#17 最果ての街⑧ 新体制
街が半壊したとの知らせがあっても、ファースはさして驚かない。エステルが突き飛ばされた時点でだいたいこうなる予想はついたので、彼女の無事を確認してすぐにオフィスに逃げ込んだ。
<ゼータ>もギャングも関わり合いになりたくない。自分がやるべきことといえば、鉄仮面のごとき同僚アイーダとデスクを突き合わせて書類に向き合うのみ。
「ファースさん」
「はひィ!?」
自分は一生アイーダに名前を呼ばれることに慣れるときは来ないのだろうな、とファースは思う。
「<ゼータ>の方々が相談があるそうです。第一会議室のほうでお待ちです」
ファースは静かに息を呑む。関わりたくないと思った瞬間に、まさか自分が呼び出されるとは。
しかし無視するわけにもいかず、ファースは渋々オフィスを後にした。
アイーダに告げられた場所まで行き、優しい女の子が統べる凶悪なパーティのいる部屋のドアに背伸びで手をかける。ノックをすべきだった、と開けてから気がついた。
「あ、ファースさん!」
最初に視界に入ったのは礼儀やマナーなどまったく気にしないエステルの笑顔で、ファースはひとまずほっとする。
「し、失礼します」
おそるおそる中に入れば、会議室のテーブルを囲む危険人物たちが一斉にファースの小柄を見下ろす。その光景に萎縮しつつも、よじ登るように椅子に座った。
「えと……ご相談があると伺っているんですが……」
「あ、まずですね、ここの支部長が……なんていうか、いなくなっちゃうんですよ」
「……ええっ!?」
エステルからの意想外の知らせに、ファースの声は裏返る。
「もう二度とあのカエル面を拝まなくて済むんだぜ、よかったな」
「ちょっと、ゼクさん!」
2人のやり取りからファースの想像は悪いほうに勝手に膨らんでいき、「この人たちに逆らうと殺されるんだ」という末恐ろしい結論に達した。
「それでですね、今度からファースさんに新しい支部長になってほしいんです」
「……はいぃ!?」
2度の驚きで大きな丸眼鏡がずるりと落ちる。それを直す余裕もないほどファースの頭は真っ白だった。
「君のように真面目で勤勉な人間なら信頼に足る、とエステルから推薦があった。私からもお願いしたい」
「お仕事が大変そうでしたら、もちろん僕たちも手伝いますよ」
比較的まともそうなスレインとヤーラの気遣いも上の空で、ファースの思考は停止している。
「あなた、結構向いてると思うわよ? 見た目も可愛いし……うふふ」
「不都合な人がいたら、ぼくが何とかするよ。なるべく殺さないから」
明らかにまともではなさそうなロゼールとマリオの発言は、ファースの背筋を凍らせた。
「あの……無理にとは言いませんから」
「とっとと決めろよ、チビ眼鏡」
エステルとゼクの真逆の声かけもファースには後半しか聞こえず、ついに我慢も限界に達し、椅子から飛び降りるように席を立ち、目にも留まらぬ速さで床に頭をぶつけんばかりに土下座した。
「かっ……勘弁してくださぃい!! こ、こんな場所で支部長なんて目立つポストについたら、誰に目をつけられるか……!! せっかくのお申し出なのになんとお詫びすれば……ああ、なんなら指! 指詰めます!」
「いやいや!! 無理にお願いしたのはこっちなんですから、そんなに謝らないでくださいよ!! むしろこちらこそ、困らせちゃってすみません!!」
勢いに飲まれてかエステルまで同様に床に手をつき、第二次土下座合戦が開催され、ゼクは手を叩いてゲラゲラ笑いだした。
「そうだ!」
ファースは何かを思いついたように顔を上げる。床に接着していた額が少し赤くなっている。
「エステルさんが新しい支部長になればいいんですよ! こんなにお強い方々がいらっしゃいますし、ギャングの人たちとも上手くやれると思うんです!」
「……私ですか!? いやいやいや、私なんて支部長らしいこと全っ然できないですよ!? ファースさんもご存じの通り、仕事だってからっきしですし!!」
「でしたら実務は全部ボクが担当します! エステルさんはその、いわば協会の『顔』としてお務めしてくだされば!!」
半ばごり押しの説得に、エステルは困惑しつつも考え込んでいる。実際、ファースも形式的とはいえ彼女が上に立っているほうが組織としてうまくいくのではないか、と思い始めていた。
エステルは仲間たちの顔を見渡して、意を決したように口を開いた。
「……わかりました。やります」
