もはや久遠にないもの
「……状況は?」
「な、なんとか死者はゼロってところだよぉ……はぁぁ、走り回ってさすがに疲れたなぁ」
「上出来だ、さすがクロム」
「褒めるなよぉ。……まだ終わってないだろぉ」
クロムちゃんの言う通りだ。まだ、終わってはいない。
離れたところで見てもなお、鉄の巨人とも言うべき姿はあまりにも大きいと感じられる。
「……山なら斬れるけど、あれは山より大きいから難しそうね」
「フェルノートさんが斬れないって言いましたわっ……!?」
「あったんですね、フェルノートさんが無理って思うもの……」
「クズハ、アオバ。あなたたち、私のことなんだと思ってたの……?」
みんな意外と元気そうでなによりだけど、状況は良くはない。
フェルノートさんの言う通り、あれは正面からどうこうできるものじゃない。
あれは人対人の前時代的な戦争ではなく、兵器対兵器の世界から来た技術の塊だからだ。
この世界に、戦車や戦艦のような大型の移動兵器はない。あっても大砲がせいぜいで、つまり鉄の巨人に対抗する術がない。
期待できるのは魔法による攻撃だけど、あの大きさのものに半端な炎や雷は通用しないだろう。
「……まさか、あんなものまであるなんて」
帝都が消滅、というより変形したことで、常に夜をもたらすという魔具の効果は消失したらしく、空には太陽が登っている。
陽光を背負って立つ巨人の姿は、どこか神々しくさえもあった。
「エルシィさん、大丈夫かな……いや、考えている場合じゃない、か」
急に日が出てしまったので少し心配だけど、バンダースナッチもついているし、なによりあまり気にする余裕もない。浮かんだ心配は、直ぐに脇へと追いやった。
どうしたものか。そう考えたところで、声が降ってきた。
「反乱軍諸君。良くやったと褒めておこう。吸血鬼兵も全損、猟犬部隊も鎮圧。そして、帝都は放棄。この戦争は、君たちの勝ちだ」
「お父様……!」
「だけど、個人の勝利は僕の、いいや僕たちのものとさせてもらう。これが僕の現状での最高にして最大の傑作……『鉄巨人』だ」
巨大な鉄の人形が、その手を軽く薙いだ。
たったそれだけで至近の山が吹き飛び、更地と化す。
もはや動くだけで驚異となる質量の暴威が、そこにはあった。
自信に満ちた声で、クロガネさんが言葉を続ける。
「逃げるならいいだろう。恭順というのも、まだ受け入れよう。だけど戦うと言うなら……死体が残らないことくらいは覚悟しておいてくれ。それでは……最終決戦というやつを、始めようか」
一方的に言葉を投げて、向こうからの声は切れた。
たぶん魔法か道具か、その両方でこちらに声を届けてきたのだろうけど、あまりにも一方的な宣言だった。
「っ……あ、あんなに大きなもの、どうすればいいんですの!?」
「……近寄った方が、安全かもしれませんね」
「アルジェさん!? 本気ですの!?」
別に、やぶれかぶれになったわけではない。
あの大きさだ。一歩は大きいけれど、小回りは効かない。ならばあの手足を掻い潜って、潜り込んだ方が危険は少ないかもしれない。
なにより、他に武装が搭載されているようには見えない。砲撃のひとつでも飛んでくれば、それだけで都市がひとつ壊滅するだろう。つまりこちらに撃てばそれだけで勝てるのに、砲撃をしてくる様子がないのだ。
……殲滅してしまっては、意味が無いから?
帝王の目的は、端的に表現すれば世界の支配だ。
けれど更地になってしまったら、支配のしようもない。
だから、必要最低限のものしか搭載していないのだろうか。
「……クロガネさんも、玖音とは言えないのかもしれないですね」
本当に玖音の家人のように振る舞うなら、それは無い。
他者に気を使って、望みをなるべく叶えようとするなんて、それこそ玖音らしくはない。
もしかすると彼も、玖音以外になにか大切なものがちゃんとあるのかもしれない。
「……とにかく、あれを何とかしないといけませんね」
「なんとかって……近付いてからの策はあるの?」
「あの大きな鉄の巨人は、中に人が入って操っています。逆に言えば、中にいるクロガネさんを抑えてしまえば……」
「その時点で機能停止、というわけか。なるほど、それならまだ何とかなりそうだが……」
「あの大きなもののどこにいるか、分かるんですの?」
「ええと……なんとなく、顔か胸、あるいはお腹あたりだと思います」
あくまで予想だけど、たぶん身体の中心部か、視界がいい場所にコントロールルームがあるはずだ。
空中戦ができるような兵器がないこの世界では、地面から高い方が安全だろうから。
「あの大きさなら、逆に小回りは効かないでしょうし、砲撃をしてくる様子もないので、ギンカさんに飛んでもらうか、僕が蝙蝠になって――」
「――アルジェ様! なにか来ます!」
リシェルさんの言葉に、反射的に僕はそちらへと目を向けた。
「……うわぁ、そういうのはアリなんだ……」
大地を埋め尽くすような、ロボットの群れ。
もはや人の兵士は必要ないと宣言するかのように、機械兵士たちが鉄の巨人から発進してきた。
現れた人形たちはそれぞれが武装をしており、その中には砲塔を装備した機体の姿もあった。
「……これは迂闊に飛んで近寄ると、狙い撃ちにされそうだな」
「ある程度近くまで行って、一気に飛ぶしか無さそうですね」
「ええとぉ……つまりぃ、あれに突撃するんだよなぁ?」
「倒す必要は無い、と考えると楽かもしれないわね」
「フェルノートさん、それはちょっと前向きすぎませんか……?」
クロムちゃんと青葉さんが微妙な顔をしているけれど、それしかないというのが本音だ。
あの大きさのものに、半端な魔法は通じない。『黒曜』の砲撃や、フェルノートさんの全力の光剣でも効果があるかは微妙だろう。
そうなると、僕たちができることは操縦士を捕まえる以外にない。
「……クロム、反乱軍の戦力は?」
「そこのバカが回復させてくれるから戦死者ゼロ。みんなまだまだやる気満々だぞぉ」
「リシェルさん、あれと戦おうと思うんですが……リシェルさんたちは大丈夫ですか?」
「わたくしたちダークエルフ一同は、恩人の為ならばいつでも、弓も、魔法も、いくらでも振るいましょう」
数は相手に劣っているけれど、こちらもまだなんとか動けそうだ。
流れて来る風は冷たく、機械の鉄臭さを運んでくる。
「……本当に、ここからが最後の決戦ですね」
自分に言い聞かせるようにそう言って、僕は一歩を踏み出した。
いつも通りに、面倒事を終わりにするために。




