久遠にありて
「本当、セキュリティが脆いにも程がある牢屋だな」
転生者として、漏れる感想はそれだ。
牢屋に入れられたと言っても警備はお粗末で、セキュリティも甘い。
戦争を引き起こした重要人物として特別な施設に入れると言うからどんなものかと思えば、大したことは無い。
出る気になれば直ぐにでも出られるような状態で、僕は綺麗とは言えないベッドに横たわった。
「……帝王様は、無事に逃げられただろうか」
あの時、『鉄巨人』の自爆装置は不発だったけれど、脱出装置は間違いなく作動した。
戦争を起こした罪人として裁きを待っている身である僕には外の情報が入ってこないので、帝王がどうなったのかは分からない。
「……ああ、もう。言われてから気付くんだもんな」
思い出すのは、玖音の家から転生した仲間とも言える相手に言われたこと。
……大事な人だったんだ。
僕にとって、帝王様という存在は本当に大事だったのだろう。
そして僕は愚かにも、彼女のことを自分が玖音であることよりも優先してしまった。それは確かに、玖音という家の人間にはない感情だ。
「本当に、我ながら鈍感だ」
今更自覚しても、既に遅い。
僕はもうこの世界で数え切れないほどの過ちを犯した。
それは僕が望んで、結果として積み上がったもので、後悔はない。思う通りに生きたのだから、悔やむべきでもない。
だけど、そんな僕でもあと一度、たったひとつだけ叶うのならば。
「もう一度くらい、君と話をしたかったよ、帝王様――」
「――一度と言わず、何度でもできるとも」
「!?」
唐突に聞こえてきた懐かしい声に、驚いた。
幻聴かと思ったのは束の間。声には足音が確かについてきていて、やがて牢屋の前に見知った人が現れる。
「帝王様……!?」
「うむ。久しぶり、というほどでもないか、クロガネよ」
「ど、どうしてここに……」
「……自分の意思で、ここに来た」
意外だった。
彼女は聡明だ。掲げている理想というか野望は大きすぎるほどで、バカげてさえいるけれど、愚かではない。
僕の意図を察して、さっさと逃亡してくれていると思ったら、危険を犯してまでわざわざ会いに来るなんて、彼女らしくない。
「クロガネ。私は、なにもかも失ってしまったよ」
「……ごめん。僕のせいだ」
彼女はなにも持たずに生まれてきた。
両親からの愛も、世界からの祝福もなく、だからこそ世界中をその手に求めた。
そうして実力主義の帝国でのし上がり、前王を暗殺し、その地位にたどり着いた。技能の助けもなく、努力と、知恵だけで。
彼女が積み上げたなにもかもを、僕は守ることが出来なかったのだ。
こうして顔を合わせてみれば、深い後悔と、悔しさがある。
「気にするな。お前はよくやってくれた」
「でもっ……」
「……なにもかも無くなって、少しだけ考えたんだ。私が、今一番必要なものはなんだろうかと」
「帝王様……?」
鉄格子の向こうにいる相手の瞳は揺れている。
言葉を探しているような、あるいは自分の気持ちを確かめているような、迷いのある瞳。
ゆっくりと、選ぶようにして言葉が紡がれる。
「国だろうか、未だに私を慕ってくれる『元』帝国の民だろうか、あるいは強い武器だろうか……いろいろなことを考えたとき、最初に明確に浮かんだのが、お前だったのだ」
「っ……!」
「覚えているか、クロガネ。初めて会ったとき、私たちはお互いに孤児で……私はなにも持たず、お前は多くを持っていた」
「……ああ、もちろん覚えているよ」
転生した僕には、初めから大きな力があった。
孤児という身の上ではあったけど、転生したことによって得た技能によって、苦労や不自由はなかった。
しかし、彼女は違う。世界の祝福を受けていない彼女は技能を持たず、他の孤児以上に辛く、惨めな生活だった。
そんな身の上でありながら、彼女はこの世界を「美しい」と言って、強く焦がれて、手を伸ばそうとしていたのだ。
「あの時、お前は私に言ってくれた。……覚えているか?」
「……君にその力がないなら、僕が代わりにそれを振るおう。そうすれば、それはもはや君の力と同じことだから」
「……あの言葉は、今でも有効か?」
ああ、なんだ。
僕はとっくに、決めていたんじゃないか。
あの時彼女に出会って、惹かれてから。
「……玖音としてじゃなかったのか」
そもそも、この世界に玖音の家は存在しない。だったら、誰が僕をそんなものとして認めてくれると言うんだ。
きっとあのときから、僕はただの僕として、彼女に認めて欲しかったのだ。
「……帝王様。まだ、世界の全部が欲しいと思ってる?」
「……分からない。だが少なくとも……今の私には、お前が必要だと思う」
瞳から見えるのは、道に迷った少女のような不安げな感情。
なんのことはない。僕と同じで、彼女もまた、悩んでいるのだ。
だから、言うべきことは決まっていた。
「僕はしがない技術屋で、ものを造ることくらいしかできない、とても王様の望みすべてを叶えるなんてできないような男だ」
「……クロガネ」
「……でも、君が地の果てを見たいと望むなら、車を造るよ。空の果てを見たいなら、飛行船を造る。そして海の果てを見たいと言うなら、船を造ってみせる。多くの人と共にありたいなら、城を造って……どこかで落ち着きたいと言うなら、家を造るよ」
「……ああ」
「君が望んだものの助けになるものを、僕はきっと造ってみせる。だから……もう一度、手を伸ばしてくれるかい?」
「ふふ。なんだかまるで、告白のようだな」
「え、いや、そんなつもりで言ったわけじゃ……!?」
予想外の返しに、ちょっと狼狽えてしまう。
我ながら、少しばかり気取りすぎの言葉だっただろうか。やはり僕は技術屋で、弁舌は苦手だ。
「……檻を開ける。下がっていろ、クロガネ」
「ああ。別にそれは大丈夫だよ」
この程度の檻なら、王の手を煩わせるまでもない。
気軽な動作で鉄格子に触れれば、それだけで鉄の棒はあっさりと曲がる。
「ま、技能を使えばこれくらいはね」
その名も物質操作。触れているものの形をある程度操れる技能だ。
生物には効果がないし、魔具のように持ち主が定まったものも操ることはできないけれど、道具なしで機械部品を作成したり、今のように邪魔っけなものを退かすくらいはできる。
「相変わらず、私から見ればまるで手品だ。羨ましいことこの上ない」
「僕のものは、君のもの。だからこの力も、君のものだよ」
伸ばした手が確かに受け止められることを嬉しく思いながら、僕は牢屋をでる。
きっと大騒ぎになるだろうし、お尋ね者として追われる身にもなるだろう。
これから先になにが起こるかは分からず、肝心の仕えるべき主の方針も「考え中」と来たものだ。
「……息をしているから、か」
なにかを成すまで生きていればいいと言ってきた、銀色の少女のことを思い出す。
彼女はきっと、これを見つけたのだろう。幸いという、ひとつの答えを。
「……僕もそうするよ、アルジェちゃん」
「なにか言ったか、クロガネ?」
「ううん。なんでもないよ。それじゃ、さっさと逃げ出すとしようか」
あのバカな吸血鬼に負けを認めるようで本当に癪だけど、触れているぬくもりはなんとも手放し難いから仕方がない。
これから先の道で彼女がなにを選ぼうとも、僕は傍にいよう。
道行きの向こうになにがあるか分からなくても、彼女と一緒なら、歩んでいけるはずだから。