この日、西方支部だけでなく勇者協会全体で前例のない、18歳の新人職員兼パーティリーダーの支部長が誕生した。
◇
急に新しい支部長に任命された私は、形だけの地位とはいえいろいろな人たちの注目を浴び、とにかく疲れてしまった。
就任挨拶のときは、他の職員や勇者の人たちに――どちらかといえば敵意に近い視線を向けられてしまったけれど、おもにゼクさんからさらに威圧的な眼力が返され、皆黙ってしまった。本当は、仲良く平和にやっていきたいんだけど。
例外はやたら囃し立ててくれた狐さんと、いつもと同じ調子だったアイーダさん、ソルヴェイさんくらいだ。せめてこの人たちとファースさんとは、うまく付き合っていきたい。
とにかく1日でいろんなことがありすぎて、私は支部長室で1人ぐったりしていた。
あのごちゃごちゃした家具や飾りは元支部長の私物だったのだろう、青犬さんたちがごっそり持って行ってしまい、室内は閑散としている。こっちのほうが個人的には落ち着くかな。
なにをするでもなくデスクでぼーっとしていると、隅に置いておいたドナート課長から貰った<伝水晶>が光り出す。
そこから聞こえた声は、課長のものではなかった。
『ハローハロー、こちら勇者協会本部! 西方支部特派員エステル・マスターズ、聞こえますかぁ?』
「……ロキさん、何やってるんですか?」
『あはは、久しぶり。今ねぇ、本部に忍び込んで勝手に君と連絡とってるんだ。実はちょっと、そっちのこと調べてきたんだけどさ。アンナとは別の、かなり信用できる筋の方からね。今なら無料で情報提供しますよ、奥さん』
「ありがとうございます、わざわざ」
『いえいえ、お気になさらず。さっそくなんだけど、そっちの支部長が怖いギャングのお兄さんたちにお金で従ってるのは知ってるよね? 支部長、顔見た?』
「ああ……はい。その支部長なんですけど――」
私は今までのこと――青犬さんたちが来て、いろいろあって街が半壊しかけ、元支部長が追放された話をかいつまんですると、ロキさんが大笑いする声がしばらく止まなくなった。
『はははっ、はぁーっ。ホント期待裏切らないよね、君たち。じゃあ、そうか。残る問題は<ウェスタン・ギャング>の件だけかなぁ』
「それなら、青犬さんっていう人とお話したんですけど、当分私たちには関わらないつもりでいてくれるらしいですよ」
『あー……<ウェスタン・ギャング>の「赤犬と青犬」か。一番話のわかりそうな人だね、ラッキーだ。それはいいとして……そのギャングの周辺で、気に留めてほしいことがある』
真剣みを帯びだした声色に、私は姿勢を正して次の言葉を待った。
『<ウェスタン・ギャング>のボスは、すでに殺されてる』
息を呑んだ。
そうだ、私がいるのは「最果ての街」。無法者が集まる危険地帯。喧嘩や――殺人だって、普通にありうる場所なんだ。
『……殺したのは、ボスの腹心で組織内でも信頼の厚かった男らしいんだ。まあ、それだけならただの内紛ってことで済みそうだけど……ここからが不可解な話。その犯人の男は動機を聞かれて、まったくの嘘の出来事を本気で信じてるみたいに並べ立てたとか』
ロキさんの話は、私の想像を遥かに超えるものだった。
『――魔族絡んでるっぽくない? これ』
いつもの軽い口調の中に、絶対の確信を含んでいるような言い方。魔族と因縁の深いロキさんなら、彼らの手口を熟知しているのだろう。
『もう1つ不思議なのが、ボスを失ったにもかかわらず、ギャングたちがやけに落ち着いていること。新しい人が就任したって知らせもないし、今までとあまりにも変わっていないらしいんだ。あくまで予想だけど――殺されたボスの他に、組織を動かしてる影の統率者みたいなのがいるんじゃないかな』
「ボスは実質2人だった、っていうことですか?」
『そう。それで――最悪のパターンが、その影のボスと魔族が繋がってる、ってこと』
それは、国を乗っ取られるよりも恐ろしいかもしれない。こんな荒れた街だったら、魔族が潜んでもバレにくいし、ここを拠点にされてしまったら……。
『……魔族もこの数年でかなりやり方を変えてる。サラもそうだったけど、魔王の子女たちが人間界に探りを入れる感じになってる。奴らはいつでもゲートで撤退できるからね』
「つまり……これも、魔王の子供の仕業……?」
『十分警戒しておいてほしい』
この街全体が、姿の見えない怪物に飲み込まれそうになっているような――そんな禍々しい感覚を持ちながら、私は通信が切れてただの水晶になった球体を見つめていた。




