事案発生
「これ、美味しいですわ!」
「ここのたい焼きはオススメなのよぉ。ちなみに、お向かいの醤油せんべいも良いわよぉ」
「フミツキさんは飲食店にお勤めだけあって、美味しいものをたくさん知っていますのね」
「ふふ。まぁねぇ」
和菓子屋さんの軒先。お客さんが座って食べるために設けられた和傘付きのベンチで、僕たちは寛いでいた。
ゆったりとした時間の中で食べるおやつはとても贅沢だ。お菓子の話題で盛り上がるクズハちゃんとフミツキさんを横目で見つつ、僕は自分のたい焼きに噛み付く。
……甘すぎなくて、いい味ですね。
餡が甘さがキツくないので、皮の柔らかな甘みがある上で、きちんと餡が乗っている。
餡を皮で封じ込めるのではなく、調和した甘さだ。尻尾にまで餡がぎゅうっと詰まっているところも嬉しい。フミツキさんがお薦めするのも分かる。
クズハちゃんも相当気に入っているらしく、もう三匹目を攻略しにかかっていた。牙を立てるのは尻尾から。お昼にあれだけ食べたのに、よく食べる子だなぁ。
「気に入ってくれて嬉しいわぁ。もっと食べるぅ?」
「はいっ。お代わりをお願いいたしますわ!」
「わふー。フミちゃん、こっちもこっちも!」
「あら、クロ先輩もぉ?」
「わふわふっ。早く早くー」
「そんなにすぐには出てきませんよぉ。私のを半分あげますから、大人しく待ってて下さぁい」
「わーい! フミちゃん好きー! サツキちゃんみたーい! あ、でもおっぱいが……ない……」
「胸は関係ないでしょぉ!?」
「そ、そうだよね。ええと……よっ、精神的には巨乳!」
「それ全然褒めてませんよねぇ!? 慰めかどうかも微妙ですよねぇ!?」
「あの、フミツキさん。その人知り合いですか?」
「ええ? ……って、なんでクロ先輩がいるのよぉ!?」
自分のたい焼きを半分渡した上で、フミツキさんが目を見開いて叫んだ。
あまりにもナチュラルに入ってきたのは、黒の長髪と獣耳、そして尻尾。
おそらくはクズハちゃんと同じ、獣人の女の子だ。見た感じの年齢は16歳くらいだろうか。栗色の目を人懐っこく細めて、尻尾を振りながらたい焼きにかぶりついている。
「ええとぉ……この人はうちの従業員よぉ。ほらぁ、挨拶してくださぁい」
「むぐむぐ……わう? クロはね、クロ・イヌイっていうの! 人狼だよ、宜しくね!」
「印籠?」
「人狼だよ!」
こちらのボケ、もとい聞き間違いに対しても、相手はにぱっと大きな笑みで訂正をしてくれた。
確かに、彼女の耳と尻尾は狼と言われてしっくりとくる形をしている。
クロさんの格好はフミツキさんと同じ。シックな印象のある、給仕用の服装だ。落ち着きなく振られる尻尾によってせわしなく揺れるスカートを眺めて、フミツキさんが疑問する。
「クロせんぱぁい。なんでお休みに制服で出歩いてるんですかぁ?」
「フミちゃんも着てるよ?」
「フミは一応お仕事ですからぁ。お姉様が帰ってきて、お使いを頼まれたんですよぉ」
「わふ、そっか! クロがこれを着てるのはね、クローゼット開けたら最初に目についたからだよ!」
「……まぁ、予備はたくさんありますけどぉ」
半目になりつつも、フミツキさんは頷いた。納得したというより、放置を決め込んだという感じの対応だ。
クロさんは楽しそうに尻尾をふりふりしながら半身のたい焼きを平らげると、跳ねるようにこちらの周囲を動いた。
雪遊びをする犬のようなステップで、彼女は僕とクズハちゃんをいろんな角度から眺めてくる。やがて「わふっ」と一声を上げて、
「うん! 匂いとか、大体覚えたよ!」
眺めているだけではなく、匂いも覚えたらしい。
……動きは完全に犬ですね。
失礼な気もするけど、見ていて感じるのは狼というよりは犬だ。
クズハちゃん――狐もイヌ科のはずだけど、クロさんの方が格段に犬っぽい。これで僕よりも背が低ければ、自然に撫でるくらいはしていたかもしれないくらいの人懐っこさだ。
「吸血鬼のアルジェント・ヴァンピールといいます。長いのでアルジェでいいですよ」
「妖狐のクズハと申しますわ」
「アルジェちゃんにクズハちゃんだね。わふっ。クロ、ちゃんと覚えたよ!」
元気よく手を上げて、クロさんは宣言する。
アクションはオーバー気味だけど、それだけに嫌味のなさがストレートに伝わってくる人だ。僕が昼間に出歩いてることを疑問しないのは、条件付きで日の下に出られるサツキさんの知り合いだからか、それとも単純に気付いていないのか。
半身になったたい焼きを更に半分に割って、それをクロさんに与えてから、フミツキさんが言葉を作る。
「クロ先輩、お暇なんですかぁ?」
「うん。暇だよ! 暇だから誰かに構って欲しいんだよ? フミちゃん遊ぼ? クロとわふわふしよ?」
「遠慮しまぁす。クロ先輩、暇ならこの子たちに街を案内してあげてくれませんかぁ? いつも街中を散歩してるから、そういうのは得意でしょお?」
「わふっ、任せて!」
