あなたのおと
意識は暗く、深く、水の底に沈むようだった。
……負けたのか。
情けない。あれだけ大口を叩いておいて、愛する人であるシオンそのものである『黒曜』を纏っておいて、一撃で叩きのめされるとは。
「……すまない、シオン」
言葉を口にしてみても、答えはない。
そもそもここは真っ暗で、なにもない。たぶん死ぬ前に見る夢のようなものなのだろう。
自分が喋っているのか、考えているのかも定かではない世界。
確かなものはひとつもなく、後悔ばかりで満たされていく。
「シオン……」
名前を呼ぶ。思う。そのどちらを行ってみても、反応がない。
もしかするとあのとき、『黒曜』が砕かれるのと同時に、彼女も消えてしまったのだろうか。
……だったら、もう、私も眠ってもいいのだろうか。
反乱軍という場所は、放浪の旅の中でなんとなく身を寄せただけにすぎない。つまり、元々の身の上はクロムと同じだ。違っていたのは、私が自分の力の振るい方に疑問を持っていたことだけ。
今の地位に収まったのは、単純に今までの指導者が次々に戦いに倒れて、私がいつの間にか最古参になっていたというだけの話だ。
ミヤマの家は古い流れを組む家系で、武を重んじる。しかし私は、その武をどう振るえば良いのか、皆伝を言い渡されたあとも答えを出せないでいた。
そんなとき、私は彼女と出会ったのだ。私と同じように、力があるだけで、まるで子供のように行き先に迷っていた、シオンと。
「……君がいなければ、私はただの力だ」
きっと、私は一振りの刃であれば良かったのだろう。
ただ振るわれるだけで、いつか折れてしまうだけの力の消耗品であれば、もっと楽だったのだ。
そしてそれはシオンも同じだ。心などなく、ただの兵器であったなら、悩むことも、泣くこともなかったのだ。
「ああ……どうして私は……私たちは……こんなふうに、生まれてしまったのだろう……」
どうせなら、刀と鞘にでもなりたかった。
シオンと私、ただ一組のモノであれば、思い悩みなどしなかったのに。
愛しい人の声が聞こえない。たったそれだけで、私の心は冷えていく。意識を手放して、捨ててしまってもいいと思えるほどに、なにもかもがどうでも良くなっていく。
「……シオン……シオン……寂しいよ……シオン……」
「ふふ、呼びましたか、ギンカさん?」
「っ……!?」
意識を捨てようとしたその瞬間、私は望んでいる人の声を聞いた。
「し、シオン……!?」
「はーい、いつもニコニコ、ギンカさんのお姫様。シオンちゃんでーす♪」
「無事だったのか……!?」
相変わらず周囲は真っ暗で、なにも見えない。
けれど、声だけは聞こえてくる。方向さえも不確かで、幻聴なのかとも思うけれど、愛しい人の声が。
「無事、というか現在、急速修復とリスタートをかけているというか……ちなみにこれ、ギンカさんの意識に、融合したシオンの意識が混ざっている……まあ同じ夢を見ている状態に近いですね」
「……そうか。そしてこうして話ができるということは、君も回復してきているということだな?」
「ええ。時間はかかりましたけど……完全に破壊されるのを、フェルノートさんが防いでくれていました。そして今、ギンカさんの身体をアルジェさんが治してくれています」
「みんなが……」
ああ、なんと情けない。
私が諦めようとしていたのに、反乱軍ですらない彼女たちが今もなお戦っているなんて。
「ふふ。ギンカさんは、シオンがいないとダメですからね」
「……返す言葉もない」
「ええ。でも……シオンがいるギンカさんは、無敵です」
ああ、本当に我ながらなんと情けなくて単純なのだろう。
さっきまで諦めかけていたのに、恋人の声が聞こえた瞬間にやる気を出すなんて、あまりにも単純だ。
こんなことでは組織の長など務まるはずもない。さっさと戦争を終わらせて、お役御免と行こう。
「いけるか、シオン」
「シオン……『黒曜』も竜の身体を元に造られていますから、半分は生体ユニットです。アルジェさんの回復魔法で修復もかなり早まりましたよ」
「そうか。では、報いねばならないな」
意識がはっきりしてきているのか、徐々に夢の中の視界が開けてくる。
そして私の目の前に、愛しい人の笑顔があった。
「……私はただ、一振りの刃であれば良かったと、今でも思うよ」
「でも、心があるから出会って、恋をして……大好きな人と、共に生きられるんですよ」
「……本当に、君には敵わないな」
「ふふ。シオンの王子様は不器用で、鈍感で……でも、一番側にいて欲しいときに、こうして抱きしめてくれます。それは……刃じゃなくて良かったと思うのに、充分な理由だと思いますよ?」
シオンがそう言ってくれるから、私は生きる意味を見つけられたのだ。
君がいなければ、私は生きていたいとさえ思えない。
だけど君がいるのなら、何度だって立ち上がれる。
王子様は、お姫様がいて、はじめて困難に立ち向かって、幸せに暮らせるのだ。
「……愛してるよ、シオン」
「えへへ、後で現実でも、聞かせてくださいね」
意識が浮かんで行くのを感じる。きっと、目覚めが近いのだろう。
「昼寝が過ぎたな」
寝坊した分は、戦働きで取り返すとしよう。
不器用な私でも、それだけは自信があるのだから。




