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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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たいせつなこと

「っ……クロガネさん!」

「……来てしまったか」


 操作パネルらしきものから手を離すことなく、クロガネさんがこちらを睨みつける。

 周囲にはいくつもの計器類があり、ケーブルが張り巡らされた部屋は生き物の身体の中のようだった。


 クロガネさんの背後にはもうひとつ椅子があり、そこには帝国の王が腰掛けた状態で、瞳を閉じている。あれは、眠っているのだろうか。


「玖音の家は結果を出したものは認める。今の君なら、玖音でもやっていけるかもね」

「……僕はもう、そんなものは望みません。ここに玖音は、ありませんから」

「……ああ。そうだね」


 否定されるかと思ったら、返ってきたのは肯定だった。


「ここに玖音はない。どれだけ僕が玖音を名乗っても、そんなものはもうどこにもない。転生していい能力といい人生なんて言われれば聞こえはいいかもしれないけれど、それはつまり……あの世界で欲しかったものを別の世界で手に入れるということだ」

「……そう、ですね」

「だが、別の世界でそれを得て……なんになるというんだ。あの世界で欲しかったものは、もう手に入らない。代用品が欲しくて生きているんじゃないんだぞ、僕たちは!!」


 聞こえてくる言葉は紛れもない叫び声で、慟哭だった。

 確かに彼が言葉にする通り、別の世界に来たからといって、それで前にいた世界で得た悲しみや後悔や無力感が無くなるわけじゃない。

 クロガネさんはきっと、納得ができていないのだ。玖音として結果を出して認められることを望んだのに、それが出来ず、転生してもこの世界に玖音は無い。


 きっと、もはや必要なのは武器では無いのだろう。

 相対して言葉を交わすべきだと考えて、僕は刃を降ろした。

 なによりそれは、僕がここに来た理由だから。

 僕は彼と、話がしたい。


「……どうしてだ」

「なにが、ですか?」

「君は元々、玖音の失敗作だろう。なにも成せかった人間が、転生したからと言ってここまでになるものか?」

「……分かりませんよ、そんなことは。それに、僕がここまでこれたのは、ただ周りが支えてくれたからです」


 僕は、前世ではなにもできなかった人間だ。

 ここまでやってこられたのだって、多くの人の助けがあったからこそだ。

 だけどそんな僕の前世でも、僕を気にかけてくれた人はいる。

 青葉さんや、流子ちゃん。あるいは僕が覚えていないだけで、ほかにもいたのかもしれない。


「支えられていることに、そうしてくれる人に、気付いただけですよ」

「だからと言って……それでこんなところまで来たのか!?」

「……僕も、聞いてみたかったんです。玖音から転生した人がどうして玖音として生きているのか。そして……その人から見て、僕はどう見えるのかを」

「……君が転生した理由は分かる。君のようなやつでは、玖音としては生きられないだろうさ」


 そう言われるだろうと、思っていた。

 ここに来るまでは、そう言われることがどこかで怖かったようにも思う。だけど今の僕には、はっきりとした否定がありがたいとさえ感じていた。


「だったら、僕は本当に転生した意味があったんでしょう。あの頃のことが無くならなくても……ううん。無くならないからこそ、今の僕に、意味があるはずだから」

「……僕はそんな風には、考えられない。玖音として生きた。あの世界で生きることを許された。だが……造れども、造れども……結果を出すための場所が無かった!」

「……クロガネさん」

「転生して、別の世界に来て、新しい命……だけど! ここには、玖音の家が無いじゃないか!!」


 転生しても、彼の寄る辺は失われている。

 あの世界において、玖音は絶対強者であり、あらゆる弱者から搾取する側だ。

 一面から見れば、それは悪者なのかもしれない。弱いものを踏みつけて、奪うだけの存在なのかもしれない。

 けれど、そんな場所が自分を守って、必要だと言ってくれたなら。

 それはその人にとって、ひどく安心出来ることなのではないだろうか。


「……なぜ、君はそうして立っていられる。なんのために戦い、なんのために生きる!? この世界で、玖音の庇護もなければ、失敗作だった身で! なにを寄る辺として、生きていると言うんだ!!」

