だとしても
「特攻ー!!」
「せぇーのぉー!!」
機械の無言さに対して、反乱軍は元気よく突っ込んだ。
僕の魔法で多少回復しているとはいえ、みんな万全ではないはずなのに、誰も彼もが恐れずに前へと突っ込んでいく。
当然、相手は機械の群れだ。多少魔法が使えても、正面からでは打ち負けてしまう。
それでも、みんなは踏み出すことを怖がらない。それはきっと、僕という回復手がいるという理由だけではないだろう。
「勝って終わりにするぞぉ、お前ら!」
「そうね、打ち上げで美味しいご飯食べたいもの!」
「おう、誰も欠けずに、それをやるぞ!!」
ああ、本当に、この世界の人たちは強い。
彼らを置き去りにするのではなく、後押しされるようにして、僕は前へと飛び込んだ。
「邪魔ですっ……!」
既に『夢の睡憐』は抜かれている。そして相手は人間ではない。
だから刃を突っ走らせるのを、迷わなかった。
機械の兵士が、無数の鉄くずになる。それを見送ることなく、僕は更に歩を進める。
「アルジェさん、動きが鋭くなってますね」
「迷うのをやめたから、ですかね」
僕の前世を知る青葉さんが言うのだ。間違いないのだろう。
玖音の一員としては刀の扱いはそこまで上手いとは言えないけれど、吸血鬼の速度と膂力をもってすれば、十二分だ。
おまけに今回の相手は機械で遠慮はいらない。前向きになったことももちろんだけど、なにより人の命を考えなくてもいいという事実が、刃を振るう手を加速させていた。
「私はもうあの家に未練はありませんけど、アルジェさんはちゃんと決着をつけに行くんですね」
「そんな格好のいいものじゃありませんよ。ただ、あの人を止めたいだけです」
「貴方が自分の意思だと言うだけで、私にとっては手伝うには十二分の理由ですよ」
言葉を紡ぎながら、青葉さんは腕を振るう。
両の腕からツタが伸び、次々と機械を絡め取っていく。
「道を開けます。前へどうぞ」
「ありがとうございます……玖音の人は苦手ですけど、青葉さんはやっぱりいい人ですね!」
「……もう、そういうのずるいです」
なにがずるいのか分からなかったけど、時間が無いので気にしなかった。
追加の感謝は後でいくらでもできるので、今は目の前のことに集中することにした。
「アルジェ様、及ばずなから、お手伝いを」
「リシェルさん! ダークエルフのみんなはいいんですか?」
「みな、わたくしが居なくても立派な戦士ですから」
リシェルさんは言うが早いか、『落華流彗』を構えた。
当然、そこを狙って無数の攻撃が殺到するけれど、それらはすべてツタによって防がれる。青葉さんからの援護だ。
「感謝致します、アオバ様」
引き絞られた弓弦に、魔力の矢が生み出される。
ばぢばぢと、音を立てるそれは、紫電の矢だった。
機械への特攻とも言える過剰な電流。リシェルさんはいつもの様に呼吸を整え、一瞬の間を置いて、
「願いませ」
祝詞のような言葉と共に、雷が突っ走る。
雷魔法の矢は直線状のみならず、周囲の機械までも巻き込んで、確かに道を開けた。
「ご武運を、アルジェ様」
「ありがとうございます、リシェルさん」
短い言葉だけど、それで充分だ。
援護によって開けられた道を、僕は遠慮なく駆け抜けた。
目指す場所はまだ遠く、敵は無数だ。たどり着けるのかという気さえしてくるけれど、前へ行く。
「よぉう、ヴァンピールぅ」
「クロムちゃん!? 『黒曜』の方はいいんですか!?」
「ああいう一対多数ならぁ、むしろ僕が手を出した方がギンカとシオンの邪魔だからなぁ。手が必要そうな方を、手伝いに来たってわけだぁ」
言うが早いか、クロムちゃんはゆらりと消える。
「なぁ、がぁ、れぇ、ろぉ!」
次の瞬間には、音もなくロボットたちが砕かれていた。
速度だけではなく、鉄を破壊するだけの攻撃力のある攻撃。これもクロムちゃんが僕と別れてから、研鑽した成果なのだろう。
