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#38 鉄壁の戦士③ 故郷

 久々の我が家を懐かしむ暇もなく、帰って早々手紙を出せる余裕もない状況で半ば逃げるようにここに来たのだということをお母さんに説明しなければならなかった。近衛騎士団と戦ったことまでは言わなかったけれど、魔族の陰謀で協会から追われる身になったというようなことをざっくり伝えた。


「なーんだ、事情があるなら早く言いなさいね!」


 お母さんはさして動じた様子もなく、仲間たちのぶんの椅子をせっせと用意している。リビングの狭いテーブルの周りにぎっしりと形も大きさもバラバラな椅子が並んだ。


「よくわかんないけど、帝都から追っぽり出されてきたんでしょ? まあしばらくうちでゆっくりしていきなさい。さて、寝床はどうしようねぇ……」


 なんら疑問や文句を差し挟むこともなく、お母さんは持ち前の大海のようなおおらかさですべてを受け入れてくれた。理解が早すぎて、むしろ私のほうが置いていかれている。


「だ、大丈夫なの? こんな大人数で……」


「もともと4人で住んでた家なんだから、ちょっとくらい増えても平気でしょ」


「村長さんに許可取ったりとか……」


「そんなん後でもいいのよ。村長は長いこと病気で寝込んじまってるしね」


「え、そうなの?」


「まあダメってこたぁないでしょ、勇者様なんだから」


 そこでお母さんは、改めて私の仲間たちをざっと眺めまわす。


「……お兄ちゃんが連れてきてた子たちとは、ずいぶん雰囲気が違うようだけど」


 お兄ちゃんのパーティはまさしく正義の味方、まさしく英雄、まさしく勇者というオーラの人たちばかりだったのだけど、<ゼータ>は傍から見るとその対極にいるように見えるかもしれない。ただ、お母さんがそんなことを気にするかといえば――


「ま、エステルが連れてきたんなら悪い人じゃないでしょ。長旅で疲れてるだろうし、ご飯にでもしようかね」


 さっぱりと切り替えたお母さんがキッチンのほうへ向かおうとすると、すかさずヤーラ君が追随する。


「あ、僕も何かお手伝いを――」


「いいから休んでなさい。あんたたちをもてなすためでもあるんだから。自分の家みたいに寛いでていいからね」


「はぁ……」


 申し出を突っぱねられてしまったヤーラ君はすぐに座り直したものの、どうしていいかわからない様子でそわそわしていた。何もしないでゆっくりする、というのが苦手なのだろう。


 気を紛らわせてあげようと私が他愛もない話を振って間を持たせているうちに、キッチンのほうから香しいにおいが漂ってきた。



 ようやく目の前に現れた料理の数々は、旅の間質素な食材で繋いでいた私にとっては宮廷で出されるような豪華な品々のように映った。昔からお母さんの料理を味わってきた私にはわかる。今日は、最高潮に気合が入っている。


「さ、遠慮なくお食べ」


 みんなもお腹がすいていたのだろう、ほぼ誰も遠慮することなく食事に取り掛かった。このところ静かだったゼクさんもいつもの鯨のごとき食べっぷりが復活していて、私はひとまず安心した。


 実は私も待っているときから楽しみにしていた料理がある。子供の頃から大好きだった、お母さんのシチューだ。さっそくスプーンで大きめにカットされた具材をすくい上げて口に含むと、まろやかなクリームの味わいがいっぱいに広がった。


「おいし~~! 私やっぱりお母さんのシチューが一番好きだなぁ」


「帝都なら、もっとおいしいものなんていっぱいあるんじゃないのかい?」


「それでもお母さんのが一番なの」


「ホントかしら。あんたたち、口に合わないようなら気兼ねなく言ってちょうだいね」


 軽く受け流されてしまったけれど、私が嘘をつけないのはお母さんも知っているはずなので、ちょっとした照れ隠しなのかもしれない。


「しっかし、いまだに信じられないわ。うちの子が勇者のリーダーだなんて! お兄ちゃんならわかるけど、この子ったらほら、ぽやぽやしてるし何やらせてもポンコツだし……」