「……そうですね」


 彼にあって、僕にないもの。

 それが、この世界で僕たちの立場を決定づけたのだろう。


 ……なにを、大事に想っているか。


 そんなもの、とっくに決まっていることだ。

 迷うことなく、僕は息を吸って、言葉を作った。


「三食昼寝おやつ付きの生活ですかね」

「……は?」


 凄い顔をされた。


「いえ、ですから。三食昼寝おやつ……あ、あと吸血ですね。それでのんびり暮らせることです」

「…………」

「あ、そうそう。それとその隣に友達がいれば、もう言うことないかなぁって」


 今の僕にとって、クズハちゃんを初めとする友人たちはとても大切な存在だ。

 そんな人たちとのんびりゆるゆるまったりお昼寝しながら生活できたら、どんなに幸せで楽しいだろうか。


「……けるな」

「蹴るな?」

「ふざけるなと、言っているんだ!!」


 どういう訳か、ものすごく怒られた。

 おかしいな、聞かれたから答えただけなのに。


「そんな……そんなふざけた、ギャグみたいに適当な理由で君はここまで来たのか!? 本気か!?」

「ええと、まあ……大真面目です」

「ばっ……バカじゃあないのか!? どんだけ頭がお花畑なんだ君は!? 本当に玖音の血が入ってるのか!?」

「む、失礼な。そっちこそ、バカじゃないですか」


 そんなに賢くない自覚はあるけれど、そこまで言われるのは心外だ。

 僕は相手を、しっかりと見据えた。もう怖くない。なにが玖音の一員だ。言いたいことを言ってやる。


「転生して玖音の家もないって言うのに、いつまでもしがみついて、そんな子供みたいな理由で戦争なんてバカげたことに加担して、そっちこそ大バカじゃないですか!」

「んなっ……なんだと!?」

「だいたい、玖音に向いてないなんてあなたが人の事言えますか! まだお昼寝のために散々周りにワガママを言ってきた僕の方が玖音らしいくらいですよ!!」

「なにを、言って……」

「そんなふうに後ろに、大切な人を置くなんてこと、玖音の人間はしません!!」

「っ……!」


 彼の後ろには、目を閉じたままで腰掛ける女帝の姿。

 このふたりの間になにがあったのか、僕は知らない。聞くのも面倒くさいからどうでもいい。

 だけど、彼にとって彼女が大切だということは、見ていればわかることだ。

 そんなふうに自分よりも上等な椅子に座らせて、自分よりも後ろに置いている。

 大事だから堅牢な鎧なんて作って、さっきだって『鉄巨人(ゴライアス)』とともに踏み潰してもよかっただろうに、わざわざ回収して、守ろうとしている。


「誰かを想って、守ろうとする。あなたみたいな人を、僕は知っています。ひとりじゃなくて、たくさん」

「それ、は……」

「あの世界でもそうしてくれた人がいた。その人は、この世界に転生しました」


 彼が転生した理由は、結果を残せなかったからではない。本人はそうだと思っているのかもしれないけれど、きっと違う。

 転生する条件は、『魂が世界と適合していないこと』。

 だから、青葉さんと僕は転生した。僕は玖音らしくないほどに面倒臭がりで、青葉さんは玖音として生きづらいほどに僕のことを大切に想ってしまった。


「あなたも……きっと、同じです」


 誰かを想える人だから、転生したのだ。

 青葉さんと同じように、誰かのために自分の中の何かを捧げることができるから。


「玖音のように生きられないんです。僕も、青葉さんも、あなたも。だから……この世界に来た。玖音ではなく、別の何かとして生きるために」

「……ああ」


 僕の言葉に、クロガネさんは身体の力を抜いた。操作パネルから手を下ろして、脱力したのだ。

 遠くから響いてくる外の戦闘音を聞きながら、僕は彼に手を伸ばした。


「クロガネさん。帰りましょう、その人を連れて。頭を下げれば分かってくれる……とまでは思いませんけど。でも……あなたはきっと、なにもかもを切り捨てて自分だけ生きていればいいと思えるほど、ワガママにはなれないでしょうから」

「……帝王様」


 彼が振り向いた先には、真紅の髪を揺らして眠る女性がいる。

 ほんの少しの時間が流れて、こちらへと向き直ったクロガネさんの目には、強い決意の色が浮かんでいた。


「ダメだ」

「っ……どうして!?」

「僕は決めた。彼女が望むものを、全部あげると」


 言葉を紡ぎながら、彼は手元のパネルの操作を再開する。


「それができないなら、僕は彼女の部下失格だ。玖音として生きられず、捧げようと決めた人にさえ何も残せないなら……僕はいよいよ、失敗作だ」

「クロガネさん……!」

「……ごめんね、帝王様」


 クロガネさんが呟くと同時に、状況が動いた。

 天井の機械部分が動き、穴のような空間ができる。帝王が座っていた玉座が、そこに向かって上昇していく。

 唐突な移動に反応してか、帝王の目が開いた。


「ん……クロガネ……?」

「ごめん、帝王様。失敗しちゃったよ。だから……ここでお別れだ」

「っ、な、なにを言い出す、クロガネ、待て、説明を――」

「――さよならだ」


 彼女がなにかを言おうとした瞬間に、玉座が加速する。

 一瞬で、王様の姿は見えなくなってしまった。


「あれは……」

「脱出装置だよ。王様を、花火に巻き込むわけにいかないだろう?」

「っ……まさか、自爆を!?」

「そのまさか、だ。ああ、今思えばこれも、僕が彼女に心酔していた証拠なんだろうさ。だって、そうでなければ命と引き換えに周囲を破壊する自爆装置なんて作れないだろうから」


 納得が行ってしまったせいか、行動が早い。

 クロガネさんはまだ手元の機械を操作している。なにより、まだ王様は離脱したばかりだ。

 つまり自爆ボタンを押すまでに、もう少しだけ時間があるはず。


「っ……!」


 考えている暇もなく、僕は走り出した。

 どれくらいの威力なのか正確には分からないけれど、これだけの大きさのものだ。爆発したら、周囲が焦土になるくらいは有り得るだろう。

 彼我の距離はそう遠くない。僕の速度ならすぐだ。取り押さえて、無力化させなくては。


「クロガネさんっ……!」

「……悪いね。付き合ってもらうよ」

「くっ……ああぁぁぁっ!!」


 叫びを飲み込むようにして、目の前の世界のすべてが真っ白な光に包まれた。

 また間に合わないのかという憤りさえも、白く染って消えていく。

 虚空へと伸ばした手は、なにも掴むことは無く。

 やがて、僕の意識は投げ出された。

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