「ほぉら、行けよぉ! さっさと終わらせて帰るぞぉ!」
「ええ、また直ぐに会いましょう!」
背中を叩かれる感覚がして、クロムちゃんは離れていった。きっと彼女は遊撃要員で、あちこちで手助けをしているのだろう。
……みんなが、手伝ってくれる。
前へ行けと、そう言われて、後押しをしてくれる。
ひとりではないと思うだけで、実感するだけで、こんなにもあたたかな感情で胸が張り裂けそうになる。
苦しいような、切ないような、だけど心地がいいような、不思議な感覚。
引っ張られるようにして、刃が研ぎ澄まされていく。もはや思考を走らせるより先に、切っ先が動いている。
「後ろには構わなくていいわよ、アルジェ」
「フェルノートさん!」
「あなたがやらなくちゃ、いけないことなんでしょ?」
「……はい」
相変わらず、詳しくは話せない。
転生なんて説明し始めたらややこしいことばかりで、下手をするとまた面倒事だ。
それでも、フェルノートさんは何も聞かずに剣を構えてくれる。
「あなたの背中、守ってあげるわ」
言葉通り、背後で無数の音がした。
それは刃が風を斬る音で、続いて硬いものが崩れる音だった。
見るまでもなく、彼女が後ろで大立ち回りをしているのだろう。
「……なんだか、フェルノートさんには守ってもらってばっかりですね」
「私の目が見えるのは、あなたのお陰だもの。でも、もうそれだけじゃなくて……あなたのこと、放っておけなくなったのよ」
「えっと……ありがとうございます」
「……いいから、行きなさい」
後ろで笑う気配がすることを自覚しながら、僕は前へと行った。
「アルジェさん、お待たせですの!」
「クズハちゃん!」
「ふふ、もう来るなとは言いませんわよね?」
「……もちろんです」
後押しされるのではなく、手を繋がれる。
柔らかくて、優しい感触。今が戦闘の時間だというのを忘れそうなほどに、胸の中があたたかい。
「全力で……行きますわ! 禍鼬!!」
クズハちゃんは炎ではなく、風の魔法で行った。
恐らくは、先ほどのロボットが耐火性だったので力業で壊すことにしたのだろう。
断絶の風はもはや見えざる刃となり、前方の機械の群れを断ち切る。
その先に見える景色もまた無数の機械で辟易してくるけれど、行くべき先は決まっている。
「っ……ええい!」
極振りの速度とはいえ、こうも目の前に鉄の壁があっては走れない。
後ろを見ることなく、前方の道を切り開くことだけに集中した。
「くっ……分身ももう、全部使ってますのにっ……!」
「数が多すぎますね……!」
倒しても倒しても、減っている気がしない。むしろ増えているような気さえしてくる。
もしかするとあの『鉄巨人』、警備用のロボットを搭載しているのではなく、あの中で新規のロボット兵士を製造しているのではないだろうか。
目的としては殲滅ではなくクロガネさんの確保だけど、あまりにも敵の数が多すぎる。物理的な量という壁に押されて、思うように前へと進むことが出来ない。
「っ……他のみんなも、無事だといいんですけどっ……!」
既に、青葉さんたちの姿は見えない。
きっとみんな、誰もが戦っているのだ。少しでも数を減らして、前へ行く僕と『黒曜』を援護しようとしてくれている。聞こえてくる戦闘音と、声がそれを教えてくれる。
「邪魔を……しないでっ!」
またひとつ、前を塞ぐ機体を破壊した。
無数の武器による攻撃や、誤射を厭わない砲撃に晒されながら、それでも僕たちは先へ進む。
目標の『鉄巨人』は未だに遠い。と言うより、それそのものが大きすぎて近づいている感覚があまりない。足元まで、あとどれくらいなのだろう。
「は、はぁっ……はぁっ……」
「っ……元気になぁれ!」
息が上がっているクズハちゃんを見て、僕は広範囲への回復魔法を遠慮なく使った。