「もー、やめてよお母さん」


「そういうところが親しみやすくていいんですよ、マダム」


「そうそう。ちょっと抜けてるから可愛いんですよ、奥様」


「まあ、あんたこんな綺麗な人たちたぶらかして……」


「た、たぶらかしてるわけじゃ……」


 スレインさんとロゼールさんがあたふたしている私を楽しそうに眺めている傍ら、お母さんの興味はカエルが跳ぶようにぴょんと移ってしまう。


「こっちのおっかないお兄さんなんて、いったいどういう成り行きでうちの子と知り合ったのか想像もつかないねぇ。意外とか弱い女の子に弱かったりするのかい?」


「ああ?」


 泣く子も黙るゼクさんの眼光にもお母さんはまるで効果がなく、かわりにマリオさんがその質問を引き受けてくれる。


「ここにいるメンバーはみんな元のパーティを外された人ばかりなんだ。エステルは職員として、最初はぼくらの監視役をしていたんだよ。後でぼくらも正式なパーティとして認められたんだけど」


「へぇー……じゃああんたたち、元は問題児ってことかい。よくそんなとこのリーダー引き受けたねぇ」


「最初はちょっと不安だったけど……でも、みんないい人だってすぐにわかったから」


「あんた、昔からそうじゃないかい。あんたに言わせりゃあ、どんな大悪党でも殺人鬼でも、魔族だって『いい人』になっちまうんだ」


「実際、その通りよねぇ」


 ロゼールさんが含みのある目つきをその該当者に送る。当のゼクさんは食べ物を頬張りすぎて言い返そうにも何も返せなかった。


「やっぱりそうかい。うちの子たちはみんなそうなのよ。お父さんに似たんだろうねぇ」


「エステルちゃんのお父様?」


「ああ、これがまたえらいお人好しでねぇ! うっかり森の奥まで行っちまって、魔物の毒で死んじまったんだけどさ。危険だからその魔物を駆除しようって話が出たとき、うちの旦那ったらベッドで死にかけてんのに『自分が魔物たちの住処を荒らしたのが悪い』なんつって反対したんだわ」


 当時は私も小さかったので、はっきりした記憶は残っていなかった。けれど、お母さんやお兄ちゃんや村の人たちの語り口から、お父さんが本当に優しい人だったというのは理解している。


「なるほど。まったくもってエステルの父君らしい」


「お兄さんもそんな感じだったものねぇ」


 スレインさんが納得している傍らでロゼールさんがお兄ちゃんのことに触れ、お母さんが食いついた。


「なんだいエルフさん、うちのエリックを知ってるのかい?」


「直接話したことはそれほどありませんでしたけれど……お噂はよく耳にしましたよ。クエストが終わるたびに、自分たちが葬った魔族の鎮魂を祈るために教会に通っていたとか」


「ああ、あの子らしいわ~」


「それ、初めて聞きましたよ」


「あらそう? それで、エリック君目当てのファンたちが教会に押し寄せたりして、ちょっとした騒ぎになってたのよ」


「え~、本当ですか?」


「そうそう、エリックってばあんなにぽやぽやしてるクセに、やたら女の子にモテてたのよね。で、ぽやぽやしてっから全然気づかないんだよ、あのニブちん」


「そういうところはエステルちゃんにも似てるかもしれないわ。ねぇ、ヤーラ君?」


「っ!?」


 それまでお皿にこびりついていたチーズを熱心にかき集めていたヤーラ君は、ロゼールさんのキラーパスにスプーンを放り投げそうになっていた。どうしてよりによってそういう話題を彼に振ってしまうのかと私も動揺してしまったが、理由は「ロゼールさんだから」以外ほかにないので仕方がない。


「……そうですね。きっと、いつも周りの人たちのことを気にかけてくれるから、自分のことに気が回らないんじゃないですかね」


 なんて紳士的な回答なんだろう。私は密かに心の中で手を擦り合わせて溢れんばかりの感謝を送った。ロゼールさんも満足したのか、それ以上深入りすることはなかった。


 和やかな食事の最中、にわかにマリオさんが警戒するように席を立って窓のほうを向いた。その先を辿ると、3軒隣の家のおじさんがうちの中を覗き込んで、勝手に窓を開けて頭を突っ込んできた。


「よう、勇者様がたはいらっしゃるかい?」


「今お食事中だよ」


 お母さんはジロリと釘を刺すが、おじさんはさして気にするふうでもなく上機嫌そうに続ける。


「実は今、みんなで勇者様たちの歓迎会やろうって話になっててよ。明日にでも、どうだい?」

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