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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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境界の巫女はそっ閉じする

「ふわぁ~。疲れるのう」


 欠伸(あくび)を放ち、己の肩を揉む。

 実際は肩の凝りを感じるような肉体ではないので、これは気分的なものだ。欠伸も含めて、の。

 私の肉体は既に滅んでいて、現在は精神体。今動かしている身体は、気分を少しでも休めるための仮のものに過ぎないのだ。

 居る場所も精神世界なので、私に見えているすべては私の精神が作り出した幻影だ。

 身体の感覚も、腰掛ける椅子の柔らかさも、温かな緑茶も――すべて私が望んでこの世界に取り寄せた、疑似的なものに過ぎない。


「ふい~」


 疑似緑茶を飲んで、疑似溜め息を一吐きし、疑似雑誌を開く。

 私の仕事は、『境界の巫女』。世界同士を繋ぐ橋渡し役。その中でも、『転生』のシステムを担当している。

 世界よりも更に上……神々の手違いで発生した「世界に適合しない魂」を、その魂が正しく生きられる世界へと移す仕事だ。

 ぶっちゃけてしまうと、上司(神々)の尻拭いをしている。


 ……面倒な仕事じゃの。


 名前は変わり、存在も変じ、役割すら変化した。

 生前。ただの巫女であった私は人身御供として生涯を閉じた。

  私の世界、私の時代では、城の普請や雨乞いの際に、そうして人柱を立てる風習があったのだ。

 神に身を捧げ、使命感に満ち満ちていたあの頃だ。ほほ、懐かしいの。

 そうして己の命が尽きたと感じ――次の瞬間には、真っ白な世界にいた。

 訳も分からず困惑し、「神界とは随分寂しいところよな」などと思ったのは一瞬。それだけの時間で、私は私の役割を理解した。

 精神世界なのだ。話されずとも、魂に直接語られる――否、「刷り込まれる」だけで理解が及ぶ。これからの私は、転生を取り仕切らねばならぬのだと即座に解った。

 それからというもの、この仕事に従事している。何十年、何百年……もしかすると何千年かも知れぬ。


 不自由はない。望めば今しているように「疑似的に生前と同様の姿を得る」ことは出来るし、神(上司)に申請さえすれば、大抵のものは届く。

 今広げている雑誌もそのひとつだ。「週間境界」。数多ある世界で唯一の、「この世界専用」の情報誌。

 もちろん、これも望めばすべての情報が頭に入るのだが……私は「本を読む」という感覚が好きなので、わざわざページをめくり、ひとつひとつの情報をゆっくりと取り入れていく。


「ほう、あの世界で新作スイーツ……買いじゃの」


 実際には申請すれば届くので私は金を払わないのだが、気分的にはこの表現が近いので構わぬだろう。

 あの世界、と端的な表現をするが、他に呼び名がないのだ。

 例えば「地球」という星がある世界があるが、それは世界の名前ではない。

 実際には星の外側には宇宙があり、更に銀河が広大に広がっている。

 世界――ひとつの世界の情報をすべてひっくるめたものに、名前などはないのだ。

 管理している神々でさえ、「あの世界がちょっとさー。やばくてさー。滅びそうなんだよねー」くらいである。精神世界なので、「あの世界」で通じてしまうのだ。お互いの意識を共有できるので、個々の名前は必要ない。


