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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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お湯にほどけて

「ん、はぁ……」


 身体を沈めて、吐息。それを合図とするように全身の力が緩む。

 脱力を受け入れると、お尻は自然と地面についた。じぃんとした温かさが身体全体に染み入って、ぽかぽかする。源泉そのままの熱を、僕は堪能していた。


 ……あったかいくらいの温度なんですね。


 思っていたよりも熱くはない。緩く時間をかけて芯へと通していくような、柔らかい温かさだ。

 お湯そのものが重いというか、ほんの少しだけぬめりがある。すくって肩にかけてみると、ちょっぴりくすぐったくて気持ちいい。


 本当ならこんなふうにお風呂に入る必要はない。回復魔法で汚れを落とせばいいだけなのだから。

 それでもこうしてお湯に浸かってみると、お昼寝ほどではないけど気持ちがいいのは確かだ。


 一眠りして起きた頃に、こうしてエンチョーさんが礼としてのお湯を用意してくれた。

 僕たち四人が入るために、わざわざ土魔法で造ってくれた専用のお風呂。報酬というかご褒美としては十分すぎるだろう。


 肩まで身を沈め、ぷかぷかと浮かぶ自分の銀髪を眺める。もう一度深い溜息を吐くと、足音が聞こえてきた。

 元気と小気味がよく土を蹴る響きは、クズハちゃんのものだった。彼女は当然衣服をすべて脱ぎ、そしてそれを隠しもせずに走ってきて、そのまま温泉に飛び込む。


「お風呂ですのー!!」


 どぼん、と派手な音と水しぶきが撒き散らされた。

 着水したクズハちゃんは耳と尻尾に大量のお湯を吸わせながら、嬉しそうに水面を跳ねている。人がいるところでやると絶対に迷惑だけど、今ここにいるのは僕たちだけなので問題ないだろう。

 水しぶきを楽しむように、無邪気な笑顔でクズハちゃんはお湯と戯れる。水遊びする犬みたいだ。いや、狐だった。


「気持ちいいですわね、アルジェさん!」

「そうですね」

「先に行ってしまわなくてもいいじゃありませんの。そんなに早くお風呂に入りたかったんですの?」

「……ええ、まあ」


 確かにそれはある。ここまでの山登りで土埃はだいぶ被っているし、温泉の解呪でかなり汗をかいた。後者は主にブラッドブーストとやらのせいだけど。

 ただ、僕が三人よりも早く服を脱いで温泉に浸かっていた一番の理由は、別にある。


 ……一応、男ですから。


 この身体は紛れもなく女の子だけど、魂は男のものだ。少なくとも僕はそのつもりでいる。

 クズハちゃんたちにとってはただ女同士でお風呂に入るだけのことで、その認識は決して間違いではない。身体だけ見れば僕、どこからどう見ても美少女だし。


 別にクズハちゃんたちの裸を見てどうこう思うわけではないけれど、それでも精神的は男。女の人が服を脱ぐところをじろじろ見るのは失礼だと思い、さっさと脱いで一人で入っていたというわけだ。


 クズハちゃんは全体的に薄いけれど健康的な身体をしなやかに動かして、あっちこっちと動きまわる。

 なんとなく疑問に思って尻尾を見ると、彼女の三叉の尻尾はお尻のかなり上から生えていた。尾てい骨よりもう少し上くらいの位置だ。


「あらあら、元気がいいですねぇ」


 うわ、でっかい。

 率直な感想がまず出てくる。それくらいボリュームがある存在が現れた。

 サツキさんは長い黒髪を結んだ状態で、ゆっくりとお湯に入ってくる。開放された胸がまるでそれそのものがひとつの、いやふたつの生き物であるかのように湯船に浮かんだ。


「あー、胸が軽いっ。やっぱり温泉はいいですねぇ! 疲れが取れます! 文字通りに身体が軽いってもんです!」

「はあ、ええと……そうですか」

「いやぁ、ほんとにこのお徳用モチときたら大きすぎて困りますね。足元も見えないくらいです」


 確かにそれだけ大きかったら足元は見えないだろうけど、そこまでおおっぴらに言わなくても。

 突っ込もうかと思ったけど、サツキさんからしてみれば僕は同じ女の子だ。ガールズトークのつもりなら、それに対してなにか言うのも変だろう。


 改めて隣に座られると、やはり大きい。胸だけでなく、全部が。

 サツキさんは女の人にしては身長がある。太ってはおらずむしろ胸を除いてほっそりしている方だけど、身長が高くなれば全体のパーツはそのぶん大きくなるものだ。


「そういえばアルジェちゃんもクズハちゃんも、まだそう年端もいかない感じがするのですが……ふたり旅には少し若すぎませんか?」

「いろいろと事情がありまして」

「うーん、確かにそれはそうでしょうね。失礼しました」


 こちらが明確な回答を拒絶したにも関わらず、サツキさんはぺこりとこちらに頭を下げた。黒髪の束がお湯に深く沈み、胸が波に揺られる。強引なようでいて、きちんとこちらを尊重もしてくれる人のようだ。

