絡み酒の先輩
「だからね、アルジェ。吸血鬼っていうのはふつうの生き物よりずっと長く生きるから……ねぇ、聞いてる?」
「あ、はい。聞いてます。すごく聞いてますよ」
本当は聞き流しているのだけど、そう言って頷いておくことにする。
レンシアから戻って晴れて自由の身になった僕たちは、サツキさんの家であり、お店でもある喫茶店、メイに戻っていた。
メイの入り口には休業札がかかっていたけれど、ちょうどサツキさんが外に出ていて鉢合わせしたので、そのまま居住区に導かれた。
今、その居住区の居間にあたる部屋ではアイリスさんが大量のおつまみとお酒を並べ、酒盛りをしている。
つまり僕たちは帰って早々、酔っぱらいに捕まってしまったということだ。
「アイリスちゃん。あまり飲み過ぎるのはいけませんよ。遮光してるとはいえ、まだ日中なんですから」
「サツキも付き合ってよぉ……」
「いくらアイリスちゃんの頼みでも、全力でお断りします。王国語で言うとヤンキーゴーホームです」
共和国語と王国語が混ざったためか微妙に言語翻訳が変な感じになっているけれど、とにかくサツキさんはお酒を飲まないらしい。
断られた方のアイリスさんは頬を盛大に膨らませて、不機嫌を示す。
「むうう……ボク、一人で飲んでるんだけど? 見てのとおり寂しいんだけど?」
「吸血鬼は基本的にお酒に弱いんです。知ってるでしょーが」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ……アイリスちゃんは特例です。ふつうの吸血鬼はお猪口一杯でダウンするほどお酒に弱いのが普通なので、アルジェちゃんも迂闊に飲んではいけませんよ?」
理由が気になる情報だけど、サツキさんが珍しく真剣に話すので、素直に頷いておいた。
吸血鬼はお酒に弱い、か。覚えておいたほうがいいのかもしれない。
ちなみにクロさんは帰るなり、逃げるようにお散歩に行ってしまった。
どうやら酔っぱらいの厄介さを知っていたようだ。蜜喰いのお肉はサツキさんがしっかり受け取っている。
元々フレンドリーなアイリスさんだけど、お酒が入るとそれが加速するらしい。
正直なところ絡み酒は面倒くさいので放置してお昼寝でもしたいのだけど、そうするとなにをされるか分からないので、仕方なく付き合っている。
クズハちゃんは僕と一緒にテーブルにはついているけれど、明らかにアイリスさんの話をスルーして、おつまみを夢中でつまんでいる。レンシアからここまでの移動で、だいぶお腹を空かせていたらしい。
移動中の食事が保存重視のパンなどで質素なものだったので、仕方ないか。クズハちゃん、よく食べるし。
テーブルに並べられたおつまみはどれも絶品で、なにを食べても外れがない。お酒に合うように味は濃いめで、自然とお箸が進む。
感心する僕の気持ちを代弁するように、クズハちゃんが満面の笑みで、
「サツキさんのお料理、おいしいですの!」
「ふふ。それはよかった。あ、これなんてオススメですよ。甘辛系のソースで麺と具材を味付けしたもので……ええ、ヤキソバって言うらしいのですけど。アルジェちゃんもどうですか?」
「ええ、おいしいです」
妙に馴染み深いメニューがいくつか混ざっているけれど、それもまたいい感じだ。
すべてサツキさんのお手製らしいけど、どこでレシピを知ったんだろう。
和服などを見る限り、この異世界には僕のいた世界と似た文化が多い。自然と発達したのか、それとも僕以外に転生した人がいて、その人が持ち込んだのか。
どちらにせよ懐かしい味を嫌がる理由はない。素直に味わっていると、アイリスさんがお酒臭い溜息を吐いた。
「はあ、シノがいればなぁ……」
「シノって……従業員さんですか?」
「ええ。シノ・イチノセ。うちのバリスタ、つまりコーヒー担当ですね。いい豆を探してくるとか言って、昨日出て行きましたが……アルジェちゃんに会えなくて残念がってましたよ」
「はあ、そうなんですか」
ちょうど入れ違いになってしまったらしい。どんな人なんだろう。
このお店の人たちは悪い人ではないけどクセが強いので、シノさんという人もそうなのかな。
「そういえば、議会の人から聞いたんですが……アキサメさんに付き添って、レンシアの視察についていったんですよね?」
「あ、はい。いい所でした」
「ふふ。そうでしょう。あそこはいい蜂蜜が毎年採れますし、のどかですからね。それじゃあサツキちゃんが一丁、レンシアの蜂蜜を使ったケーキでもお作りしましょうか」
サツキさんが微笑んで立ち上がって――そこで来客を示すベルの音色が響いた。休業札こそかかっているものの、鍵はしていないらしい。
喫茶店を抜け、居住区まで響いてきた音にもっとも敏感に反応したのは、やはり店主のサツキさんだった。
「少し待っててくださいね、ご用件を聞いてきますので」
「今日はお休みなんだからよほどのこと以外は断ってよね、サツキ」
「分かってます、分かってますとも。一応このあと、先日届けた街道の補修の件で、商業ギルドにも顔を出さないといけませんしね」
ひらひらと手を振って、サツキさんがテーブルを離れる。その後、数分と経たずに戻ってきた。
戻ってきたサツキさんはこちらに笑みを浮かべて、
「アルジェちゃんにお客さんですよ」
「僕に……? 分かりました。ありがとうございます」
お客さん。そう言われて真っ先に思い浮かぶのはゼノくんだ。
彼が商業ギルドに戻るまでにはまだ日があるはずだけど、早めに戻ることだってあり得る。そうなれば言伝が届くはずだ。
僕がどこに滞在しているかは教えていなかったけれど、商業ギルドではフミツキさんと一緒にいた。ここにいることは、あの場にいた人ならある程度予想がつくだろう。
酔っぱらいから逃げる理由にもなるし、ちょうどいいか。そう結論して、僕はお客さんを迎えることにした。
予想通りの相手なら、あのときの恩をきちんと返さなくちゃ。




