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#6 ワンマンアーミー⑨ Sランクの代わり

 主のなくなった拠点に突如強襲を仕掛けた、漆黒の毛の狼たち。もちろんここにも防衛担当の勇者が配置されているが、彼らでは間に合わないほどの数だった。


 連絡係の人が応援を呼んでいるが、ここにいるのはほとんど非戦闘員ばかり。崩れるのも時間の問題だ。私もヤーラ君を連れて早く脱出しなければ。


「ヤーラ君、逃げるよ!!」


 声を投げかけたその小さな後ろ姿は何やらせわしなく、どこか妙な感覚があった。


「まっ……待ってください! まだ……まだ見つからないんです」


「ど、どうしたの?」


 震えた手で漁っていた薬箱をひっくり返し、ガチャンと中身が流れ出る。ふらりと立ち上がって、覚束ない足下で倒れそうになりながら、その顔を振り向けた。


「アーリクがいない」


 その鈍色の目には見覚えがあった。


「――みんな、早く逃げてっ!!!」


 私はできる限り大声で叫んだ。荷物をまとめている途中でも戦っている最中でも、構わず逃げるように促す。このままじゃ、動くものはすべて殺されてしまう。


 どうして気にかけてあげなかったんだろう。割り当てられた仕事を真面目にこなしていたから、心配はないと油断してしまったんだ。


「アーリク、どこにいるんだ……出てきて……出てきて……早く、出て――」


 がくりと膝をついて、地に触れた細い手から大きな魔法陣が広がる。

 忘れもしない、あの不定形のドロドロとした巨大な怪物が姿を現した。


 グロテスクな外形の人喰いホムンクルス。でも、恐怖は感じなかった。なぜかわからないけど、あれは私に攻撃してこないだろうという確信があった。


 私たち以外は誰も残っていない本陣で、周りを囲むダークウルフは異形の怪物に唸っている。


 群れの前面にいる狼が、ホムンクルスに飛び掛かる。牙がその身体に食い込むが、脇に生えている腕のような部位に軽々と払われ、塵や埃みたいに他の狼たちも巻き込んでふっ飛ばされた。


 ホムンクルスの腕の抉られた部分はわずかに欠損していて、もう何度か噛まれたら千切れてしまいそうだ。が、ヤーラ君の虚ろな目が一瞬閃くと、欠けたところが埋まっていく。錬金術で回復しているんだ。


 こうなれば、もはやホムンクルスに敵はない。ダークウルフを殴り飛ばし、叩きつけ、裂け目のような口で飲み込んでいくさまは、まさに地獄絵図だった。魔物たちの血と悲鳴が、空の本陣を埋め尽くしていく。


 ――が、狼の1体がホムンクルスの背後に回ったことで、流れが変わった。

 背中に体当たりを食らったホムンクルスだが、反撃する様子もなく攻撃を受け続けている。そういえば、ゲンナジーさんが「前からしか攻撃できない」と言っていた。そんな弱点もあったんだ。


 上目だけで「弟」を眺めていたヤーラ君は、狼たちに穿つような視線を向ける。再び、彼の左目の中で光が渦巻く。

 途端に狼たちの身体が泡のように膨れ上がり、破裂した。


 私は動揺を抑えつつ、恐ろしい力の片鱗を見せた小さな錬金術師を見た。


「……くくっ。あっはははははっ!!」


 彼はただ、無残な屍を前に高笑いしている。理由はわからないけど、少なくとも楽しくて笑っているわけではない気がした。


 ダークウルフはさすがに戦意を喪失したように毛を寝かせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「待てよ」


