きっと、自分が思っているよりも
「っ……」
外に出た瞬間、戦闘の臭いを感じた。
それもひどく、ものが焼ける臭気だ。
「これは……かなり酷い臭いですね。随分と焼けているというか……反乱軍のみんなは無事でしょうか」
「あのう、アルジェさん。その臭いは主に私の放火のせいですの……」
「……反乱軍のみんなは無事でしょうか」
「ええと……は、早めに助けた方がいいとは思いますけれど、皆さん頑張ってると思いますわ! ええ、煙とかで倒れますでしょうし!」
たぶん僕を助けるためにだいぶバーサクした結果だと思うので、半分くらい僕のせいでもある。聞かなかったことにしておいた。
幸い、街には住人がいないようなので避難とかの問題は無いだろうけど、どちらにせよ早くみんなを回復して回った方が良さそうだ。
「やっときたかぁ、ヴァンピール」
「あ、クロムちゃん」
するりと、影から現れるようにしてクロムちゃんがやってくる。
影化の技能は持っていないはずなので純粋な技と無音で移動することができるようになる魔具の力なのだろうけど、いつ見ても大したものだ。
「クロムさん、塔の中にいたのではありませんの?」
「騒ぎが大きくなってきたから、ヴァンピールが降りてくるんだろうと思って待ってたんだよぉ」
「クロムちゃんも、僕を探してくれてたんですか?」
「ふん、お前がいなかったらぁ、みんなの回復ができなくて面倒くさいだろうがぁ」
素っ気ない言葉だけど、クロムちゃんは否定をしてこなかった。
それどころか彼女は、こちらの方をじろりと睨んで、
「大体ぃ、あれだけボクのことは散々構っておいてぇ、いざ自分のことになったらみんなを置いていくってぇ、相当ワガママだからなぁ?」
「う……」
「この狐っ子がどれだけ心配したと思ってるんだよぉ。もちろん、他の奴もだぞぉ。少しは考えて動けよぉ、バカなんじゃないのかぁ?」
「あ、あうぅ……」
「ふふ、クロムさんにもお説教されてしまいましたわね」
思わぬところからの苦言だったけれど、返す言葉がないのでばつが悪い。
おまけに今回ばかりはクズハちゃんからの助け船もないので、僕は素直にしょんぼりした。
あまりにも僕が素直だったからか、怒ったクロムちゃんの方がやや慌てて、
「なんだぁ、いつになく素直だなぁ? 確かに心配はしたけどぉ、そんなに落ち込むなよぉ。見たところ、怪我もしてないんだからぁ」
「ちょっといろいろあって、さすがに反省したので……」
「ようやく、貴方の口からその言葉が出ましたね」
「う、青葉さん……」
後ろからかけられた声に振り返ると、青葉さんが優雅な様子で立っていた。
僕が転生する前、玖音の家に居た頃からの知り合い。つまり生まれ変わる前から迷惑をかけている相手だ。
彼女は前世からのトレードマークである鈴をちりちりと鳴らしながらこちらへと歩み寄ってきて、
「……本当、昔からバカなんですから」
抱きしめられることも、そう言われることも、覚悟していた。
回されてきた腕を受け取るようにして、僕も彼女を抱きしめる。ちょっとツタの締め付けが苦しいけれど、それだけ青葉さんが怒っているということだ。素直に受け止めよう。
「……ご心配をおかけしました」
「ええ、そうです。ずっと前からの心配です。気付くのが遅すぎです。……でも、いい顔で戻ってきたから許します」
「いい顔、ですか?」
「ええ、ええ。ぎん……いいえ。アルジェさんのその顔は……私がずっと見たかった、たったひとつの花ですから」
「……そうですか」
ここではないどこかなら、花開くことができると、かつて彼女にそう言われた。
青葉さんがなにが言いたかったのか、ようやく理解できた気がする。
子供のように自分しか見えていなくて、そのくせ人から距離を取っていた僕のことを、彼女は心配してくれていたのだ。
小さな芽でもなく、開いている花でもない、つぼみのようだと、そう言って。
肩に触れるものは熱くて、それが涙の熱だと理解しつつ、僕は感謝と謝罪を込めて、彼女の身体を抱きしめた。
お互いに転生する前とは違う姿だけど、触れている感触はどこか懐かしい。
「……あとでちゃんと、責任取って貰いますからね。今までのこと、ぜんぶです」
「えっと……まあ、僕にできることで良ければ」
「ええ。あなたにしかできません。だってあなたは……私にとって、かけがえのない人ですから」
ああ、本当に。
こんなにも大事に思ってくれる人に妙な遠慮をして、気付きもしないのだから、我ながら鈍感だ。
「……あっちも、良いみたいですね」
青葉さんの体温を感じながら目を向けた先は、ダークエルフの領民たち。
彼らがいる場所には、帰るべき人がいた。
「……よく戻ってくれました。遅くなって、申し訳ありません」
「領主様のせいじゃない。俺たちこそ、帰りが遅くなってすまない」
「ここはヴァレリアの地ではありませんが、領主様がいるならなによりも安心です」
