ひとまずの行き先
「……ほんとに喫茶店なんですね」
「むむ、アルジェちゃんってば疑ってたんですか?」
「お姉様の格好を見ると、たぶんほとんどの人は喫茶店よりお茶屋さんを思い浮かべますからねぇ」
従業員さんの言う通りすぎるので、それ以上はなにも言わずにスプーンを動かした。
半熟の卵が乗ったチキンライスの山。いわゆるオムライスだ。その一角を切るようにしてすくい、口に運ぶ。
……あ、美味しい。
チキンライスの味付けはしっかりとしていて、ベタついていない。玉ねぎやピーマンは食感がよく、存在を主張しすぎないくらいの大きさ。
卵は甘く、バターの香りともにチキンライスを見た目通りに包み込んでいる。
ケチャップの赤で「ここでボケて」と共和国語らしき言葉で書いてあることを除けば、完璧なオムライスだった。ここでってどこでですか。
「美味しいですわ!」
驚きつつも静かに食べる僕とは逆に、クズハちゃんは見るからに美味しそうにオムライスを頬張っていた。
狐というよりはハムスターのようにほっぺを膨らませ、瞳が輝いている。子供ってオムライス好きだよね。
ただ、心が踊っているのは僕の方も同じだ。王国ではパン食らしく、お米は出なかった。
味付けがしてあっても、食感や噛むことで湧いてくる甘みは間違いなくお米のもの。クズハちゃんほどではないにしろ、自然と食が進む。
サツキさんは僕らふたりを交互に眺めて、嬉しそうに微笑んでいた。
サツキさんは体格のわりにあまり食べない。黄金色の山の大きさは僕たちのものよりも一回り小さく、それすらも半分ほど、クズハちゃんに渡してしまっている。
「気持ちよく食べてくれると嬉しいですねぇ。アルジェちゃんも、気に入ってくれてますか?」
「ええ。美味しいです」
喫茶店と名乗るだけあって、その味は非の打ち所がないものだ。ケチャップの文字だけはちょっと変だけど。
「そうでしょうそうでしょう。なんせ腕によりをかけて作ってますからね……アイリスちゃんが!」
「え、サツキさんが作ったのではないんですの!?」
「お店で出す料理はアイリスちゃんが作るんですよ。私はまかないというか、普段の食事と、お店のお菓子担当です」
「あ、そうなんですの……」
話の流れ的にオムライスがサツキさんのお手製だと思っていたらしいクズハちゃんが、微妙な顔をした。
確かにケチャップで書かれた文字が明らかな悪ふざけなのはサツキさんっぽくはあるけど、アイリスさんもわりとこんな感じだ。こういうところだけは、ふたりは妙に似通っている。息が合うということか。
フミツキさんはサツキさんに対して微妙に半目を向けたけど、スルーしてスプーンを動かしている。いつものことなのだろう。
アイリスさんは姿を現さないけど、彼女は一般的な吸血鬼。日光を避けるために、食事は奥で摂っているはずだ。
「さて、フミちゃん。私は明日の仕込みしますので、ちょっとこれを商業ギルドまで届けてきてもらえますか?」
食事が終わり、フミツキさんの手で食器が片付けられた後で、サツキさんは胸の谷間から数枚の紙束を取り出した。
こちらからは内容は見えない。受け取ったフミツキさんは軽く目を通して、
「街道の修繕依頼ですかぁ」
「ええ。ここからサクラザカまでの行き帰り、馬車に乗っていて気になったところをいくつか」
「マメですねぇ、お姉様ぁ」
「道がちゃんとしている方が、行商人さんたちが快適ですからね。彼らのお陰で、材料の仕入れができているわけですから。頼めますか、フミちゃん?」
「はぁい、お任せくださぁい」
フミツキさんはサツキさんと比べるとひどく格差のある胸を力強く叩くと、店の奥へと歩いていく。外出の準備を整えるのだろう。
今の会話で少し気になることがあったので、もう少し掘り下げてもらおう。そう考えて、僕はサツキさんに話しかける。
「あの、商業ギルドってなんですか?」
「行商人たちの多くが登録している組合組織ですよ。彼らは国や村を渡って商売をしますから危険が多く、情報共有するための集まりがあるんです」
「……それ、僕もついていっても良いですか?」
思い出すのは、僕がこの世界に来て最初にお世話になった人のこと。
ゼノ・コトブキくん。転生したばかりの僕をアルレシャまで運び、その間の食事や、衣服と路銀までお世話してくれた人だ。
いつか返せるならば返すと約束した恩。また会えるかどうかが分からないのでどうしたものかと思っていたけど、そういう組織があるならゼノくんも登録している可能性は高い。行ってみる価値はある。
「いいんじゃないですかね。フミちゃんなら案内してくれるでしょう」
「分かりました。頼んでみます」
「あの、アルジェさん? なんのご用ですの?」
「少し、恩返ししたい人がいて。行商人らしいので、そこに行けば行方が分かるかなと」
「それは大切なことですわね。私もお供いたしますわ」
クズハちゃんには関係のないことなのだけど、どうもついてくる気満々のようだ。
騒がしいけど悪い子ではないので、問題ないかな。僕自身、ここまで彼女とずっと一緒なので、ついてくることが自然のように感じ始めているし。。
「サツキさん。ネグセオーのことをお願いできますか? ご飯のことも含めて、お金は払いますから」
「いえ、構いませんよ。ご飯も私が誘ったわけですし、お代は結構です」
「いえ、でも」
「いいんです! 言っておきますけど、サツキちゃんはこうなったらテコでもお金を受け取りませんよ! 我慢比べには自信あります、さあお金を払うのをやめるか、私の膝でお金を払いたくなくなるまでギューってされるか選びなさい、さあ!」
「あ、じゃあ遠慮無く」
「ええ!? もう少し引っ張ってくださいよ!?」
これも恩になるような気もするけど、この人の場合はこっちに相手されてるだけで喜ぶので有りのような気もする。
ただ、相手をしているとどんどん面倒くさくなりそうなのでほどほどにしておいた。相手は凄く不服そうだけど、だって面倒なんだもん。
そういう意味では不思議な人だ。自然とこちらになにかして、なにも返されないことを、相手に負担だと思わせないのだから。
「よろしくお願いします、サツキさん」
フミツキさんが案内してくれるのかどうかは別として、僕はもう、そこへ行く気になっている。案内されなくても、ひとりで場所を探すつもりだ。
いつか返すと交わした約束。それを果たしておかないと、いつまでもそのことを考え続けなければならない。
たとえ彼から与えられた服や装飾品が、もう失われてしまっているとしても。
「恩人さんにうまく会えるといいですわね」
「そうですね」
その恩人からの貰い物を台無しにした張本人はこの子なのだけど、本人に悪気はなかったのだから、それは言わないでおくことにした。
早く恩返しを済ませて、お昼寝がしたいな。




