#20 ダーティ・ゲーム④ 会議は翻る
「待ってください、この支部にはファースさんの力が必要なんです!」
「いいんですよ、エステルさん。ボクがいなくても、この支部は上手く回ると思いますから……。引継ぎはちゃんとしますので」
非難の的にされてか、ファースさんはすっかり諦めてしまっている。そんなの私はもちろんこの支部にとっても大きな損失になってしまうが、引き止めづらい雰囲気のせいか誰も意見しない。
なんとかしなきゃと思っていると、静かながら凛とした女性の声が聞こえた。
「ファースさんが退職された場合、後任は誰になりますか?」
アイーダさんだった。事務的というか機械的な調子だけど、いつもとはなんだか違う気がした。
「適任がいないのなら、私がやってもいいわよ。『副』と言わずちゃんとした支部長として」
失礼だけど、ぎょっとした。ヴェーラさんがトップになったら、毎日あのお説教受けなきゃいけないのかなぁ……。私の仲間が怒ったりしたら、また街が半壊しちゃうかもしれない。
「そうですか。では、今までファースさんが担当していた業務を簡単にご説明いたします。メモのご用意を」
そう言うと、アイーダさんは書類の束やらメモやらがぎっしり詰まった分厚い青いファイルを、ドンとテーブルの上に広げた。
「まずクエスト関係ですと、近隣住民からの魔族被害の報告の受理、報告書作成、各勇者パーティへの依頼、達成手当の申請と払込ですね。それから勇者用の各種アイテムの発注と支給、在庫管理。あとは職員の給与計算、勤務状況の管理、勇者パーティの賞罰……」
1つ1つ丁寧に、事細かに羅列されていく業務の数々に、聞いている全員が唖然としていた。大多数の職員は、ファースさんがそんなにいろいろやってくれていたのを知らなかったのだろう。
簡単に引き継ぐと豪語していたヴェーラさんもだんだんと顔が青ざめていくが、アイーダさんはじわじわと追い詰めるように業務内容を読み上げていく。
ようやくそれが終わると、彼女はトドメの一撃のように一言放った。
「私見ですが……これだけの仕事をなさっているファースさんが、副支部長として不適格だとは思えません」
あの鉄のように冷たく無機質なイメージのあるアイーダさんが、自分の意見を言うなんて。
よほど珍しいことなのだろう、ここに長年勤めているはずのソルヴェイさんまでびっくりして目を丸めている。
当のファースさんは、肩を丸めたままわずかに瞳を潤ませていた。
この流れに納得いかないのがヴェーラさんで、不満そうにフンと鼻を鳴らし、声を一層甲高く響かせた。
「副支部長にそれだけ業務が集中してるということは、他の職員がろくに働いていないということではないの!! どうせその小さいの、気が弱くて押し付けられたんでしょう? やっぱり私がいなきゃダメだわ。使えないと判断したら、すぐにクビにしますからね!!」
急に矛先を向けられた職員たちは、一斉に慌て始めた。
が、私も勝手にそんなことをされたら困るので、今度こそ反論する。
「待ってくださいよ! ここの人たちだって、いつも頑張ってくれてるんですよ!」
無意識に立ち上がっていた私は、不安そうな職員たちを見回した。
「たとえば、そのおじさんはいつも廊下を綺麗に掃除してくれてるし、そこの女の人は毎日毎日掲示物を貼り替えてくれてるし、あの男の人は備品がなくなるとすぐにファースさんに報告してくれて、それから……」
目に入った職員1人1人がいかに頑張ってくれているかを喋るのに夢中になり、気がつけばさっきのアイーダさんと同じくらい長々と話を続けていた。それでも、黙って聞いてくれたみんなの目の色に、かすかな輝きが見えた気がした。
「つまり、だから……みんな、すっごく頑張って働いてくれてるんです! 考え直して――」
「それで、あなたは何をしているの?」
「え?」
思わぬ返しを食らって、言葉を失ってしまう。
「話を聞いていれば……一番なんにもしてないの、支部長であるあなたじゃないの?」
た、確かにそうだ……。私は職員としての仕事なんてヘッポコだから、ただのお飾り支部長なんだ。