敵に生き物がいないなら、無差別に使っても効果があるのは味方だけだ。きっと遠くにいる他のみんなにも、きちんと届いているだろう。
「ご、ごめんなさい、アルジェさん……」
「回復魔法をかけても魔力や体力が直ぐに戻るわけじゃないですからね。ずっと戦っていれば、仕方ないですよ」
「頑張るね、反乱軍の諸君」
「クロガネさん……!」
響いてくる声に嫌味はなく、むしろ関心の色さえ見える。
前から来る敵への対応をしながら、僕は彼の声を聞いた。
「アルジェちゃんの回復魔法があるとはいえ、よくやっている。けれど、こちらは疲れないし、いくらでも造り出せる軍隊でね」
「っ……やっぱり、戦闘しながら量産を……」
相手は今この瞬間も機械兵士を新造しているようだ。素材をどこから持ってきているのかという疑問はあるけれど、厄介なのは間違いない。
「機械は疲れない。眠らない。過ちを犯さない。だけど君たちは疲れるし、眠くなるし、ミスもするだろう? そもそも、この質量に勝負を挑む時点でミスだけど……さて、いつまで耐えられるかな?」
「っ……止めます、絶対に!」
「……絶対は、機械にこそ相応しい言葉だと教えてあげよう」
距離が近くなったことでこちらの声が拾えたのか、明確な返答が投げられてきた。
そして、防衛機の動きが変わる。明確に僕を厄介な敵と定めたのか、攻撃の密度が上がってきたのだ。
「っ……アルジェさん!?」
「クズハちゃんは、もう少し休んでいてください」
回復魔法をかけたばかりだ。いくら僕の近くにいたと言っても、そんなに直ぐに本調子にはならない。
「お願いしますね、『夢の睡憐』」
愛刀の名前を呼べば、返事こそないものの感触は確かだ。
触れられないものさえも切断する刃は、吸血鬼の肉体機能によって振り回されることで、敵からの砲撃を弾き、鉄の肉体を容易く断ち切る。
殺到する全ての敵を、僕は容赦なく切り捨てた。
「っ……はぁっ、はぁっ……くっ……まだっ……!」
息は上がり、明らかに自分の動きが悪くなっていると分かる。
だけど、そんなものはきっとみんなも同じだ。
誰も彼もが疲れて、傷を得て、それでもまだと叫んでいる。
諦めの言葉は聞こえてこない。耳に届くのは鉄を砕く音と、前へという意思が乗った声だけだ。
「まだ負けてない! まだ諦めない! まだ立てる! まだ行ける! だからっ……!」
「無駄なんだよ! 電撃戦を想定した君たちじゃあ圧倒的に数が足りない! 物量に押しつぶされて、それで終わりだ!」
「っ……それでも! だとしても!!」
自分でも驚くほど、胸の奥が熱いのが分かる。
前世では諦めてばかりで、自分自身にさえ期待なんてしなかったのに。
大切な人と一緒にいることで生まれるこの熱さの名前を、僕はまだ知らない。
だからそれを知るために、僕はこの先へ進む。
名前のない感情を握り締めて、前へ。
「もう僕は……その檻から出ていくって、決めたんです!」
優しく背中を押してくれる人がいる。
あたたかく見守ってくれる人がいる。
この手を握っていてくれる人がいる。
面倒さえ受け止めてくれる人がいる。
嬉しいとき、共に笑ってくれる人がいる。
悲しいとき、隣で泣いてくれる人がいる。
ああ、本当に。この世界の人たちは僕に幸いばかりをくれる。
だから僕も、この世界に生まれて幸いであると言いたい。
過去の痛みや後悔は消えなくて、昔のことは話せなくて、たまに騒がしいと思ったりもするけれど。
「僕は……アルジェント・ヴァンピールとして、生きると決めたから!」
「っ……そう簡単に、変われるものかぁぁぁ!!」
その言葉は、僕に向けたものなのか、自分に向けたものなのか。
否定の言葉に答えるように、機械兵たちの砲身が僕に向く。
「くっ……!!」
疲労は強く、技能を駆使しても回避が難しくなってきている。
力が弱くなってきた手で、僕はそれでも刃を握る。
そして、無数の砲撃音が響いた。