 サツキさんはお湯あそびをしているクズハちゃんの方を、どこか楽しそうに眺めている。

 その様子にどこか、違和感を感じた。違和感というより、魔力の流れだ。不思議な気配みたいなものが、サツキさんから漏れている。

 僕自身も魔法を使うから、最近は魔力の流れには少し敏感だ。見えないけれど、肌を撫でるような空気を感じるのだ。


「サツキさん、なにか魔法使ってませんか?」

「どきっ」

「……どき?」

「や、やだなぁ。そんなことありませんよーう? 狐なロリっ子がお湯と戯れる様子を目に焼き付けていただけですから。ええ、それだけです!」


 なんだろう、似たような展開が少し前にあったような。

 疑問はあるけど、向こうは僕たちにそこまで踏み込んでこずにいてくれる。それなのにこちらだけが強引に、相手の考えや事情を聞き出すのも変な話だろう。

 出会って初日だけど、僕たちを害するような人ではないと思うので、深く追求はしないでおこう。そう結論して湯船に視線を落とす。

 赤い瞳と目が合った。


「きゃっ……!?」


 驚いてしまい、つい女の子みたいな声をあげてしまう。

 相手はお湯の中でゆらりと笑うと、ゆっくりと浮上してくる。

 青い花飾りを外した金の髪は、アイリスさんだ。彼女は手で顔を拭うと、心底やりきった顔で、


「アルジェ、か〜わいい♪」

「……おどかさないでください」

「あ、ごめんごめん。機嫌直して?」

「いえ、怒っているわけではないですよ」


 大げさな動きで両手を合わせて、けれど表情は悪びれない様子だ。真剣には謝っていないけど、どこか愛嬌が合って嫌味がない。

 元々怒ってはいないというか、驚いたという方が気持ちとしては大きいので、咎めるようなことはしない。

 それよりもいつの間に湯船にいて、僕の側まで来ていたのだろう、この人。そっちの方が気になる。


 こうして側に来られて相手をしていると、サツキさんとあらゆる意味で真逆だと分かる。

 艷やかな黒の長髪と対照的な鮮やかな金色のショートヘア。

 あらゆる意味で大きな身体と反対に小さな体躯。

 サツキさんは強引だけど丁寧できちんと線引きをしていて、アイリスさんの方は冷静なようで一気に踏み込んでくる。


 ただ、どちらともとても美しいことは間違いない。

 サツキさんは綺麗で、アイリスさんは可愛らしい。どちらも完成された、違う方向性の美しさを持っている。


 対照的なふたりは自然に並び、湯船に浸かる。

 ひとつひとつの動作がお互いを無意識に尊重して、その上で自分の居場所にきちんと収まっているという印象。相当長く、そして深くお互いを知らないとできないであろう動きだ。なんとなく、そう感じる。

 サツキさんがしみじみという様子で月を見上げる。


「はー、いいお湯ですねぇ」

「サツキは温泉好きだね」

「ええ、昔から。……アルジェちゃん」

「……あ、はい」


 ふたりだけの世界を形成しているような雰囲気があったので、突然声をかけられて反応が遅れた。

 サツキさんは僕の反応の遅れに対してなにも言わず、むしろ優しげに微笑んだ。そして今度はクズハちゃんへと手を振って、呼びかける。


「クズハちゃーん」

「はい。なんですの、サツキさん?」


 呼ばれたクズハちゃんはちゃぷちゃぷと湯船を揺らしながら、尻尾を引きずってこちらへとやってくる。水を吸ってだいぶ重そうだ。

 サツキさんはクズハちゃんが近寄ってくると満足気に頷いて、


「おふたりとも、これからどこに行くかって、決まってますか?」

「……とりあえず数日ここにいて、そのあとは首都に行こうかと思っています。いいですか、クズハちゃん?」

「ええ。問題ありませんわ!」

「そうですか……それじゃ、一緒に行きましょうか?」

「え?」

「いえ、私たち首都に住んでるもので。なのでせっかくなので一緒にどうかなと……ね、アイリスちゃん?」

「うん。今それ初めて聞いたけど、いいんじゃない?」


 あまりにも軽すぎる相互理解だけど、たぶん彼女たちはこれが当たり前なのだろう。

 こちらはそうもいかない。まだお互いに、話すことだらけのような間柄だ。クズハちゃんに視線を送ると、彼女は元気よく手を上げ、こちらに言葉を渡してくる。


「私はアルジェさんが行きたいところについていきますわ。誰かもいっしょにというのであれば、それもいいと思いますの」

「……分かりました。それじゃあサツキさん、アイリスさん。お願いしていいですか?」

「もちろん、喜んで」

「うん。よろしくね」


 首都への道のりはクズハちゃんが知っているだろうけど、住んでいるのなら首都そのものの案内はこのふたりに頼んだ方が良さそうだ。

 どちらも吸血鬼で、こうして山奥に平気で入るくらいだから、ふたりとも一定の実力があると見て良さそうだし。

 道中魔物に襲われたりしたときに楽ができそうなので、甘えさせてもらおう。

 そんなふうに打算的なことを考えながら、僕はサツキさんとアイリスさんの両方から差し出される手を握った。クズハちゃんも同じように、ふたりと握手をかわす。

 サツキさんは包み込むように、アイリスさんは遠慮なく触れてきて、こんなところもふたりは全然違うという事実に、少しだけおかしさを覚えた。

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