「ありがとうございます。……それでは皆様、恩を返しましょう。わたくしを救い、そしてわたくしの領民も救ってくださった、大切な恩人に」
リシェルさんたちは、今後もこの戦いに付き合ってくれるようだ。
少数精鋭で乗り込んできたこちらとしては、ここにきて戦力が増えてくれるのはありがたい。猟犬部隊に一度敗れていると言っても、今はこちらが攻めている側で、領主の指揮も僕の回復魔法もある。どうにかなるだろう。
「えっと……青葉さん、そろそろ良いですか? お叱りはあとでいくらでも聞くので」
「……ちょっと名残惜しいですけど、離してあげます。でも、ちゃんと反省はしてくださいね」
「ええ。今回はさすがに悪いことをしたと思ってます」
「ほう、それは良いことだな」
「っ!? ネグセオーまで……!?」
ひょっこりと顔を出したのは、寝癖みたいなたてがみがトレードマークの馬、ネグセオーだった。
さすがに連れて行けないと思って街の外に置いてきたはずなのに、どうしてこんなところに。
「ふっ。お前が珍しく泣いている気配がしたからな。急いでやってきた、というわけだ。ちなみに、壁は飛び越えた」
「飛び越え……!?」
「……アルジェさん、本当に馬ですかこの子」
僕と同じようにネグセオーの言葉が理解できる青葉さんが、信じられないものを見る目をした。
ネグセオーはどこか誇らしげに、ぶふん、と鼻を鳴らして、
「アルジェと契約を結んでいるんだ。それくらいはやろうと思えばやれるさ。お前が泣いているとあっては、尚更な」
「……心配、してくれたんですか?」
「当たり前だろう。お前は俺の友人なんだ、心配しない方がおかしいということくらい、いい加減に察してほしいものだ」
「あ……」
言われて思い出すのは、彼と一度別れようとしたときのこと。
もう約束は果たされて関係が無いからと言った僕のことを、ネグセオーは怒ったのだ。
そして、何故怒ったのかが分かるまで一緒に居ると、そう言ってきた。
きっとそれは、彼にとって僕が友達で、見返りなんか必要が無いと、そういうことだったのだろう。
クズハちゃんたちと同じように、あのときからずっと、彼は僕を大切に思ってくれていたのだ。
「……あのときも、そうなんですか?」
「? どのときだ?」
「……いえ。良いです。もう、分かりましたから」
「そうか、分かれば良い。……乗るか、お嬢さん?」
相変わらず、馬に似つかわしくないほどに渋みの利いた良い声で、ネグセオーはこちらに語りかけてくる。
その背中に乗ることを、彼の心配に自分の重さを預けることを、僕はもう躊躇しなかった。
「お願いします、ネグセオー。皆のところへ」
「ああ。誰よりも早く、届けてやるとも!」
いななきが響き、黒い馬体が地を踏みしめる。
もう、玖音のことは怖くはない。
過去のことに怯えて大事な人たちを捨ててしまう方が、ずっと恐ろしいことだと、気付いたから。
「クズハちゃん!」
「ええ、お供しますわ!」
伸ばした手が、当たり前のように繋がれる。
引き上げた友達の身体はするりと変化して、小さな狐の姿になった。
「行ってきます、青葉さん!」
「ええ、こちらはリシェルさんと動いて、場を荒らします。あとで合流しましょう!」
「はい! 飛ばしてください、ネグセオー!」
「応ッ……振り落とされるなよ!」
「っ……!」
景色は一瞬で高速になり、置き去りにされていく。
相棒とも言うべき馬の全力疾走の上で、僕は魔力を練り上げた。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
目についた反乱軍の仲間たちに、次々と回復魔法をかけて回っていく。
ここに来ている誰もが、ギンカさんがここまで連れてくることを選んだ精鋭たちだ。傷さえなくなれば、すぐに持ち直す。
「まったく、相変わらずデタラメだなぁ」
「ブヒンッ!?」
「あ、クロムちゃん」
涼しい顔で、クロムちゃんがネグセオーに併走していた。
こっちのことをデタラメだと評してくるけれど、人間の身でネグセオーに並んで走れる彼女も相当デタラメだと思う。ネグセオー、凄い顔してるし。
「みんなをもう一度まとめるのはこっちでやるからぁ、お前は適当に動けよぉ。クズハぁ、そのバカ吸血鬼がバカしすぎないように見張ってろよぉ?」
「ええ、お任せくださいな」
「うわ、全然信用が無い……まるでクロムちゃんのおっぱいみたいに無い……」
「お前あとでぶん殴るから覚えてろよぉ!?」
キレ気味に叫びつつも、クロムちゃんがこちらから離れていく。
その背中を見つつ、ネグセオーがどこか切ない声で、
「俺より早い奴は、思ったより多くいるな……」
「世界って広いですよね。僕はネグセオーの背中、好きですよ。乗ってると早くて風が気持ちよくて、かっこいいです」
「お、そうか!? そうか~……ふふ、任せておけ!」
相変わらず、僕よりもずっと大人っぽいのに結構チョロいお馬さんだ。
いつも通りのやりとりに心を落ち着けて、僕は自らの体重を遠慮無く友人の背中に預けた。




