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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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戦後の苦労人

「……だああっ、もうっ! なんでこんなに書類があるのよ!!」


 だんっ、と強く机を叩くと、書類の山が崩れた。

 溜め息を吐きながら紙を集めて、もう一度山を作り直すのは古い知り合いだった。


「フェルノート殿。怒っても書類はなくなりませんぞ」

「サマカー、そう思うなら少しは手伝ったらどうなの……それかあなたの妻ひとりくらい貸しなさい! 何人かいたでしょ、書類仕事できる子!」

「キレているとはいえ、無茶を言う……うちの妻たちは、私のためにしか動きませんよ」


 うっさい、私だって分かってるわよ。

 だけどこの書類の山を前にすれば、文句のひとつも言いたくなるというものだ。


「そもそも、なんで私が宮仕えに戻ってるのよ! もう引退したって言ったでしょうが!」

「私にそう言われてもな……あんなに盛大に帝国と大立ち回りを演じて、担ぎあげられないと思う方が間違っていると思いますが?」

「うぐっ……し、仕方ないでしょ、そういう雰囲気だったんだから!」

「相変わらず、そういうのが向いてない人だ」


 向いてないから大して出世できず、失明を機に引退したのに、どういうわけか王国騎士に逆戻りだった。

 しかも気楽な現場ではなく、書類の山と戦ったり、新人を教育する後方での退屈な仕事。

 おまけに行く先々で英雄として祭り上げられるときている。なにこれ、今すぐもう一回引退したい。


「見る人が見れば、脱落した騎士が颯爽と救国の英雄として返り咲き、今は後方でエリートコースでしょう。羨ましがられますよ」

「私はそういうの苦手なのよ! 知ってるでしょ!?」


 なんだかんだ、この変なキノコ頭との付き合いは長い。

 何度も腹芸ができないことを注意されたし、最後にはいつか誰かに嵌められて戦死しないか心配だから嫁に来いとまで言われた。

 もちろん求婚はぶん殴って断ったし、好きかと言われるとそうでもないけれど、たまに酒を飲むくらいには嫌っていないので扱いに困る相手でもあった。向こうの方が口が上手くて腹立つし。


