商業ギルド
商業ギルドへの案内を、フミツキさんは快く引き受けてくれた。
「一人で歩くよりは連れがいる方が楽しいものぉ」
どうもこの喫茶店の人たちは、基本ノリがいいというか、人好きな感じだ。
商業ギルドへの道すがら、ぼうっと町を眺めながら歩いてみると、馬車の中よりもいろんなことが分かる。
あちこちに花が植えられているだとか、行き交う人たちにデミ・ヒューマンが多いことなどだ。
さすがに昼間なので僕みたいな吸血鬼はまずいないだろうけど、それでもアルレシャと比べるとかなり人間以外の種族が多い。
共和国は元々たくさんの国が寄り集まってできたらしく、観光に訪れる人も多いというので、その関係だろうか。
「失礼するわぁ」
体感で数十分ほど歩いていくと、商業ギルドに到着した。
フミツキさんは堂々とした態度で建物の戸を開ける。建物は和式で、引き戸だ。
彼女に続いて中に入ると、即座にたくさんの視線に射抜かれた。
……値踏みの目ですね。
表面上は誰もが、 ただ入ってきた人間を反射的に見たような視線の動きで僕たちを見た。そう、表面上は。
こうも視線が重なれば、その気がなくても理解はできる。
注がれているのは、価値を見定める目だ。玖音の家でもたびたび浴びた、見透かしの視線。
「…………」
「アルジェさん、どうかしましたの ?」
「なんでもありませんよ」
昔の夢を見たばかりなこともあって、懐かしく思ってしまった。
アイリスさんが他人を見定めるのとは、少し違う。
あの人はこちらを真っ直ぐに見て、それでどうしようかというところまで隠さなかった。見定めているぞと態度で宣言して、自分も見せてきた。青葉さんに、少し似ていたかもしれない。
ここの人たちは、そういうところを大っぴらには見せてこない。ただ数が多いのと、幾人か視線が荒い人がいるから分かってしまう。
不愉快とは思わない。見られたところで僕の価値がないことは分かりきっているからだ。
見定めたところで、僕は転生前となにも変わらない。女の子になって、前とは種族が違っていても、ぐうたらのまま。
クズハちゃんは視線に気付いていない。というより、自分の方があちこちを見るのに忙しそうだ。
僕からは離れず、けれど興味深そうに尻尾を揺らして周囲に目線を送っている。
「こっちよぉ」
フミツキさんに案内されて、奥へと向かう。
蕎麦屋さんとかお寿司屋さんのようなカウンター席。数人が座って談笑している向こう側に、男の人がいた。
くせがあるたっぷりの金髪と、口周りには髪と同じ色のヒゲ。瞳はブルー。
とても商人とは思えないくらい筋骨隆々とした身体つきで、服装は和服。アメリカ人がヤクザの親分を真似しているような、ちょっと変な見た目だ。
「フミツキさんかい」
女の人としては背の高いフミツキさんと向かい合っても、相当大きい。二メートル近くはあるんじゃないだろうか。
厳しいというか彫りの深い顔なので、かなりの威圧感がある。
フミツキさんはそんな相手に対して怖気づくようなことはなく、ひとつ頷いて、懐から紙束を取り出した。
「お姉様からよぉ」
「そうか。受け取っておこう」
名前を出すだけで中身を改めることすらなく受け取られるあたり、サツキさんが信頼されているということか。
本当にあの人、何者なんだろう。吸血鬼であることを考えると長生きのはずだから、顔は広そうだけど。
「そっちは?」
「お姉様からの紹介よぉ。用事があるらしいわぁ」
「初めまして。ええと……ゆるふわマッチョさん」
「ゆるふわマッチョ!?」
「あ、ガチムチゆるふわの方が良かったですか?」
「どっちも嬉しくねぇ!?」
「柔らかいのか硬いのか判別しにくいニックネームねぇ……」
髪の毛がゆるふわの金髪で、身体はムキムキだからぴったりだと思ったのだけど、本人にはウケが悪かったようだ。周りの人は顔を押さえてプルプルしているので、ややウケかな?
「……俺はシシザキ・キリギリだ。商業ギルドの受付をやっている。なんの用だ、お嬢さん」
「ええと。ゼノくん……ゼノ・コトブキって人は、ここに登録されてますか?」
「ゼノ? ああ、確かにうちにいるが。奴がどうした?」
「前に助けていただいたので、お返しがしたいなと」
言った瞬間、周囲がざわめいた。
こちらの言葉を聞かれているのは分かっている。僕たちがサツキさんからの紹介だと言われたときにかなり緩和されたけれど、相変わらず視線は注がれているのだから。
周囲、行商人たちはひそひそと話している。ぜんぶは聞こえないけれど、近くのカウンターからは会話内容が聞き取れた。
「ゼノの野郎、とんでもないものを売ってるぞ」
「ああ。美少女に恩を売るなんてあいつやりやがったな……」
「これは後で粛清ですね」
「いや、それより今までにあいつが女関係でやらかしてきたことまとめてあの子に渡すぞって、商談の種にした方がいいんじゃないか? あいつ確か今、岩塩とか香辛料だいぶ抱えてたろ」
「「「天才か……!」」」
話してることの意味は不明だけど、どういうわけか盛り上がっている。
やはり商人たちなので、損得感情が主なのだろう。その商人仲間が僕みたいななんの役にも立たない小さな女の子を助けたことで、少し変に思われたのかもしれない。
シシザキさんは口ひげを撫でながら、周囲の行商人たちを半目で見た。それからこちらに目線と言葉をくれる。
「あいつはまだサクラノミヤにいる。会費の支払いでな。期日に余裕があるから、あちこちで商売しているはずだ。一週間後には戻ると言っていたから、戻ったら伝えよう。お嬢さん、名前は?」
「ありがとうございます。アルジェント・ヴァンピールと言います」
玖音 銀士ではなく、アルジェント・ヴァンピール。
この世界に来て、何度も名乗っている名前だ。最近では呼ばれたときの違和感もほとんど感じない。
シシザキさんは手元のメモに僕の名前を書き記すと、それを破いて脇に置いた。後はもう、ゼノくんが戻ってくれば伝えてくれるだろう。
一週間後には戻るらしいので、ここに来るのもその日でいいかな。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。伝えておく」
「用事が済んだのなら、おやつでも食べに行きましょうかぁ。奢るわよぉ」
「え、でも……」
「いいからいいからぁ。ひとりでおやつも寂しいから、ちょっと付き合ってよぉ」
あの喫茶店の人たちは、こっちに対してなにかしないと体調不良にでもなるのだろうか。あの店長にしてこの店員さんありというか、なんというか。
「いいんですか?」
「すぐに戻っても、お姉様が仕事に集中しなくなるものぉ」
「ああ……なるほど」
確かにサツキさんは、こちらを構いたがる人だ。明日からまた喫茶店を運営するための準備を放り出してまでこっちに来られるのは、フミツキさんとしては望まないところなのだろう。
奢ってもらえて、それを気にしなくていいなら僕としては歓迎なので、素直に従うことにした。
おやつを食べて、それからどこでお昼寝するかを考えるとしよう。
この街は花の匂いに溢れている。どこで眠っても、きっと気持ちよくお昼寝ができるはずだ。




