吸血鬼さん、夜のお散歩に出る
三日前の更新がミスってまして新着に上がってないようなので、ブクマ登録してる人でも前話を読めてないかもしれません。心当たりあったら1話戻って読んで貰えると幸いです。
お手数お掛けして、申し訳ございません。
眼下に広がる景色は、夜の暗さ。頼れる明かりは月の光だけ。
けれど吸血鬼の瞳はそんな暗さをものともせずに、僕に正しい情報を与えてくれる。
見えているのは小さな村。家の数は二十も無い。
どの家の周りにも畑があり、農村という言葉がぴったりと当てはまる。
匂いから察するに、今いる地点の周囲にも、いくつか小さな村があるようだけど……ここが一番規模が大きくて、クズハちゃんの住むオンボロ小屋が近い。
彼女の母親がここにいる。そう考える一番の理由は、村の中央にある二階建てのお屋敷。
周辺の家が木造なのに、そのお屋敷だけは煉瓦らしきもので組まれている。小さなお城といった風情だ。
屋敷から漂ってくる香りには、明らかに人以外のものが含まれている。
……獣の臭いですね。
人以外の動物。或いはその属性があるもの特有の獣臭さが、ほんのりとだけど感じられる。その上で、獣臭さを押し込めるような甘い香り。
たぶん、僕のような嗅覚が鋭い種族でなければ解らない、独特の匂いだ。クズハちゃんの匂いも、今感じているものに似ていた。
クズハちゃんに似た、クズハちゃんではない誰かの匂い。母親以外あり得ないだろう。
蝙蝠の身を飛ばして、屋敷へと近寄っていく。
空から見渡した感じだと見張りはいない。小さな村だから、そんな人員もいないのだろう。さすがに屋敷の中は警備がいるのかもしれないけど。
人がいないことを確認してから、手近な窓へ突っ込んだ。割ったりはしない。直前で肉体を霧化する。
文字通り霧のように、窓と壁の隙間から屋敷の中へ。
「簡単でしたね」
人の姿に戻り、まずは一言。
見たところ、屋敷が建てられてから結構時間が経ってるようだ。
周りの家が木造平屋なことも加味すると、ずっと昔に見栄を張って慌てて建てた……というところだろうか。
古いだけでなく全体的に造りが荒いようで、閉められた窓にはほんの少しだけど隙間があり、そこから簡単に侵入できてしまった。
「霧にでもならないと入れないような隙間ですけどね」
霧とか液体とか、そういうものなら入れる程度の隙間だ。人の侵入を阻むなら十分だろう。僕にとっては十分な隙だけど。
人間の匂いはほとんどしない。やはり守っている人間の数は少ないようだ。
明らかに田舎だから、当然か。これなら堂々と歩き回れそうだ。
月光を反射する自分の髪の毛を軽くかきあげて視界から退け、僕は屋敷の中を歩き始める。
素肌に夜の空気は少し冷たいけれど、歩くのに邪魔だから毛布は出していない。
……早めに服を手に入れた方がいいですね。
いつぞやみたいに痴女扱いされるのは避けたい。
僕は今、やむを得ず服を着ていないだけで、別に見せびらかしているわけではないのだから。積極的に隠そうとしてもいないけれど。
このお屋敷に侍女のような人がいれば服くらいはあるかもしれないけど、他の用事もあるのに探すのは面倒くさいし、僕みたいな小さい子用のサイズがあるかどうか解らない。今回は諦めよう。
「ふむ……」
屋敷の中に入ったことで、獣臭さがより強く感じられる。
足元、床から立ち上ってくるような香りは、ここよりも下の階に探し人がいることを示していた。
今、僕が歩いているのは一階だ。これよりも下というと、地下ということになる。どうやらこのお屋敷、地下室があるらしい。
地下なら入り口を探さないといけない。僕の嗅覚では大体の方向は解っても、正確なルートは把握できないからだ。うーん、面倒くさいなぁ。
屋外なら臭いが流れてきた方角に向かって進めば良いけど、屋内ではそうはいかない。
周囲には壁や床があり、行きたい方向には直線ではなく階段や扉を通らないと行き着けないのだ。
面倒くささを感じ、来たことを少しだけ後悔して――そこで、違和感を感じた。
肌を刺激されるような感覚。これは覚えがあるものだ。それも、今日覚えたばかりのもの。
クズハちゃんと遊んだときに感じたものと同じ感覚。魔力の残滓とでも言うべきもの。
「……呼ばれてる?」
なんとなく、そんな気がした。
小さな子供に手指を掴まれて引かれるような、微かな感触。
とても弱いけど確かに感じる。その感覚に従って、僕は月明かりの差す廊下を歩いた。
いくつかの扉を通りすぎて、ある扉の前で足を止める。ここに来るまでに通った他の扉よりも、少しばかり大きなものだ。
軽く押せば開いたので、中を覗いてみる。広い縦長の部屋で、中心には大きな長方形のテーブルがあった。
テーブルは大きな白いクロスで覆われていて、一定間隔で三ツ又の燭台が置かれている。
「食堂ですか」
指を引っ張られる感覚はまだ続いている。食堂に入って、テーブルを迂回して更に進む。
入ってきたところとはちょうど逆側にある扉を開けると、今度は調理場だった。
フェルノートさんの家のキッチンよりもずっと広い。設備も整っている感じがするので、たぶん拘って造られているのだろう。
竈は大きく、それも二台。オーブンも大型。保冷庫も、フェルノートさんの家にあったものの二倍は収納できそうだ。
壁に取り付けたフックにかかっている調理器具は、包丁だけで十を越えている。
吊るされた包丁の並びは刃渡りの短いものほど右で、長いものほど左。調理場を預かる人間の几帳面さが伺い知れる配置だ。
……ここでも無いですね。
少しずつ嗅覚への刺激が強くなっているので近づいてきてはいるようだけど、まだ薄い。魔力の感覚も消えておらず、肌を刺し続けている。
厨房を眺めるのはほどほどにして、感覚のナビが示す方へと歩を進めていく。たどり着いたのは保冷庫の隣にある、こじんまりした扉だ。
さすがにここまで来れば、次の部屋がなんなのかくらいは想像が付く。
「食糧庫ですか」
保冷する必要が薄い食材を保存するためのスペースだろう。
扉の向こうから感じる匂いはツンとしたものだ。これはタマネギの臭いかな。
ただこの扉が、食糧庫にしては妙に厳重だった。
錠前は三つ。扉そのものも明らかに分厚い金属製。まるで人の出入りを拒むかのような造りだ。
食糧が大事なのは解るけど、普通ここまでするだろうか。
「普通じゃないなら、この先にあるものも普通じゃないかもしれませんね」
独り言を置き去りにするように、身体を影に変える。
影は文字どおり影だ。厚みはなく、どんな隙間であろうと入り込むことができる。おまけに時刻は夜で、調理場には明かりは灯っていないので真っ暗闇だ。
影化の技能レベルが高い僕は太陽の元でも影になることが出来るのだけど、やはり影に溶け込むように変化する方が疲れない。条件さえ整っていれば、影化は一番疲労のない変化系技能なのだ。
そんなに早くは動けないけれど、影のまま移動も出来る。僕はゆっくりと、食糧庫へと侵入した。
魔力の流れは段々と強く感じられてきている。
どうやらこの人探しも、終わりが近いらしい。




