盗賊さんといっしょ
「すっかり日が昇っちまったな。チワワ、任せるぞ」
「了解でさ、おかしら!」
テリアちゃんの言葉を聞いて、チワワちゃんが動く。三人の中では一番細身の身体が木々の隙間へと消えていった。
そして彼が消えたのとは反対の方向に向けて、テリアちゃんが歩き出す。当然のようにダックスちゃんもそれに続くので、僕らは二人を追う形になる。
テリアちゃんのツルツルして触り心地のよさそうな頭を見ながら、僕は質問する。
「チワワちゃん、なにしに行ったんですか?」
「一度夜になるまで身を隠すからな。足跡を消したり、周辺を獣が通ったように偽装しにいったんだよ」
「夜になるまで……って、大丈夫なんですか? 警備隊だって巡回くらいしてるんでしょう?」
「まあな。だがここは比較的監視が甘いんだよ。隠れるところがありゃなんとかなる」
そう言って、テリアちゃんはダックスちゃんを伴ってずんずんと進んでいく。
木漏れ日がテリアちゃんの禿げ頭に反射しているので見失うことはないけど、ついていくのが結構大変なくらい、ふたりの足取りは早い。
……慣れた動きですね。
テリア盗賊団は三人とも、まるで庭でも歩くような気軽さで動いている。
足場も見通しも悪い山中をすいすいと移動する様子は、この山に住んでいると言われても信じられるほど。
クズハちゃんも同じように進んで行くし、ネグセオーも平気そうだ。僕だけが明らかに歩を進めるのが遅い。
今の僕は吸血鬼。身体能力は高いし、体力も結構ある身体だ。けれど慣れない足場では歩きづらい。
時折足を滑らせそうになるので、どうしても歩を進めるのが慎重になってしまう。
「大丈夫か、アルジェ」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます、ネグセオー」
「言っておくが、俺らは待たねえからな」
「お構いなく。ちゃんとついていきますよ」
さすがにそこまでの優しさは期待していない。もたもたしていたらよくないということも解っている。
めんどくさいけど、もう少し頑張ろう。そう思ったとき、ふいに浮遊感があった。
足が地面から離れて、そのまま体勢が崩れる。禿げ頭が視界から消えて、木の葉と青空が見えた。
「きゃ……!?」
一瞬転んでしまったのかと思って変な声が出てしまう。
その考えが勘違いだということは、すぐに解った。
浮遊感は後ろから、浚われるように持ち上げられたことで起こったことだ。上向きになった視界に、ウルフカットを揺らした童女の顔が現れる。
「……クズハちゃん?」
「アルジェさん、お運びしますわ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「お気になさらず。私、分身体ですもの」
言われた言葉の意味は解る。
今僕をお姫様抱っこしているクズハちゃんは尾獣分身で創られた分身だと、そういういうことだ。
首を動かしてみると、本体らしきクズハちゃんが尻尾を揺らしながら先に進んでいくのが見えた。
小さな女の子に運んでもらうというのは、さすがに少し申し訳ない気持ちになる。
ただ、クズハちゃんは今までの動きを見ていると身体能力は高いようだし、この通り分身もできる。
分身は魔力で作るので、体力の消費はないし、燃費もいいらしい。
僕自身が歩くよりも早いし楽なのは本当で、もたついてはいられないのも本当だ。ここは素直に甘えておこう。
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「どういたしまして。お友達ですから、当然ですわ」
当然と言われても、僕にはよくわからない。
僕にとっての当たり前の中に、お友達という単語は無かったからだ。
クズハちゃんも友達がいないのは同じのはずだけど、母親から付き合い方を教えてもらっているという。
あのお母さんはちょっと変な人というか過保護というかそんな感じだけれど、クズハちゃんのことを大切にしていたのは間違いないから、嘘は教えていないはずだ。
向こうが僕のことを友達だというのなら、向こうが友達として扱ってくるのを無下にするのも失礼だろう。何も言わず、頷いておくことにした。
なるべく荷物にならないように身体を縮めて、クズハちゃんの分身に抱かれたまま移動する。
分身クズハちゃんの抱き方や歩き方はこちらへの配慮がきちんと見えていて、抱かれていて苦ではないし、揺れも少ない。浅い揺れが揺りかごのようで、気を抜くと眠ってしまいそうだ。
瞼が落ちて半分くらいになった視界の中で、童女が僕に微笑みかける。
「眠いのでしたら、眠ってもいいんですのよ?」
「いえ……あふ……。大丈夫です、ブシハちゃん」
「ブシハ!?」
「分身のクズハちゃんだから、ブシハちゃん……ぶし……ぶんちゃん……ぶーちゃん……」
「「アルジェさん!? だんだん雑になってきてませんの!?」」
「せめて静かについて来いよお前ら」
本体と分身のふたりで突っ込み始めたクズハちゃんに、テリアちゃんが冷ややかな言葉を送る。
ふたりのクズハちゃんは真剣に頷いて、無言でテリアちゃんとダックスちゃんを追い始めた。僕の方も言葉を発することはやめることにする。欠伸はするけど。
何度目かの欠伸をして、そろそろ本格的に意識を落としてしまいそうになってきた頃に、テリアちゃんの歩みが止まる。
立ち止まった彼の前には、人一人が腹ばいになってようやく通れそうなくらいの穴があった。
獣が無造作に掘ったような穴で、地下ではなく山の中へと向けて空けられた横穴式だ。
「ここは……?」
「俺らが国境を超えるときに使う隠れ家の一つだ。おら、さっさと入るぞ」
ぶっきらぼうにそう言って、テリアちゃんが横穴に入っていく。
続くダックスちゃんは少し横幅が大きいけど、それでもなんとか通れるらしく、穴の中へと消えていった。
穴の中がどれくらい深いのかは解らないけど、来いというのだからスペースには余裕があるのだろう。
「アルジェさん、先に行っていますわね」
「ええ、分かりました」
クズハちゃんは物怖じすることもなく、小さな身体を穴へと滑り込ませてゆく。
残った僕は分身クズハちゃん、略してブシハちゃんに降ろしてもらって、みんなに続くことにした。
隠れ家とは言うけど、どんな構造になってるのかな。
「俺は外で待っているぞ」
ネグセオーの渋い声に見送られて、僕はテリア盗賊団の隠れ家へと入っていった。