「まったく呆れるわ! 結局私が新しい支部長になるしか――」
「反対」
職員のほうからきっぱりとした拒絶の意志が表明され、ヴェーラさんはきょとんと振り返る。
「俺は今の支部長のままがいいっす。なんつーか、やる気出るっつーか」
「また上から口うるさくあれこれ言われるのは御免よ」
「僕ら、麻痺してたね。前の独裁体制に比べたら、数億倍良い環境じゃないか」
私たちを支持してくれる声がどんどん増えていって、嬉しいしありがたい一方、ヴェーラさんは面白くなさそうだった。
「だいたいあんたこそ何だよ、さっきから偉そうに」
「なんですって!? 私は本部からここを視察しに来た――」
「『元賢者で視察担当のヴェーラ』――ではないな」
突然割り込んできた声に、私たちは振り返る。
そこには本部連絡用の<伝水晶>を持ったスレインさんが立っていた。すでに通信は繋がっているようで、水晶からはレミーさんの興奮したような声が聞こえてくる。
『なんだぁ!? このキンキンキンキンやかましいババアは。こいつがヴェーラおばちゃんなわけねぇだろっ! やいテメェ、エステルちゃんにグチグチ難癖つけやがったらしいな。そこで待ってろ、ぶっ飛ばしてやるっ!!』
『やかましいぞ、レミー。今から「最果ての街」まで行く気か?』
続いてドナート課長の落ち着いた声がレミーさんをたしなめる。
『本物のヴェーラは現在馬車で移動中だ。まだ到着していない。そっちの偽者についての処遇は西方支部に一任する』
レミーさんからの前情報と違いすぎると思っていたけど、本当に別人だったなんて。
真実を知ったみんなの冷たい眼差しは、ヴェーラさんの名を騙っていた謎のおばさんに集中する。
「……くっ!」
自棄を起こしたか、謎のおばさんは椅子を蹴り倒して逃げ出した――が、出口はスレインさんが塞いでいる。
無理やりどかそうにも勝てるはずがなく、おばさんの身体がふわりと宙返りしたかと思うと、地面にビタッと叩きつけられていた。背負い投げ、一本。
「話は後でゆっくり聞かせてもらおうか」
スレインさんはぐったりと動けなくなった謎のおばさんを連れて、部屋を出ていってしまった。
すっかり騙されていた私たちも、怒るというよりは拍子抜けしていて、逆に和やかなムードになっていた。
「えと……それじゃあ、会議はお開きにしますか?」
ファースさんが苦笑しながら提案するが、すぐに反対意見が出てしまった。
「せっかくだから、副支部長の業務改善について話し合いませんか」
「そうそう。このままだと過労死しちゃいますよ」
「……ありがとうございます。では――」
うって変わって生き生きし始めたファースさんは、さっそく話し合いをテキパキと仕切っている。なんだ、やっぱりリーダーとしての素質あるじゃないですか。
やることのない私は黙ってその様子を見守っていたが、今度はペンダントの――仲間との連絡用の<伝水晶>に呼び出され、みんなに断って席を外した。
まず連絡をくれたのは、ロゼールさんとマリオさんとともにカジノに行っているはずの狐さんだった。
『よぉ、エステルちゃん……。なんだ、この2人のお守りが嫌がられる理由、わかった気がするぜ……』
「もしかして……トラブル、起きちゃいました?」
『もう詳しく説明する気力もねぇよ。とりあえず来てくれ』
疲れ切った様子の狐さんにそれ以上問い詰めることはできず、3人のいるカジノに向かおうとしたが――直後にヤーラ君からも通信が入って、もはや嫌な予感しかしなかった。
「ヤーラ君、どうしたの?」
『エステルさん。どうして人間はこうも愚かなんでしょう』
「本当にどうしたの!? ゼクさんは!?」
『僕にできることはありません。あれをどうにかできるのは、エステルさんしかいないんです。無力な僕を許してください』
「えっと……とにかく、そっちに行くね?」
いったい何が14歳の少年を諦念の境地に至らせたのだろう。
何かまずいことが起きているのはわかったので、私は急いでカジノと闘技場の両方に向かい――そこで起きたことを知って、また街を走り回ることになる。




