然と問うソクルタは、両手で押さえて短剣を固定しようとした。下手にぬくと刺し傷を塞ぐものがなくなって、出血が酷くなる。
死んでしまうかもしれない。わけがわからないなりに心配だった。
しかし、魔女はソクルタの手をはねのけ、短剣を抜いて床に落とした。
案の定、魔女のまとった衣服がべったりとしめりだす。色が黒かろうが、多量の血があふれだしていることが一目瞭然だった。
「血が!」
「……ああ、はあ。これでいい……くそ、痛いだろうが……」
からだをくの字に折り曲げるも、魔女はくつくつと低い笑いをもらす。
「はー……一体何を、だって? 少しは考えろ。いっただろう……奪うというのは、見方を変えれば与えるという形にもなる……」
魔女は痛む腹に手をあてたまま、顔をあげる。
早くも冷や汗で前髪がべったりと顔にはりついていた。不気味に口角をつりあげ、ねめあげるようにソクルタをみつめる。
ソクルタは赤く染まった短剣と魔女を見比べ、何故こんなことをしたのか必死に考えた。
「与える……この剣は刺したものが刺されたもののちからを奪う……つまり、貴方は私に刺されることで、あなたのちからを私に引き渡した?」
「そう。そう、そうだ。ああ、実験には小動物ぐらいしか使えなかったから博打だったんだが、うまくいってよかった。貴様にとっては押しつけられたというべきだろうがな!」
大きな声をあげてしまい、魔女は苦しそうに咳き込む。しかしなお、感極まったような哄笑を絶やさない。
苦しみゆえに腹を抱えているはずなのに、悶絶して大爆笑しているかのように見えてくる。
異様な姿に、ソクルタは察した。目的はわからない。だが、魔女の企みにはめられたのだ。
「わたしに何を与えた!」
「ははは。気づいただろう? この家に満ちる魔力の高まりに。先日からちょっとした儀式をしていてね。この家には世界樹やパワースポットからくみ上げた魔力でいっぱいだ。
見えないだろうが、絨毯の下には床すべてが埋まるような巨大な魔方陣がある。そこから私のなかに世界樹のちからを蓄えてる。
もっとも私の体を触媒のひとつに使わなければならなかったせいで、ここから出られない。予想はできていたがね、ちからを蓄える間に、すっかり魔方陣に根がはりついたようになってしまった。
しかしえるものは大きかったよ。魔女という妖魔としては規格外の力を得られたのだから……」
興奮を押さえられないとばかりに、嘘のようにおしゃべりになる。その裂けんばかりに笑みを広げる魔女に、急に不快感がわいてくる。
途端だった。ソクルタの腹部を激痛が襲う。
前兆のない痛みにはっとする。自分と魔女の腹を見比べ、叫ぶ。
「そうか、貴方は家から、出られない……まさか」
全身に雷が落ちたような衝撃がかけめぐった。
今までの会話が馬が駆けるように脳裏を巡る。
ソクルタを招き、剣によって己を刺させた奇行。
いいや、そもそも、この短剣は魔女がつくったもの。そして女王から短剣をわたされなければ、ソクルタはレフォリエに固執してここに来ることもなかった。
家から出られなくなる代わり、強大なちからを蓄えた魔女。
ならばなんのためにちからを蓄えたのか。もしもその目的に家の外に出る必要があって、ずっとずっと以前から、「その後」のための計画を立てていたのだとしたら?
「まさか――私に、貴方そのものを押しつける気か?」




