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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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久遠の約束

「会いたいと思っておったじゃろ。だから、余った権限で叶えてやろうと思うての」

「っ……ど、どうしていきなり?」

「……本来であれば、わしは三つの神の権限……いわば奇跡を使い、クロガネ・クオンが神の世界に足を踏み入れるのを阻止する予定であった。そしてその機会は……まあ正直に言って、いくらでもあったのう」


 神子さんの言う通りだ。

 どこまでの無茶が通じるのかは不明だけど、ここまでの奇跡を起こせるのなら、クロガネさんを止める機会などいくらでもあっただろう。

 『鉄巨人(ゴライアス)』を機能停止にしてもいいし、天変地異のひとつでも起こして帝都を破壊してもいい。他にも様々な方法で、阻むことが出来たはずだ。


「……転生者の人生は、好きにさせるのが基本的なルールじゃ。でなくては、詫びとして転生させる意味が無いからの」

「……それで、様子見を?」

「うむ。我が家に無断で足を踏み入れられた上司の気持ちも分からんでもないが……自分たちの世界が脅かされているからと言って、自らが定めたルールを破るのは、あまり褒められたことではなかろう」


 どこまでも公平な物の見方だ。もしかして、神子さんの方が神様として向いているんじゃないだろうか。

 前を歩く彼女は、やれやれという感じで首を振って、


「結果として、お主たちのお陰で権能を使う必要はなくなったのじゃ。だいぶ残念な感じはしたがのう」

「ええと……なんかすみません」

「良い。お主の残念っぷりは知っておる。なにせ転生という大イベントを前にして喜びもせず、二度寝しようとしておったくらいじゃからの」


 声色がどこか楽しそうなので褒められているのか貶されているのか微妙だけど、半分半分くらいだろうか。

 僕の手を引いて、神子さんはどんどん前へと進む。何人もの使用人や、玖音の人間とすれ違うけれど、その誰もが気付くどころかこちらに顔を向けることさえしない。見えていない、という彼女の言葉は真実のようだ。


