狐娘のご所望
「直りましたわー!!」
元気のいい声が響き、それによって意識が引っ張りあげられる。
ぼんやりとした視界の中、フリルたっぷりのメイド服を抱えて草原を跳ねまわるのは、狐娘のクズハちゃんだ。
クズハちゃんは今、狐が雪遊びでもするようにぴょこぴょことそこら中を跳ねまわっている。
そうして跳ねるたびに丈の短い、巫女服にも似た和服がひらひらと揺れるけど、ノーパンなのにあんなに動いて大丈夫なのだろうか。
……服が直ったんですね。
テリア盗賊団との戦闘で、クズハちゃんお手製のメイド服のフリルやスカートの端が、僅かに焦げてしまった。クズハちゃんはそれがどうにも気に入らなかったらしい。
食事を終えて一息ついた頃、クズハちゃんは突然「直しますわ!」と言うと、あっという間に僕を裸に剥いて、メイド服を直し始めた。
僕の方は手伝えることもないので、毛布にくるまって眠っていたのだけど……その修復作業が終了したらしい。
「あー……お疲れ様です、クズハちゃん」
まだ眠っていたかったという率直な気持ちを脇に置いて、まずは労う。
ボタン付け程度ならともかく、一から服を制作したり、大掛かりな修復をするような技術は僕にはないので、ここは素直にお礼を言っておくべきだろう。服を作れる彼女がいなかったら、どこに行っても痴女扱いされてしまうところだ。
まあそもそもを言うと僕が元々身に着けていた服やアクセサリが無くなった理由は、クズハちゃんが不意打ちで僕を強火で炙ったせいなのだけど、それはそれで、これはこれだ。
「いえいえ。これくらい。さあ、早速着てみてくださいな!」
渡されたメイド服を受け取って、毛布を脱ぐ。
クズハちゃんに着せてもらったとはいえ、一度着ているものだ。着方は覚えていて、迷う必要はない。そう時間をかけず、ぱぱっとひとりで着替えを済ませた。
「早めに別の服もお作りしますわね。こういうことがまたあったとき、アルジェさんが裸でいなくてはいけませんもの」
「軽く破れるくらいなら、そのままでもいいと思いますけど……」
「ダメですわ! 健全な精神は健全な服に宿りますのよ!?」
なにそれ初耳。
「穴の開いた服や不潔な格好をしていては、心にまで穴が開いて不潔になってしまいますわ! 可能な限り、きちんとした服を着てもらいますからね!」
クズハちゃんの剣幕が凄かったので、僕は黙って頷いて従うことにした。
微妙に実感がこもった感じのお説教なのがまた、有無を言わせない感じだ。やっぱり奴隷生活は苦しかったらしい。
……まあ、作るのはクズハちゃんとブシハちゃんですし。
僕が寝ている間に服ができるというなら、それはありがたいことなので、任せていていいだろう。
できれば動きやすい服を希望したいけど、そこは作り手の気分に任せることにする。こちらは作ってもらう側なので、あまり注文をつけてやる気を削いでしまうのも悪い。
「クズハちゃんがそう言うなら、そうしましょうか」
「ええ、よろしいですの」
曖昧というか、ただ流されただけのこちらの返答にも、クズハちゃんは満足気に頷く。素直な子だ。
「それじゃあ、出発しましょうか」
「あ、待ってくださいな、アルジェさん」
「どうかしましたか?」
「いえ……その。アルジェさんって、目的地は共和国のどこですの?」
「……とりあえず、首都を目指そうかとは思ってますね」
最終的な目的地という意味でなら、「三食昼寝おやつ付きで養ってくれる人の家のベッド」という感じだけど、それを得るためにまず、人の多いところに行こうと考えている。
首都がどんなところにあってどんな名前かも知らないけど、適当に歩いていけば町につくなり旅人に会うなりするはずなので、その時に情報を得ればいい。なんなら出会った人が養ってくれそうな人なら、それでもいい。
「あの、首都に行くのは急ぎですの?」
「いえ、特に急いではないですね」
早くそういう生活がしたいのは本当だけど、そう慌ててもいないのも本当だ。
元々そんなことをしてくれる人がレアな物件だということは分かっているので、焦らずゆっくり探そうとは思っている。
というか、疲れるのは嫌だから適度に休みながら探したい。自分のペースは大事だ。
クズハちゃんは僕の言葉を聞いて、笑みになった。三叉の尻尾を揺らして、どこか安堵したような様子で、
「それでしたら、少し寄り道をしたい町があるのですが……その、構いません?」
意図は分からないけど、クズハちゃんは真剣な様子だ。
思えばクズハちゃんは、随分と長い間ルーツさんにいいように使われていた。
それがどのくらいの期間なのかは分からないけど、その間、誰かと接触したりする機会はなかっただろう。お母さんを埋葬して、すぐに僕のことを追いかけてきたみたいだし。
……まあ、異世界観光というのも悪くないですね。
思い出すのは王国の港町、アルレシャのこと。
潮風が気持ちよくて、ご飯が美味しくて。お昼寝するにはいい町だった。
他の町もああいういい所なら、行ってみるのも悪くない。将来的にどこでゴロゴロして生活するか、参考になるかもしれないし。
「分かりました。それじゃ、案内してもらえますか?」
「ええ! 任せてくださいな!」
クズハちゃんはぺったんこの胸を張ると、鼻息荒く変化した。
着ている服ごと身体の大きさが一気に縮み、身体の形すら変わる。あっという間に四足歩行。狐モードのクズハちゃんが完成する。
「道案内致しますわ。参りましょう、アルジェさん」
「ええ。ネグセオー、お願いします」
とんとんと地面を跳ねるようにこちらにやって来たクズハちゃんを抱き上げて、僕は背後に声をかける。
ちょうど、ネグセオーが地面から起き上がるところだ。彼も僕と同じように、少し休んでいたらしい。
「出発か、アルジェ」
「ええ。もう少しお願いしますね」
「ああ、いいだろう。乗るといい、お嬢さん方」
紳士的な促しに従って、クズハちゃんとふたりでネグセオーの背に乗る。
視線の位置が高くなり、遠くまでが見えるようになった。風が気持ちよくて眠くなるけど、ネグセオーとクズハちゃんは意思疎通ができないので、起きて通訳をしなくてはいけない。
「行きたい町って遠いんですか?」
「ゆっくり歩いて夜に休んでも、明日のお昼には着きますわ」
「そうですか。それじゃあ行きましょうか。どっちの方向ですか?」
クズハちゃんの指示をネグセオーに伝えて、僕たちは旅を再開する。
共和国か。どんな国なのだろう。僕を養ってくれる人が、いるといいのだけど。




