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#5 ブラザーフッド③ 駆け出しの仕事

 よく晴れ渡った空は、山登りにピッタリだ。澄んだ空気の中で1つ深呼吸して、胸の中の淀みを全部自然に返した。


 もちろんハイキングに来たわけではなく、ちゃんと仕事のためにここにいるのだけど……豊かな緑に囲まれた快さと、魔族を相手にしなくていいという安心感で、爽やかな気分でふもとを見下ろす余裕さえあった。初めて来たときに大きすぎて目が回った帝都が、小さく盛った砂粒のように小さい。


 そんなすがすがしい気分は、背後からのものものしい気配で消え去った。


「おい、チンチクリン女……なんでこの俺が、冒険者ギルド駆け出しのクソザコどもがやるようなことをやらされなきゃいけねぇんだ……?」


 猛獣が唸るような低い声に振り返れば、額に血管を浮かべて眉をピクピクさせている大変おっかない人のお姿がある。今回の仕事の内容を考えれば、ゼクさんは来てくれただけで奇跡だと思う。


「なあクソッタレ騎士野郎。話が違うんじゃねぇか……?」


「嘘はついていない。この山は上位種の魔物が出現する。ただ、必ず出るとも倒しに行くとも言っていないだけだ」


「殺すぞテメェ!!」


 奇跡の立役者はスレインさんだった。


 でもまさか、6人揃って最初にやるのが薬草採集になるとは思いもしなかった。

 もちろん、集めるのはヤーラ君が薬を作るのに使う素材だ。この山は帝都近郊にある中でいちばん植生が豊かで、採集に適しているらしい。


 回復薬を作ってもらっているのだから材料集めくらいは手伝うのも当然だと思うんだけど、当のヤーラ君は申し訳なさそうに猫背を縮めている。


「す、すみません、皆さん。僕の都合で……」


「いいよ、気にしないで」


 私がそっとフォローを入れたそばから、ずいっと不機嫌オーラを纏った影が割り込んできた。


「マジでよぉ……チビ、どうせクエスト選ぶなら魔族ぶち殺せるやつにしろや」


 苛立ちを募らせていたゼクさんはなんとも大人げないことに、威圧感全開で小さな少年に詰め寄っている。が、意外なことにヤーラ君は怯えるどころか呆れたような目を見上げていた。


「そりゃ、ゼクさんは怪我なんて寝てれば治るとか言って放置するでしょうけど、回復薬は治癒魔法が使えないときには大事な生命線なんですよ」


「知らねぇよ、攻撃される前にぶち殺せばいいだろうが」


「そんなことできるのゼクさんだけです。もう少し普通の感覚を身につけてください」


「ああ!? ナマこいてんじゃねぇぞ、ガキが!!」


 ゼクさんのいた<アブザード・セイバー>とヤーラ君の<なんとかエクスカリバー>は先輩後輩みたいな仲で、よくつるんでいたらしいことはスレインさんから聞いていた。

 でも、こんなにヤーラ君が堂々とゼクさんにものを言えるとは思わなかった。これじゃ、どっちが子供なのかわからない。


 2人が言い合いをしている一方で、やる気のなさそうな人がもう1人。


「可愛い坊やが一緒なのはお姉さん嬉しいけどぉ~……なんでこの人形男の顔見なきゃいけないのかしら。やる気下がるわぁ」


 ロゼールさんに嫌味を言われたマリオさんは、黙って顔を両手で隠した。


「そういうことじゃないのよ! イライラするわねぇ」


 ロゼールさんはきっと、そういうことを言われても全然怒らないマリオさんが嫌なんだと思う。ともあれ私は誰一人欠かすことはしないので、我慢していただく。


 やっぱり6人全員集まると賑やかでちょっと楽しい。……なんて和んでる暇もないので、そろそろ本来の目的に取り掛からなければ。


「じゃあ、ヤーラ君。薬の素材になる植物の説明をお願いできる?」


「あ、はい」


 そして始まった冗長かつ委細漏らさぬ専門的な説明は、スレインさんとマリオさん以外まともに覚えられるわけがなかった。


 実は、「本来の目的」というのは薬草集めではない。パーティの仲間の輪に入れてみて、ヤーラ君の問題を浮き彫りにするのが真の狙いだ。


 あの異様なまでに何かを恐れている感じ。そして、レオニードさんの名前を出したときの、あの怯え様。

 除籍処分になるまでに何があったのか。どうすれば元気になってくれるのか。それが知りたい。


 草を引き抜き葉っぱをちぎりがてら、私も私なりに考えを巡らせてみる。今までのヤーラ君の言動や、スレインさんから聞いた話から――


「あれ? エステルさん、それ違いますよ。関係ない毒草です」


「え、嘘? ごめん」


「あ、そっちのやつ、葉っぱじゃなくて根っこのほうを取ってほしかったんですけど……」


「そ、そうだっけ?」


「……。エステルさん。あっちで採集したものの集計をお願いしてもいいですか?」


 開始数刻、ヤーラ君は優しい笑顔で私に戦力外通告を下した。



 ――さて、事務員なんていうのは肩書ばかりで書類業務スキル皆無の私は、当然のように採集した薬草の集計ミスを連発しまくってしまった。結局、見かねたヤーラ君が全部やってくれることになり、私はただのお荷物と成り果てたのだ。ちょっと泣きそう。


「本ッ当に……ごめんなさい。私、役立たずで……」


「いいですよ。エステルさんが僕のことを考えてくださってるのは、わかってますから。ありがとうございます」


 どうしよう、ヤーラ君がいい子すぎて本当に泣きそう。ドナート課長ならこのままお説教タイムに突入するところだよ?


「それに、なんかまったく関係ないことしてる方たちもいらっしゃいますし」


 ヤーラ君が視線で示した先には、薬草とまるで無関係なものを持った3人がいる。


「なんだこのゴミ山ぁ!! 犬ッコロしかいねぇじゃねぇか!! もっと強ぇ魔物出てこいや!!」


「見て見て。綺麗なお花があったから、髪飾り作ってみたわよ。エステルちゃん似合うと思うわぁ」


「森のほうで罠作ったら、キジが捕れたよー。みんなで食べよう!」


 ゼクさんが犬ッコロとか言ってるのはどう見ても大型のオオカミの魔物だし、ロゼールさんの髪飾りは確かに可愛いけど本来の仕事一切してないし、マリオさんは薬草集めもちゃんとやってたみたいだからいいや。


「……なんていうか、個性的というか、自由すぎるけど――頼りになる人たちだから」


「エステルさんが言うなら、そうなんでしょうね」


「そうだ。まともな人が恋しくなったら、スレインさんと話すといいよ」


 あの中で唯一の真人間であるスレインさんは、薬草を均等に袋詰めする作業を黙々と行っていた。採集のほうも専門家のヤーラ君と同じくらいの量をこなしている。


「あっ、すいません。お任せしてしまって」


「気にするな。君のポーションのお陰で傷もすっかり治ったからな。その恩返しだと思ってくれ」


 スレインさんのまともオーラとイケメン笑顔に心が浄化されていく。この人がいなかったら、今頃私は胃に蜂の巣のような穴が空いていたと思う。


「――日も暮れてきたな。今日はこの辺りで野営して、明日下山ということでいいな? リーダー」


 君の意図はわかっているよ――と、スレインさんの頼もしく凛々しい眼つきが密かに語りかけてくれた。

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