「……ふむ、ここじゃの」

「流子ちゃんの部屋の前、ですか?」

「うむ。あやつは使用人の中では位が高いからの。専用の個室を与えられておる」

「……そういうの、全然知らなかったな」


 本当に、前世での僕は他人に興味がなかったのだろう。

 あれだけ世話をしてもらって、その程度のことも知らないのだから、我ながら無頓着すぎる。

 神子さんはこちらの言葉には反応せず、軽い調子でドアを開けた。


「さあ、行くが良い。お主の最後の、心残りじゃろう?」


 入ってもいいものかと思ったのは、ほんの一瞬。


 ……会いたい。


 心の中に素直に浮かんだ気持ちに、僕は従った。


「……流子ちゃん?」


 部屋の中に足を踏み入れて声をかけると、びくんと相手の肩が揺れた。

 こちらへと振り返った彼女は、確かに僕が知っている人物だった。

 艶やかな黒髪に、幼さを強く残したとても二十代とは思えない顔立ち。

 自室でもきっちりとメイド服を着こなした彼女は、僕の顔を見ると目を見開いて、


「ぎん、じ……さん……?」


 流子ちゃんの表情から察するに、本当に相手から見て僕は『玖音 銀士』として見えているのだろう。

 僕を捉えた流子ちゃんの瞳が、驚きから歪む。

 零れるものは透明で、感情の印だった。


「銀士さん……!!」

「ええと……お久しぶりです、流子ちゃん」


 飛び込んできた流子ちゃんを、僕は抱き留める。

 流子ちゃんは大粒の涙を流しながら、僕を見て、頬に触れた。

 あの頃とは違う姿の僕だけど、彼女の目にはそうは映らない。


「銀士さん……本当に、銀士さんなんですね……よか、ひっ、良かったぁ……!」

「……ごめんなさい」


 涙の温度は熱くて、僕の心を強く揺さぶる。

 この世界で、玖音 銀士という人間は既に死んでいる。

 そしてきっと、その亡骸を最初に見つけたのは、失敗作専属の使用人である流子ちゃんのはずだ。


「私、あなたが死んだと思って……ずっと、ずっと、後悔してっ……もっと、もっと早く、気づいて、ひっ、いたらってえ……」

「……大丈夫ですよ、流子ちゃん。僕はこうして、生きていますから」


 正確には転生して、別の世界で生きているというのが正しい。だけどそのことを、僕は言わなかった。

 言ったところで説明が長引くし、何より彼女にとって大事なのは、僕が死んでいないという事実だろうと判断したからだ。

 抱きしめているうちにいくらか落ち着いてきたのか、流子ちゃんは涙で真っ赤になった瞳をこすりながら、


「でも、どうやって……もしかして、青葉さんがなにかしたんですか……? あの人、銀士さんの後を追うように亡くなられたから、おかしいとは思っていたんですけど……」

「ええと、まあ、そんなところです。青葉さんと一緒に、別のところで生活しています」

「青葉さんと……ふ、ふたりっきり、ですか?」

「いえ、そっちで友達がたくさんできましたから、ふたりぼっちではないですよ」


 僕にはもったいないと思えるほどに、たくさんの縁ができた。

 こちらの言葉に安心したように、流子ちゃんは吐息した。


「銀士さん、そんな顔をするようになったんですね」

「……なにか、変な顔をしてましたか?」


 ロリジジイこと神子さんが言うには、僕の姿は流子ちゃんから見て前世のままの姿で見えているはずだ。もしかして、変な見え方をしているのだろうか。

 僕の疑問に、流子ちゃんはぶんぶんと首を振って、


「変なんかじゃありませんよ! なんだか、その……優しくて、柔らかくて……いい顔です。なんだか、生まれ変わったみたいな」

「……いい顔、ですか」


 どんな顔なのかは、自分でもよく分からない。

 だけどもしも、そんな顔ができているとしたら。


「きっと、いい人に沢山出逢えたからです。いろんな人がいて、いろんな人と話して……心の底から、楽しいって言えるようになりました」

「……銀士さんは今、幸せですか?」

「はい。すごく、幸せですよ」


 肯定は疑う余地もないほどに、自然と言葉にできた。


「だから……流子ちゃんに会いたかったんです。たった一度だけでいいから……会って、謝って、伝えたかった」

「……なにを、伝えに来てくれたんですか?」

「……なにも告げずにいなくなって、ごめんなさい。たくさんお世話をしてくれて、ありがとうございます」


 僕の言葉に、流子ちゃんはようやく、笑ってくれた。

 涙を流しながら、瞳を弓にするその姿は、とても美しくて。

 いつまでもこの光景を、忘れないでいようと思えた。


「もう、銀士さんは仕方がない人ですから、許してあげます」

「……ありがとうございます」

「……私も、その場所には、行けるでしょうか?」

「えと……たぶん、難しいんじゃないかと」


 転生はこの世界に魂が合っているかどうかだし、もし転生したとしても同じ世界にやってこれるとは限らない。


「そうですか……じゃあ、これでお別れ、ですね」

「はい。きちんと、さよならを言いに来たんです」

「……銀士さん。私はあなたが、間違いだとは思いません。玖音の家の人達のように生きられなくても……きっと、幸せに生きていけます」

「……ありがとうございます、流子ちゃん。ずっと……ずっと、覚えています」

「はい。私もずっと……あなたの事を、忘れません。私の大切な……大切な、ご主人様ですから」

「そう呼ばれるの、やっぱり照れくさいです」


 主と呼ばれるのが嫌で、名前で呼ばせていたくらいだ。

 変わった今でも、そう呼ばれるのはなんだかむずむずしてしまう。

 気恥しさを誤魔化すように、僕は首から下げている宝石を外した。


「えっと、流子ちゃんこれ、なにか分かりますか?」

「宝石……ルビー、ですか? 綺麗な色ですね。急に出てきましたけど、どこから出したんですか?」


 どうやら、身につけているものを外すと普通に見えるようになるらしい。ちなみに、異世界産なのでルビーなのかどうかは分からない。

 この世界に転生した僕が身につけている、数少ない飾り気のあるものだ。なにかのお守りだと、ゼノくんは言っていたっけ。


「……これを、流子ちゃんに。幸運のお守り、みたいなものです」

「え……いいんですか?」

「ええ。持っていて欲しいんです。……ひとつくらい、大切な人にプレゼントをしてもバチは当たらないでしょうから」


 流子ちゃんは渡された紅色を大事そうに受け取って、確かに頷いてくれた。

 心残りがなくなったとは言わない。話せるならばもっと話したいし、叶うのならば手を取って、僕が今生きている世界を見せてあげたい。きっとあの世界の多くの人と、流子ちゃんは仲良しになれるだろう。

 それでももう、僕と彼女は違う世界に生きているのだ。


「……流子ちゃん、元気で」

「銀士さんも、お元気で。……あんまり寝てばかりいちゃ、ダメですよ?」

「それは……えーと、善処します」

「うわ、その適当に聞き流す感じ、間違いなく銀士さんですね……!」


 青葉さんだけでなく、流子ちゃんにまでそう思われていたようだ。

 お互いに少しだけ笑って、どちらともなく身体が離れる。

 触れ合うことで感じられていた体温はすぐに無くなるけれど、構わない。きっとさっきまでのあたたかさを、いつまでも覚えていられるだろうから。


「……さよなら、流子ちゃん」

「……はい。銀士さん。私も、ずっと……覚えていますから」


 最後の残念を塗りつぶすように、視界が白く染まっていく。

 流子ちゃんの姿が遠く、見えなくなるまで、僕はその笑顔を目に焼き付けていた。

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