金色
レンシアに到着したのは、予想通りの時間帯。夜が深まった頃だ。
ここまでかなり速度を出してきたので、さすがにネグセオーの上で眠ることはできなかった。
正直なところかなり眠いので、一度ゆっくり睡眠を採って、それから解決に乗り出したいところなんだけど――
「――妙ですね」
村が静かすぎる。
時間帯は深夜で、規模としては小さな村だ。静かなのがふつうなのだろうけど、これは少し行き過ぎている。
音だけでなく、人の気配すら感じられない。静寂と言ってもいいほど、村は静まり返っている。
甘い花の香りすら、不気味さを強調するような空間が、そこにあった。
「レンゲさん、これは……?」
「……ごめんなさい。こうしないと、ダメだったんです」
「……どういうこと、ですの?」
子狐の姿で僕に抱かれているクズハちゃんは疑問符を浮かべるけど、僕の方はなんとなく予想がついた。
やはり、なにか面倒事があったのだ。
「ひゃっ……!?」
懐の小さな狐を抱えて、跳ねるように飛んだ。ほんの少し空中に身を置いて、柔らかな土の地面を踏み、着地する。
「ネグセオー、離れていてください」
「承知した」
お互いに繋がりがあるから、細かく言わなくても意図は伝わる。こういう時、契約しているというのはすごく便利だ。
僕の言葉と望み通り、ネグセオーが村から離れていく。続いてクズハちゃんを腕の中から開放すると、彼女は素早く人型に戻った。
クズハちゃんは尻尾と耳の毛を逆立てて、警戒状態になっている。さすがにここまでの動きで、今の状況が危険だということくらいは理解したらしい。
「……ごめんなさい」
謝罪を口にして、レンゲさんが僕らを見る。
こちらに向けられてきたのは、明らかに焦点の定まっていない瞳だった。蜂蜜のような黄金の瞳に、意志が灯っていないのだ。
厄介事が、予想以上に厄介だった。そのことにげんなりしながらも、僕は考えを巡らせる。
……たぶん、なにかに操られてるんでしょうね。
蜜喰いは盗賊に操られていたと、彼女は言った。
操れるのが、操られているのが蜜喰いだけでなかったとしたら、眼の前の状況には納得がいく。
納得ができないのは、どうして僕をここに呼び寄せたのかだ。
村の人たちを意のままにできるのなら、外部の人を呼んでしまうのは危険なだけなのに、どうして僕たちをここまで連れてきたのだろう。
事実、アキサメさんが視察に来たときに蜜喰いたちを動かしたのは、自分の存在を隠すためのはず。
そうして一度隠蔽したものを暴いてまで、僕たちを連れてきた理由が分からない。
「アルジェさん、あの人……」
「ええ、たぶん操られてます。治しますね」
クズハちゃんに答えつつ、僕は手をかざす。
呪いのせいか魔法のせいかは不明だけど、レンゲさんは明らかになにかの影響を受けている。それを取り除けば、状況も少しは分かるだろう。
魔力を練り、魔法を使う準備を整える。
身体に巡る魔力の流れを感じるのは、転生してから何度となくやったこと。もはや慣れたと言ってもいい。
あとは発動の鍵となる言葉を紡げばいい。息を吸って、言葉を――
「――止めておいたほうがいいわよ?」
「っ……!?」
ぞわりと、背筋が寒くなった。
集中が一瞬で霧散して、発動しかけた魔法をキャンセルしてしまう。
耳を撫でた声は、ひどく熱っぽくて恍惚としたような声だった。
声がした方向に、後ろに振り向く。
そして、僕は金色を見た。
「こんばんわ」
夜の闇に敷き詰められた金は、ふたつにまとめられた髪の色だった。
蝙蝠型の髪飾りで彩られた金髪を惜しげもなく夜闇と、黒のドレスに乗せた少女。瞳は鮮血のように紅で、紛れもなく、彼女が僕と同じ存在だと示している。
