転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい
「……へくち!」
風に乗ってきた葉っぱがむず痒くて、くしゃみが出てしまった。
「アルジェさん、風邪ですの?」
「うーん、どうなんでしょう。健康ですから、噂話かもしれませんね」
心配そうな顔をするクズハちゃんに、僕は軽い調子で応える。
帝国との戦いからしばらく経って、僕は青葉さんとの約束通りにシャーウッドという国に招かれていた。
転生した青葉さんが住んでいる危険な魔物たちを文字通りに実力で統治することで生まれた国は、まだ発展途上ではあるものの、風が気持ちよくてご飯が美味しい。
気候も安定していて、お昼寝には最適だ。ロリジジイさん、なんでここに転生させてくれなかったんだろう。
シャーウッドの女王であり、転生前からの知り合いでもある青葉さんがやや呆れたように溜め息を吐いて、
「アルジェさんは、大体寝すぎですからね。身体が冷えたのでは無いですか?」
「ふふ。でしたら今日のご飯は、あたたかいスープがいいかもしれませんわね」
「……まあ、クズハちゃんのご飯は美味しいですから、なんでも歓迎ですよ」
主に手に入る食材は果物や野草、キノコの類だけど、クズハちゃんが毎日狩りに出て肉も捕ってきてくれる。
文明からは少し遠い生活だけど、それほど不自由はない。なにより、大事な友達が傍に居るのだ。
「ネグセオーは、今日は人参でいいですか?」
「ああ。ここの人参は美味いぞ、今度オズワルドのやつにも送ってやってくれ」
調理したものも美味しいので、生でも美味しいのだろう。今度、サラダとか酢の物にして食べてみてもいいかもしれない。
僕はネグセオーの黒くて艶やかな毛並みを撫でて、懐から一枚の封筒を取り出した。
「アルジェさん、それは?」
「この間ゼノくんが届けてくれたお手紙です。結婚式の招待状らしいですね」
「結婚式、というと……ギンカさんとシオンさんですわね」
反乱軍の長として、あの戦いを一緒にくぐり抜けてくれたふたり。
もう戦う必要はなくなったのでギンカさんの故郷である共和国で落ち着いているらしいふたりは、今度結婚するつもりらしい。
「出不精な僕ですけど、さすがに祝い事は顔を出さないといけませんね」
「アルジェさん、そういうところは昔から変に律儀ですよね……」
「おめでたい席ですし、ウエディングケーキがサツキさんの特製というのは気になりますしね」
あのハイテンションな吸血鬼店長がどんな派手なケーキを作るのか、少しばかり興味がある。
さておき、その日程はまだ先の話だ。正装のひとつでも用意するべきなのだろうけど、それは今度またゼノくんに頼めばいいことだろう。
「はぁ、まだまだ寝足りないんでちょっと寝ますね」
「アルジェさん、さっきまで爆睡してませんでしたっけ……?」
「一日三十時間くらい寝ないと調子が出ませんから」
「だからそれは物理的に無理だってずっと言ってますよねえ!?」
じゃあ永遠に満たされないと思うので、少しでも満足するために寝ておこうと思った。
青葉さんを無視して完全に寝る姿勢に入った僕の隣に、狐耳を揺らしてクズハちゃんがやってくる。
「アルジェさん、お隣いいですの?」
「あ、どうぞどうぞ」
「クズハちゃんまで!?」
「だってアルジェさん、あんまりにも気持ちよさそうなんですもの。見ているこちらまで眠くなってしまいますわ」
「えへへ、照れるなぁ……」
「一応言っておきますけれど、褒めてはいませんわ、アルジェさん……」
おかしいな、褒めてもらえたと思ったのだけど。
だって目の前にある友達は笑顔で、楽しそうだ。こっちまで胸が満たされるような、優しい微笑みをしている。
「……えへへ」
「……ふふっ」
どちらともなく笑いあって、僕たちは手を結ぶ。
お互いの体温が確かに感じられて、胸の奥が満たされていくのを感じる。
「ふっ。本当にお嬢さんたちは仲がいいな」
「だって、仲良しですから。ね、クズハちゃん?」
「ええ、私たちとっても仲良しですもの」
「うう、なんかずるいです! 私も混ぜてください!」
青葉さんが空いている方の隣に寝転んでこちらを抱き寄せてくる。
それを嫌だと思うことなく、僕は素直に受け入れた。
幸せな時間を撫でるようにして、心地のいい風が吹いていく。
草木と髪を揺らす風に誘われて、僕は瞳を閉じた。
……幸いです。
転生して、初めは面倒くさいと感じることの方が多くて、どうして僕が選ばれたのかと疑問に思った。
けれど今は、この世界に来てよかったと思っている。
あの世界では決して得られない幸いを、得ることができたから。
傍に居てくれる大切な人だけでなく、その有り難さに気付いて、幸せだと思えるだけの心を持つことができたから。
この幸せな気持ちで満たされている限り、僕はきっといつまでも笑っていられるだろう。
本当に安らいで瞳を閉じられる場所を、ようやく見つけられたから。
眠りの気配に身を任せて、僕は意識をゆるやかに手放していく。目を閉じていても大切な人たちの温度と匂いが感じられることに、ひどく安心する。
過去は消えず、世界は変わっていく。
それでも、僕はこの世界で生きていくのだ。
アルジェント・ヴァンピールとして、大切な人達と一緒に。
「……ふぁぁ」
大好きな人たちが、傍にいてくれるから。
もう、過去の後悔を夢に見ることは無い。
「……おやすみなさい」
幸せな眠気に誘われて、僕はお昼寝の気持ちよさに身を任せる。
あたたかな幸せが、いつまでも僕の心を満たしていた。
さてさて、ここからはいつもの蛇足ですので読まなくて大丈夫です。
転生吸血鬼さんはお昼寝がしたいをここまで読んで下さり、ありがとうございます。
元々このお話は、私にとって創作歴10年目の節目として、大好きな吸血鬼という題材で今の流行りをちょっと追ってみようという感じでした。
最初は吸血鬼が日光の下ですやすや眠ってたら面白いかもなーとかそんな感じのテンションでしたが、随分話が大きくなってしまいましたね。
アルジェント・ヴァンピールというキャラクターは、私のデザインしたキャラクターの中でも屈指の受け身キャラで、動かすのには苦労の連続でした。
たぶん今までに書いた物語の中でも、一番苦労したと思います。クズハちゃんをはじめとして引っ張ってくれる子が周囲にいたからこそ、書ききることができました。
私もアルジェも多くの人に支えられて、この旅路を終えることができました。ネタ出しなどを含めて約3年と半年という執筆期間は、私の創作人生の中でも一番長いです。
このお話は、アルジェという子が幸せを知るためのお話です。安らかに眠るための、お話でした。
だけどきっと、誰もが幸せになりたくて生きているのだと思います。
アルジェが吸血鬼として永遠の安らぎという幸せを手に入れたのに対して、テリア盗賊団やゼノくんの存在は、限りのある命の幸せを体現したキャラクターでもあります。
過去は変えることは出来ず、失われていくものもあり、それでも、きっとこれからもあの世界は積み上がっていくのだろうなと、そんなことを思います。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
この3年と少しという時間は、私にとってかけがえのないものとなりました。
それではまた、どこかでお会いできると嬉しいです。
すべての人に安らかな眠りがありますように。
ちょきんぎょまるでした。
……おやすみなさい。




