居場所なんて
「んっ、あっ……」
僕たち以外は誰もいない森の中で、湿った悲鳴が響く。
耳元に落とされた声はクロムちゃんのもので、僕は少しだけ迷った。
「い、いいからぁ、好きなようにしろってのぉ……んひゃっ!? だからっていきなり、にゃぁぁぁ……」
お許しがもらえてすぐに、僕は迷いを放り投げた。
……美味しい、美味しいよぉ。
傷口からあふれてくる血液は、記憶にあるものよりもずっと甘くて、とろとろで、頭の奥までとろけてしまいそうなほどに美味しい。
きっと、クロムちゃんの魔力が前よりもずっと強くなったと、そういうことなのだろう。
「ん、ぷぁ、じゅるるるっ……」
「く、は、ぁぁ……」
「はむ……クロムちゃ……んっ、ちゅうっ……」
体温のあたたかさを感じながら、血液を喉奥へと流し込んでいく。
お腹へと落ちた血液の甘さがはじけて全身に広がり、ぶるりと震えた。
「はあ……ん、おいしっ……」
「ん、くうう……」
クロムちゃんは時折苦しそうな声をこぼすけれど、僕にきゅっとすがりつくようにして身を寄せてくる。
構わないと言われているような気がして、僕は彼女の首にもっと深く牙を埋めて、行儀悪く音を立てて血をすすった。
いつしか僕の方も彼女の身体を抱き寄せて、ぴったりと密着する。
抱き合うような形で、僕たちは吸血という行為にふけっていた。
「ふ、ぁ……」
「あ……ごめんなさい、クロムちゃん」
声が弱々しくなってきたことで、僕はようやく相手の状態に気がついた。
「痛いの痛いのとんでいけ」
回復魔法を使い、首の傷を綺麗さっぱり消してしまう。造血を助ける作用もあるので、しばらくすれば貧血も治ることだろう。
「大丈夫ですか、クロムちゃん」
「……平気だよぉ。前みたいな醜態はさらさないってばぁ」
「醜態……?」
「なっ、なんでもないよぉ! バカぁ!!」
「あいたっ」
どつかれた。そういえばさっき、あとでどつくって言ってたっけ。
ひりひりとする頭をさすりながら相手を見れば、クロムちゃんは溜め息を吐きながらも嫌な顔はしていなかった。
琥珀色の瞳は優しく、呆れているけれど、怒ってはいない様子だ。
「……良い居場所があるんだからぁ、大事にしろよぉ」
「……クズハちゃんたちのことですか」
「そうだよぉ。ちゃんと吸血するならそうしろぉ。頼ったって、あいつらは怒らないだろぉ」
「……もしかして、気を使ってくれてました?」
「……ふんっ」
どうやら、僕があまり吸血していないことに気付いていたらしい。
クロムちゃんはぶっきらぼうに鼻息を吐いて、そっぽを向いてしまう。
ひん、という高い音が耳に届いたのは、そのときだった。
「……クロムちゃんも、良い場所にいると思いますよ」
「へ……わっ」
木々の枝を折りながら、黒い天使が着地してきた。
頭部に灯った金色の光が目として動き、こちらを捉えた。
「ぎ、ギンカぁ……?」
「ミニシオンもいますよ!」
「クロム、探したぞ」
「な、なんで……」
「急に出て行ったんだ。心配ぐらいするだろう」
驚いた顔をするクロムちゃんに対して、さも当たり前のようにギンカさんは言葉を作る。
伸ばされてくる手はよどみなく、ただ彼女の手をつかんだ。
「……帰るぞ、クロム。他のものも探しているんだから、あまり心配をかけさせるな」
「……みんなもぉ?」
「当たり前でしょう。クロムちゃんは、私たちの仲間なんですから」
「……仲間、かぁ」
言われた言葉を口の中でころがすようにして、クロムちゃんはつぶやいた。
「? どうかしたのか?」
「いいやぁ。なんでもないよぉ。……ほらぁ、行くぞぉ、ヴァンピールぅ」
「ええ。分かりました」
どこかすっきりした顔のクロムちゃんが、手を伸ばしてくる。
触れた手は少しだけ冷たくて、けれど嫌ではなかった。
「……帰るところなんてぇ、居場所なんてものができるとは思わなかったよぉ」
「なにか言ったか、クロム?」
「ふん。なんでもないよぉ。さっさと帰ってご飯にでもするぞぉ」
声色は不機嫌そうにも聞こえるけれど、その表情に嫌味はない。
『黒曜』をまとったギンカさんは不思議そうに首をかしげつつも、追求することはなく、
「まあ、過去のことがすっきりしたのならいいだろう。これからのことも話したいしな」
「これからぁ?」
「ああ。……帝都を落とす、そのための話をな」