白い肌を割くように歪んだ笑みから覗く牙も、やはり、吸血鬼特有の尖ったもの。
紅い瞳をどろりと溶かすように細めて、彼女は僕を見た。
その視線は熱いというよりも、粘っこい。今まで感じたことが無いような視線だった。
……なんですか、この人。
目と目を合わせた瞬間に、危険を感じた。
ぶるり、と耳の先までが震える。夜の空気がやけに冷たく感じられる。
見た目は僕と同じ少女、それも絶世の美少女と言ってもいい。銀色の僕とは真逆に、金色をした、完璧な美少女だと思う。
けれど、中身は少女なんて可愛らしいものではないことは明白だ。
僕だって中身は少女とは言えないけれど、彼女はもっと、僕よりも異質ななにかに思える。
吸血鬼としての本能なのか、それとももっと別のなにかなのか。明らかな危険を感じて、僕は身をこわばらせた。
そんな僕の緊張を知ってか知らずか、金色の吸血鬼はひどく楽しそうに僕に語りかけてくる。
「その子の呪いを無理に解こうとすると、死んでしまうわよ? そういう呪いだもの」
「……あなた、は?」
「そう、私。私の名前を聞きたいのね! ええ、それじゃあよく聞くといいわ、私の花嫁! これからずっと、毎日、愛を込めて呼ぶことになるのだから!!」
わけの分からないことを言いながら、ドレスを翻して、彼女は夜に舞った。
跳ねるようにステップを踏んで、上機嫌で僕の目の前までやってくる。
身長はほぼ同じ。真正面から射抜かれるように、同じ色の瞳を向けられる。
「エルシィ。それが私の名前よ」
「っ……!」
語られたのは、聞き覚えのある名前。
エルシィ。サクラザカで聞いた、温泉に呪いをかけた吸血鬼の名前だ。
この状況を作ったのも、やはり彼女なのだろう。もちろん、レンゲさんに僕を連れてこさせたのも。
懸賞金がかかっているほどの危険人物が、僕になんの用だろうか。
花嫁とか言っているようだけど、さっぱり意味が分からない。
分かるのは、目の前の人物が危険だということだけだ。迂闊に動くとなにをされるか分からない、そう感じるほどに。
「……貴女は!!」
動けない僕とは違って、動ける狐がいた。
彼女は相手の、エルシィさんの所業を知っている。そしてそれに明らかに腹を立てていた。
クズハちゃんは分身を一瞬で済ませ、三人になる。
三匹の狐、三倍の戦闘力。多重方向からの打撃が、金色を食いつぶすように囲んだ。
「あはっ……激しいのね」
相手の口元が笑みで歪み、かき消えた。
霧化。僕もよく知っている吸血鬼の固有能力が発動して、相手の姿がかき消える。
目標を失ったクズハちゃんとふたりのブシハちゃんは、即座に攻撃を中断して周囲を見渡した。
「どこに……!?」
「こっちよ、こっち」
楽しげな声が夜闇に通る。
声がしたのは、レンゲさんのいる方向。霧が集まって、再びエルシィさんが形を成す。馬の上、レンゲさんの隣に寄り添うように現れる。
現れたエルシィさんは、虚ろな瞳をしたレンゲさんのほっぺに楽しそうに指を這わせた。
「落ち着いて、少し話しましょう?」
そう言いながら、彼女の指はレンゲさんの首に添えられている。
細い指だ。だけど、見た目通りの力ではないことは明白。
僕やクズハちゃんがなにかをするよりも、きっと彼女が指に力を込めるほうが早いだろう。
「……クズハちゃん」
「……ええ、分かってますわ」
話しましょうなんて誘っているような言葉を使っているけれど、その実はただの脅しだ。
レンゲさんは僕にとってはどうでもいい人だけど、その命が失われたとして、僕に責任は取れない。
素直に従うしか、今の僕たちにできることはないのだ。
金色の吸血鬼が、僕たちを見てにたりと笑った。