「まあまあ、良いでは無いですか。後方なら休みもある程度は自由が効きます。休暇をきっちり取って、その間は好きな人と過ごしたり、趣味にでも使えばよろしいのでは?」

「……そう言われて悪くないと思うから、あなたのことあんまり好きじゃないのよ」

「昔から容赦ないな、君は……」


 微妙に素に戻る辺り、相手もこっちに対して複雑なのだろう。

 とはいえ、こうして様子を見に来てくれる辺り、世話好きな男なのでモテるのも分かる。だからと言って一夫多妻はどうかと思うけれど。


「……楽しそうねぇ、あなたたち」

「……今、私は機嫌が悪いの。なによりここは陛下がいる王宮よ。今すぐ立ち去らないと、斬るわ」


 聞こえてきた異物の声に、私は即座に反応した。

 抜いた剣を虚空に向ければ、切っ先の向こうで相手の姿が現れる。


「……金色の吸血姫!?」

「はぁい、元……いえ、今はまた王国騎士なのかしら?」

「……なんであなたがここに居るのよ、エルシィ」

「あら、私だってなんでここに来たのか知りたいわよ。アルジェントの匂いを追っていたら、どういうわけかここに辿りついただけよ?」


 かくん、と可愛らしく首を傾げる仕草は麗しいけれど、それは見た目だけ。目の前にいる存在は、邪悪そのものだ。

 帝国との戦いが終わっても、相変わらずこういう脅威は野放しにされている。ああ、どうせなら現場に戻ってこういうやつらを斬りたいのに。


「アルジェと血の契約を結んだから、そのせいでしょう」


 アルジェの匂いを辿ってここまでやってきたというなら、たぶんそれは私とアルジェの間に契約があるせいだ。

 残り香のように、あるいは従者の証であるように、主側であるアルジェの匂いが私についていても、不思議はない。


「ふぅん……なるほど、じゃああなた、今はアルジェントの従者なのね」

「形だけよ。でも、技能の効果はきちんとある。今の私なら、あなたでも殺せるかもしれないわよ、そこのキノコも盾にはなるしね」

「私の扱い何気にひどすぎやしないかね!?」

「あら、怖い。でもやめておくわ。面倒だし、私もまだ完全ではないもの」


 どうやらお目当ての相手がいないことでやる気を失ったらしく、エルシィはどうでも良さそうに吐息した。

 相手は金色のツインテールを揺らして、言葉を追加する。


「あなたも大変ねえ」

「……なにがよ?」

「いいえ、これから王国のためにずっと尽くすのだと思うと、さすがに少し同情するなって思うだけよ」

「……隠居のことくらいは考えてるわよ。こっちはそっちと違って歳だって取るんだから、早めに引退するとは陛下にも伝えてあるわよ」


 なし崩しで元に戻ってしまったけれど、私だって一度は引退した身だ。

 そもそも貯金はあるし、宮仕えにも未練はなかったのだ。ただ一度は仕えた相手である陛下に面と向かって食い下がられて、断りきれなかったというだけに過ぎない。

 十年後か二十年後かはともかく、早めに仕事を辞めるつもりはあるのだ。もちろんその間もできるだけ休暇は取って、アルジェに会いにいくつもりだし。


「え?」

「……え?」


 なにかおかしい。具体的には相手の表情が、驚いているように見える。

 どこか致命的に噛み合わないというか、前提を間違えているような感じがする。


「……一応確認なのだけど、あなたはそのうち、年齢を理由に引退する気なのよね?」

「え、ええ。陛下もある程度の年齢になったら引退していいって言ってくれたわよ」

「……あなたの王様、もしかして私より性格が悪いんじゃないかしら」

「さすがに陛下の悪口は、降ろした剣をもう一度構える理由になるわよ」

「いいから、最後まで聞きなさい。さすがに可哀想だから教えてあげるけど、あなたはもう歳を取らないわよ」

「……はい?」


 聞こえてきた衝撃的な言葉に、思わず聞き返してしまう。

 エルシィはやれやれという感じで首を振って、


「血の契約を結んだ相手は、その契約者が滅ぶか、なんらかの理由で命を落とすまで、劣化しない命になるのよ。不老の存在である吸血鬼の従者が、年齢を理由に引退なんてしていたらキリがないでしょう?」

「……それ、じゃあ」


 さあ、と血の気が引くのが自分でも分かった。


「ええ。あなたはもう歳を取ることはない。あるのは誰かに害されて滅ぶか、主であるアルジェントの死によって自壊するかの二択。……もう一度言うけれど、それを知っていて歳をとったら引退していいなんて言ったとしたら、あなたの王様はかなり意地が悪いと思うわ」

「な、なっ……なによそれええええええ!?」

「お、落ち着けフェルノート! 逆に考えよう! ほら、これ以上行き遅れる心配がなくなったじゃないか!」

「そういう問題じゃないわよ、このキノコ! それ、それじゃあ、私は……」

「年齢を理由にできない以上、ずっと王国のお偉いさんをやることになるわね」


 しれっとした顔で絶望的なことを言われた。

 陛下は博識な人だ。知らないはずがない。つまりなにもかも計算済みだったということだ。


「あ、あ……もおおおお! こんなことなら青葉に頼んで姿をくらませればよかったあああああああ!!」


 叫んでみたところで、時すでに遅く。

 私は怒りに任せて、もう一回書類の山をぶちまけた。


 ああ、どうやって陛下を説得しよう。

 私だって、早く隠居してのんびり昼寝でもして暮らしたいのに。

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― 新着の感想 ―
[一言] フェルノートさんは一時期はアンジェのヒーローだと感じてましたけど、ここまで不遇の扱いされるとはなんと不憫な…
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