遠くへ行ってしまう人
「アルジェさん……!!」
誰があの人の名前を呼んだのかすら、私には分からなかった。
ただ、アルジェさんが行ってしまう。そう思った。
手を振りほどかれたのははじめてのこと。少し前に振り向かずに行ってしまったことがあったけれど、今回は違う。
私はあの人の手を取ったのに、「関係がない」と言われて、振りほどかれてしまった。
「どうして、ですの……!」
「立て、狐っ娘! ここはダメだ! 仕切り直す!! リーダーが踏ん張ってるうちに離れるぞ!!」
「あっ……」
反乱軍の誰かに手を握られて、私は無理やりに立たされた。
倒れたアルジェさんが遠ざかる。遠くなって、どこかへ行ってしまう。
「っ……わぁぁぁぁぁぁ!!!」
「クズハ!?」
名前を呼んでくれたのは誰だろう。
フェルノートさんだろうか、青葉さんだろうか。どうでもいい。だって私にとって一番大切な人が遠ざかろうとしているのだから。
「尾獣分身……!」
「落ち着きなさい、クズハ!!」
「あうっ!?」
走り出した身をフェルノートさんに捕まえられて、無理矢理に引きずられる。
「う、うううう! 放して! 放してくださいですの、フェルノートさん!!」
「ばか! 見なさい! 今突っ込んで行って、勝てる状態じゃないでしょうが!!」
「う、うぅぅぅぅ……!!」
悔しい。
力のない自分が悔しい。
大切な人を守れない自分が悔しい。
なによりも、大切な人に頼ってもらえなかったことが悔しい。
「突っ込むのは、私の役目だ……クロム、援護しろ!!」
「任せろぉ!!」
『黒曜』を纏ったギンカさんが、アルジェさんを救うために行く。
誰もそれを止めることなく、むしろ助けるために動いていた。
フェルノートさんもクロムさんも、言葉が通じていないリシェルさんでさえ、猟犬部隊と吸血鬼の兵士たちを抑えにかかる。
それはまるで、私では不足だとそう言われているようでもあった。
「やっているな、反乱軍たちよ」
「あ、ぅ……」
悪いことは重なると、誰が言ったのだろう。
私の心を嘲笑うようにゆったりとした様子で、その人は現れた。
血のように赤い髪を揺らして、どこか柔和そうな微笑みすら浮かべて。
「女帝……ブルート!!」
誰か名前を呼んで、それに応えるようにして彼女は頷いた。
「ああ、そうだとも。私がこの国の帝王。つまり、この首を取れば、お前達の目標は達成することになる」
「帝王様、あまり前には出て欲しくないって僕、頼まなかったっけ?」
「良いではないか。引きこもるのは退屈だ。それに、お前も試運転をしたいだろう?」
「……まあ、そういうことなら任せようか。僕はこの吸血鬼の子に用事があるからね」
「っ……アルジェさんを、返してくださいですの!!」
叫んだ声は相手へと届いたようで、クロガネさんはこちらに目を向けた。
「君は妖狐か。あまり興味のない対象だな。心配しなくても、もうこの子に会うことはないんだから、気にしなくてもいいんだよ?」
「う……あぁぁぁぁ!!!」
否定の咆哮は、どこにも届くことはなくて。
ただ、相手がアルジェさんを抱き上げてさらって行った。