 そのルールは、私にも当てはまる。

 生前の名前はあるが今の私に名前はない。

 転生を担当する境界の巫女は私を含めて何人か居るが、全員名無しだ。誰かが「あの子」といえば、意識共有で全員に通じる。

 文明が発達した世界で言うところの、「画像つきでアップロード」に近いの。詳細が一目で分かるので、いちいち名前はいらぬということじゃ。

 凄いような雑なような。生前、熱心に神々を信仰をしていた身としては少し物悲しくもなる。


「皆、良き人生を謳歌しておるようじゃの」


 雑誌「週間境界」の後半には、転生させた者達のその後が記されている。

 当然、私が転生を担当したものたちがどんな風に生きているかも載っているのだ。


 あるものは科学の発達に貢献。

 あるものは何百年と続く大戦を平定し、王へ。

 またあるものは宇宙へ旅立ち、人の意識を繋ぐ進化の旅へ。


 まったく、どいつもこいつもスケールがでかいのう。

 転生者たちには手違いに対する「詫び」として、多少逸脱した能力を与えてある。

 どの程度逸脱するかはそやつの魂の質次第だが……殆どの場合、「チート」や「人外」と表現して良い程の能力を得る。

 無論、快挙ばかりではない。与えた力で暴虐の限りを尽くすものもいる。破壊神に転生とかの。

 しかしそれは、神々には関係のないことなのだ。神々は悪行も含め、「世界を眺める」ことが主な目的なのだから。


 ぱらりぱらりと小気味よくページをめくって、目的の記事を探す。私の興味は、ひとりの男にあった。

 ある世界で、無気力に生きていた、まるで女子(おなご)のような見た目の男。

 私がこの役割に収まってかなりの時間が経つが、あやつほどの無気力には出会ったことはなかった。

 無気力なだけの魂なら多くいたが、それは当たり前のことだ。魂が世界に適合していないものたちは、殆どが生気を失ったような瞳をしている。

 しかしそれは「認められないことへの諦観」や、「周りと自分とのズレによる絶望」、或いは「満たされないがゆえに魂が(くすぶ)っている」というような理由だった。


 だが、あやつは違った。

 ただひたすらに無気力。転生という常識を越えた事象を、受け入れるどころか受け流していた。

 そんなことはどうでも良いと言うように。早く眠りたいのだと訴えてきた。

 その様子は、自分はそうせねばならないとでも言っているようにすら見えた。

 それでも転生は成った。今までの転生者の中でもトップクラスの力を授けてもいる。しかもそれは初期能力――成長次第では、転生した先の世界の行く末すら決められるほどの潜在能力を秘めているのだ。

 そのあやつが今どうしておるものか。私の興味はそこだ。

 いくつかのページを越えて、その名前にたどり着く。

 玖音 銀士。私が転生を成した存在。


「ぶふぉっ!」


 吹いた。吹くしかなかった。

 かりそめの肉体が呼吸困難に陥るのでは無いかと思うくらい、それはひどいものだった。

 私が開いているページには玖音 銀士の転生後の行動が記され、さらに数枚の写真が貼られている。

 正確には写真ではなくその世界の風景を切り取って保存しているものだが、原理というか目的は写真と同じなので、細かいことは良いだろう。


「……システムエラーじゃないのかの、これ」


 やつは寝ていた。

 半ば朽ちたベッドで、馬車の荷台のような場所で、ふかふかのベッドで、どこかの森の中で草に埋もれて。

 寝ていた。寝まくっていた。寝ている写真しかなかった。

 活動の詳細も、強いて大きなことを挙げるとすれば、魔物を倒して町を救ったという程度。

 与えた能力に対して、やっていることのスケールが小さすぎる。小さいどころか、ほぼ何もしていない。


「……知らぬぞ、私」


 転生者が転生する場所を決めているのは私ではなく、神々の作ったシステム側だ。

 つまり私の方には落ち度はない。いつも通りに完璧に仕事をこなした。間違いない。

 私は考えるのを止め、「週間境界」をそっと閉じた。己の肉体も座っていた椅子も何もかもを消去して、仕事に戻ることにする。

 神々(上司)のミスは尽きることなく、転生者もまた尽きぬ。故に境界に有り、転生を司る私は忙しいのだ。だからあやつのことは知らぬ。知らんぞ。知らんからな。


「よく来たの、新たな転生者よ」


 さあ、仕事を始めるとしよう。

 私は忙しいのだ。寝てばかり居るどこぞの誰かと違って。

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