 スイッチが切り替わったような、低い声。


「待て……おい、待てよ、犬畜生が。まだ終わってないだろ……お前ら全員肉塊にしてやる……」


 普段の真面目さからは信じられない口調で、取り憑かれたように魔物たちの背を追う。ホムンクルスは鈍い足取りで同行する。


「ヤーラ君! もういいよ、敵はいなくなったんだから」


「邪魔をするな……しないで、ください……アーリクが、まだ――」


 顔すら見せてくれないヤーラ君を、私だけで止められるだろうか……。

 間の悪いことに、投げ捨てられた連絡用の水晶から、助けを求める声が聞こえてくる。


『おーい、誰かいないか!? 応援を寄越してくれ!!』


『怪我人が出たの! すぐにポーションを届けて!! お願い!!』


 ダークウルフの奇襲で本陣の機能が失われたせいで、現場が混乱している。どうしよう。指示を送れるのは私しかいない。でも、ヤーラ君が――


 そのとき、落雷のように何かが現れた。


「正義のヒーロー参上だぜ!!」


「レオニードさん!!」


 さっきの救援要請で駆けつけてくれたらしい彼は、辺りを軽く見回して状況を読み取る。


「……あ? なんだ、ダークウルフはアーリクが喰っちまったのか。わかった。あの暴走おちびちゃんは俺らに任せな」


「はい!」


 ヤーラ君のことをレオニードさんに託し、私は連絡用の水晶を拾い上げ、望遠鏡を覗く。


「応援に行ける人、いませんか? 場所は――」


 特に余裕のあった中央の人たちと、仕事を終えた私の仲間たち、それから道中支援に回ってくれた<スターエース>の助力もあり、ピンチに陥っていたパーティは助かったみたいだ。


 ゼクさんが乗り込んでいった敵の本陣を見てみる。指揮官の潜む廃村はさらに破壊の限りを尽くされ、魔物たちの死体が点々と転がっていた。


 その中でまだ形を保っていた家屋が爆発したように吹っ飛び、何かが空高く飛び上がった。


 広々とした翼と、両腕に巨大な盾のような装甲をつけた黒い影。

 魔人だ。あれが、敵の指揮官だ。


『雑魚どもを倒して勝った気になってはいるまいな、勇者とやら』


 頭に直接響くような声。この魔術で、魔物たちを統率していたのだろう。


『我が名はギデオン。貴様らを滅ぼす者だ』


 礼儀正しく名乗ったギデオンに何か小さなものが飛んでいくが、腕の装甲で軽く払われた。

 望遠鏡の角度を下げると、大声で喚きながら手あたりしだいに物を投げているゼクさんが見えた。たぶん、「降りてこいクソ野郎」とかそんなことを言ってるんだろう。


 当然ギデオンに物理的なダメージはないが、苛立ちを募らせるには十分だったらしい。


『愚かな人間……。滅せよ』


 すっと突き出した手に紫色の風が渦を巻き、巨大なエネルギーの塊に成長する。

 射出された塊は隕石のように地面を抉り、地響きも砂塵も土の破片も何もかもを掻き混ぜて嵐のように巻き上げる。


 人間なんて跡形もなく消え去ってしまいそうな威力だった。ゼクさんは? 彼のいた辺りに目を凝らす。煙幕に隠れているが、そこから大きな矢のようなものが飛び出した。

 槍だった。空を裂きながら突き進んだそれは、ギデオンの翼に穴を空けた。


 煙が晴れると、突き立てられた大剣の影からゼクさんの半身が見えた。ところどころ黒ずんでいるが、傷はほとんどない。剣であの魔力の砲弾を防いだようだ。そんな馬鹿な。そして、爆風に紛れて敵から奪った槍を投擲したんだ。


 翼の傷にバランスを崩してか、ギデオンは落葉みたいにゆらゆらと着地する。ゼクさんはすかさず剣を抜いてどしんと一歩踏み出した。


『人間風情が!!』


 低い怒声とともに、今度は無数の泡のような塊がギデオンの周囲に浮かび上がる。濃い紫の泡は、四方八方から疾走しているゼクさんに吸い込まれていく。


 だけど、彼は避ける気など一切ないらしい。大きな剣を振り回しながらその攻撃を捌き――なんなら捌き切れていない塊がいくつか直撃するが、まったくひるむことも足を止めることもない。スピードは落ちるどころか増していった。


 間合いに入った瞬間、再びどしんと地を鳴らす。高く跳躍したゼクさんの大きな影が、装甲を張った腕を交差させたギデオンの姿を覆い尽くした。


 振り上げられた荒々しい刃が一直線に降下、重なった装甲を真っ二つに地面まで叩き割った。


 ちょうどそのタイミングで、<スターエース>の3人が到着する。彼らは魔人の無残な姿を確認し、武器を収めた。

 ゼクさんは勝ち誇った笑みで、3人に向かって拳を突き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 追いつきましたー!いやぁ最高の活躍ですね、はみ出し者チーム! 最後はゼクさんがスカッと決めてくれた!さすが兄貴だぜ! しかし同時にヤーラ君が課題ですね…レオニードさんが居たからよかったものの…
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