瞳を輝かせながら、クロさんは何度も頷いて四分の一に分割されたたい焼きをひとのみにする。
その様子を見たフミツキさんは、最後に残っている一切れも彼女に渡した。それもやはり、一息でお腹の中に消えてしまう。
もう少し味わって食べてもいいと思う。まるで犬だ。いや、狼か。
「クロ、この街のことならよく知ってるよ! どこか行きたいところある?」
「ええと……お昼寝するのにちょうどいい感じの場所ってありますか?」
「わんっ! それならいいとこ知ってるよ!」
「あ、じゃあ、そこまで案内を……きゃっ!?」
お願いしますと言おうとして、できなかった。
速い。いや、速いというよりはいきなり過ぎる。すくわれるように足元から持ち上げられた。一瞬でお姫様抱っこの姿勢にされる。
状況を理解できないままに、更に景色が浮いた。抱き上げられるのとはまた別の浮遊感。
「あおーんっ!」
高らかな咆哮と共に、クロさんが空中に舞っていた。当然、彼女に抱かれている僕も一緒に。
己のスカートがめくれるのも気にせず、僕の振袖が乱れるのもいとわず、クロさんが行った。たい焼きを買った甘味処の屋根に荒っぽく着地して、
「わっふぅー! 行くよー!」
「え、ちょ、ひゃあんっ!?」
こちらが抗議するより早く、クロさんが僕を抱いたままで走り出す。
クズハちゃんが僕の名前を、そしてフミツキさんがクロさんの名前を呼ぶ声が聞こえてきたけれど、クロさんはそれを完全に無視した。というか目的に夢中になっていて、聞こえていないようだ。
多くの人の視線が注がれるけど、それすらも彼女は気にしなかった。
速度は既に高速。踏み出す足に明らかに力がこもったのが、腕の中でも分かる。
「ひゃっ!?」
ほとんど反射的に相手に抱きついて、浮遊感に耐える。
足元とお尻がふわふわして、ひどく落ち着かない。太ももまであらわになった足がすうすうする。
「しっかり掴まっててねー!」
もう捕まってますと、そう答えるほどの余裕は無かった。
彼女は僕を抱えたままで、次々に屋根から屋根へと飛び移っていく。
屋根を渡るのはアルレシャで僕もやったことではあるけど、自分で動くのと人に運ばれるのは違う。それも、今名前を知ったばかりの人に、いきなりなのだ。
怖いというよりは、展開が急過ぎて頭がついていけない。
何度目かの浮遊感を味わい、ようやく落ち着いて目を開けられるようになって、それが見えた。
街の中心にそびえる、大きな建物。
戦国時代の城のような、無骨だけどすっきりとしたデザインの建物だ。周囲には四つの塔があり、それぞれは中心の城を中継としているかのように繋がっている。
その真ん中、つまり城へと向かってクロさんは一直線に走っている。というか、もう目の前だ。いや、足の前なのか。
「わふぅー! 到着なんだよ!」
着地するなり、地面に降ろされた。
浮遊感の連続で足には力が入らなくなっている。へたん、とお尻が城の屋根についた。ひんやりとした瓦の感触がして、余計にぞわぞわする。
「……ちょっといきなり過ぎです」
「わふ?」
あ、全然分かってない顔してる。
あまり文句を言っても効果がなさそうなので、溜め息をつくだけにしておいた。
何度か呼吸を繰り返せば、少しずつ落ち着いてくる。やがて足に力が入るようになったので、立ち上がって乱れた衣服を直す。
……あ、いい景色。
立ち上がって見渡せば、景色は高く、広く、遠い。
眼下は街の入り口である外壁まで見渡せるし、届く風は涼しげで、花の香りが運ばれてくる。
心地よさのある冷たい花の香りを深く吸い込めば、やってくるのは眠気だ。
「わふ、わふ! どうかな? どうかな? 気に入ってくれた?」
「ええ。いいところだと思います。でも、大丈夫なんですか、ここ」
周囲を見渡す限り、ここは街の中心地。首都の中心というと、やはり重要な建物が建っているイメージがある。
周りにある建物と比べて、この城は高く、大きく、そして豪華だ。どう考えてもここ、重要な施設じゃないだろうか。
「わふ! 大丈夫! クロ、知り合いだから!」
えっへんとクロさんが胸を張る。
クロさんの雇い主であるサツキさんはかなり顔が広いようなので、こことも関係があるのかもしれない。大丈夫というのなら、遠慮しなくていいかな。
ブラッドボックスから毛布を取り出して敷き、そこに寝転がる。うん、悪くない。
「クロもお昼寝していい?」
「ええ、どうぞ」
「わふーっ」
嬉しそうに尻尾をしたぱたと振って、クロさんが隣で寝転がった。
無理矢理でめちゃくちゃな方法だけど、彼女にしてみれば好意だ。怪我をしたわけでもないし、こうしてお昼寝しやすいところに連れてきてくれたので、それでいい。
クズハちゃんのことが気になったけど、フミツキさんが一緒なら大丈夫だろう。合流しようと思えば、向こうは僕の匂いをたどって来れるのだし。
お腹が膨れていることもあり、瞳を閉じればすぐに意識が沈んでいく。
今日はもう十分働いたので、気持よくお昼寝ができる幸せに浸ることにしよう。




