ビヨンド・ザ・放置プレイ
ビヨンド・ザ・放置プレイ
一通り放置を楽しんでから、僕は彼女に声をかけた。
「ええと……何て呼んでたんでしたっけ。確かつるぺた……つるつるぺたぺた?」
「つるぺたはキミには言われたくないんだよぉ!」
確かに僕も胸は全然ないというか、頑張って寄せればちょっと主張ができる程度だけど、あんまり気にはしていない。向こうは違うようだけど。
「呼び方気に入らないなら、お名前教えてくださいよ。……何で早く言わないんですか?」
「今のボクが悪いのぉ!? ぼ、ボクの名前はクロム! クロム・クライム!! 『呪い風のクロム』だぁ!」
「酷い風邪のクロム?」
「の、ろ、い、か、ぜ!! お前わざとやってるだろぉ!?」
いや、そんな二つ名だか芸名だか解らないものまで聞いてませんし、どうでもいいですよ。
クロムさんは色々と喚きながら必死で暴れているけど、せいぜい縄が揺れて、吊るされている本人がキーホルダーみたいにぷらぷらするだけだ。
時折風の魔法を使って縄を切ろうと試みてもいるようだけど、何度唱えても血の縄は傷付かない。
縄はかなり硬く作ってあるから切るのは無理だろう。鋼鉄製のワイヤーと同じくらい、頑丈にできているはずだ。
「クソ、なんだよこれぇ! なんで切れないんだぁ!」
「特別製ですから、それくらいでは切断できませんよ?」
特別製と言っても、ミノタウロスの血を使っているのは関係ない。強度はブラッドアームズのレベルに依存だ。
そのあとも暫くクロムさんは頑張っていたけど、どうやっても無理だと理解したのか、やがて大人しくなる。
「ぐ、くぅぅ……」
「降ろしてあげても良いですけど、二つ約束してくれません?」
「な、なんだよぉ……」
最初全く会話する気がなかった彼女が、随分と素直に聞いてくれるようになった。やっぱり放置が効いたかな。
ここまでやってなお、話を聞いてくれそうになかったらオズワルドくんに任せるつもりだった。
その場合彼女がどうなるかはなんとなく解ってるので、聞いてくれる気になって良かった。さすがに目の前で人間が殺されるのは、少し抵抗がある。
密猟者の方は知らない。元々自業自得だし、わざわざ助けに行くのはめんどくさい。僕の目の届かないところなら、死なれても別に心は痛まないから放置で良いや。
そういう結論をして、僕はクロムさんに向けて言葉を作る。
「ひとつは、もうこの森に害を成さないこと。もうひとつは……貴女の血、飲ませてもらえませんか?」
「血、血をぉ……?」
「はい。吸血鬼なので、必要なんですよ」
吸血衝動はまだ出てないけど、飲んでおけばまた数日は安心だ。機会があるときにきちんと補給しておきたい。
相手から感じる古い血の臭いが強すぎて本人の血の匂いが解らないけれど、見たところ人間だ。人間の血なら、きっと美味しい。
フェルノートさん以外の人間の血を飲めるかもしれないと、少しだけ期待もしてしまう。我ながらもうすっかり吸血鬼じみてきていた。
「ちなみに、僕の名前はアルジェント・ヴァンピールと言います。アルジェで構いませんよ」
「吸血鬼ぃ……アルジェント、ヴァンピールぅ……」
クロムさんは飴玉を転がすようにゆっくりと僕の種族と名前を口にすると、そのまま俯いてしまう。
俯いたところで、ぶら下がってるから顔は見えるんだけど。眉間にシワを寄せて、ちょっと不機嫌そうだ。親指でグリグリして伸ばしたい。
「……解ったから、降ろせよぉ」
「では、直ぐに」
血の縄を操作して、クロムさんを地面に降ろす。
女の人なので、傷付けないようにゆっくりと丁寧に。転がすのではなく座らせるように降ろした。
それからブラッドアームズを解除すれば、彼女を縛り付けていた縄は跡形もなく霧散する。
解放した瞬間逃げるという可能性も考慮していたけど、そんな素振りはない。クロムさんは鎖が完全に消えるのを眺めてから、こちらを少し睨み、顔を背けただけだった。
……嫌われちゃったかな?
「……ん」
「にゃ?」
「んっ!」
「はい?」
「見てわかんないのかよぉ! 噛むなら早くしろぉ!」
あ、なるほど。
僕からは顔を背けてるように見えたけど、相手は首を差し出してつもりだったみたいだ。
……噛み付いて飲まなくても良いんですけどねー。
フェルノートさんには毎回、血をティーカップに注いでから貰っていた。ようは飲めれば何でも良いのだ。だから僕も「吸血させて」とは言わずに、「飲ませて」と言っているのだし。
ただ、相手の方は噛み付かれる気でいるらしい。抗議するような言葉を飛ばしてきたあと、また首をこちらに向けて黙っている。
別に指先をちょっと傷付けてもらえれば良いんですよ。そう言おうと思ったのだけど、クロムさんの首を見ているとふつふつと心の奥からある感情が現れ出てきた。
彼女の首はほっそりとしていて、とても柔らかそうだ。
暗いと言うかどことなく粘っこい喋り方とは裏腹に、肌は綺麗で明るい色で血の巡りが良さそうに見える。
彼女の首筋を眺めて沸き上がる感情。それは、飢餓感だ。
吸血衝動が出てるときの飢餓感とは違う。大好物が目の前にあるときと同じ種類の飢餓感。味わいたいという、単純な欲望。
……美味しそう。
そう思ったときには、僕はごく自然な動きで彼女の側に近寄っていた。
相手はなにも言わない。こちらに視線を寄越すこともない。
だから、遠慮はしないことにする。




