本気をぶつけ合うということ
湧き上がる歓声は、どこか遠くに感じていた。
そもそも僕たちの戦いを目で追えている人は少ないだろう。どちらも高速であり、常人であれば目視するのも不可能なほどに、お互いは激しく動いている。
見えているとすれば僕の仲間と、ギンカさんたち、一部の手練れ程度のはずだ。
つまり聞こえてくる声は「なんかよく分からないけれど騒いでおこう」という感じで、つまり見世物にされているも同然だった。
「行くぞぉ……!」
クロムちゃんは張り巡らされた鎖を蹴り、飛ぶようにして移動する。
もちろんその鎖は僕が生み出したもので、それで絡め取ることも考えたけれど、止めておいた。
……いくらなんでも、速すぎます。
ブラッドアームズで生み出した武装の遠隔操作は、それほど早く行えない。
虚を突いたのならともかく、相手は迷いも甘えも完全に捨てているのだ。捕まえるのは困難だろう。
寧ろ鎖の操作に思考を取られて、こちらの動きが荒くなってしまう。この速度で隙を見せてしまえば、その瞬間を逃してくれるクロムちゃんではないだろう。
「っ……!」
だから、選ぶのはこちらも加速だ。
鎖を蹴って跳躍することで、お互いに移動する。すれ違う度にクロムちゃんの手刀が振るわれ、僕はそれを防御する。
……勝ち筋はふたつ、ですね。
クロムちゃんを疲れさせて諦めてもらうか、僕の方が押さえつけるかだ。
今はこうして攻めて来ているクロムちゃんだけど、いつまでも動き続けることはできないだろう。
対して僕は吸血鬼なので体力は多いし、回復魔法で無理矢理復活させるという方法もある。時間がかかるので面倒くさいけど、じっくり待っても良いのだ。疲れた頃に押さえつけにかかってもいいし。
「ヴァンピールぅ! お前、ちょこまか逃げてるだろぉ!!」
「そのためにこうして張り巡らせたわけですからね……!」
「冗談じゃないぞぉ! 絶対逃がさないからなぁ!!」
「うう、貧乳が追ってくる……!」
「殺すぅ!!」
あ、いけない。つい怒らせちゃった。
顔を真っ赤にして更に速度を上げるクロムちゃんを見て、さすがにしまったと思った。
速度は更に上がり、もはや人間の限界を軽く超えているのではないかと思うほどだ。その上で、前以上に技を絡めた動きで、彼女はこちらに迫ってくる。
きっと、僕に負けて本当に悔しかったのだろう。
だからこそ、今まで自分が固執していた速さだけではなく、他の動きも学んだのだ。
僕にそれはない。玖音の家にいたときも、求められる結果を得られなかったとき、僕は悔しいとは思わなかった。ただ、少しだけの申し訳なさがあっただけだ。
速度極振りのステータスも、転生したときに希望してもらったもので、特別足の速さに思い入れがあったわけでもない。ただ面倒ごとがあれば早く終わらせて、さっさと眠りたいと、それだけのこと。
「……手は抜くな、か」
高速の中で、たたき込まれてくる攻撃に防御を返しながら、僕はクロムちゃんの真剣な目を見た。
明確な殺意があり、倒すという意思がある。
……本気だ。
どこまでも彼女は真剣で、僕と決着をつけるために動いている。
勝てないなんて微塵も思わず、獰猛に手刀を振るい、追ってくる。
それは挑戦する側の目だ。だけど僕は、それがこちらに来いと言われているようにも思えた。
「……分かりました、クロムちゃん」
刀を抜かないという選択をしたのは、僕自身のわがままだ。
クロムちゃんは僕のわがままを否定はせず、それでも本気でこちらに殺意を向けてきた。
だとしたら僕がするべきは、自分のわがままを、彼女の矜恃と向き合わせることだろう。
「行きます」
言葉に出してみると、不思議と余分な力は抜ける。ただ逃げて、消極的に防御していた時間よりもずっと思考がクリアになり、視界も開けて見える。
相手が疲れるまで待つのではなく、追いすがってくる相手へと向き合うために、僕は鎖を蹴った。
「あっはぁ……来てくれて嬉しいよぉ、ヴァンピールぅ!!」
「クロムちゃんが、逃げるなと言ったんでしょう」
「そうだよぉ! だからボクも、逃げないぞぉ!!」
押さえ込むために伸ばした手を、クロムちゃんが素早く振り払う。
お互いに空中であることなど忘れたかのように、僕たちはもつれ合った。
逃げる側と追う側ではなく、どちらもがぶつかり合いを望む物として、僕たちは何度もすれ違い、攻撃の応酬を行う。
相手の攻撃はすべて急所狙いで、こちらの攻撃はすべて無力化狙いだ。
「はっ……本当に甘いなぁ、お前はぁ! そんなんで帝都にいけるのかよぉ!」
「……行って、聞かなくてはいけないことがありますから」
「聞くだけで済むわけぇ、ないだろがぁ!!」
当たり前のことを今更言われたので、驚くことなく捕まえに行った。
帝都に行けば間違いなく戦闘になる。そんなことは分かっている。
それでも僕は無駄な殺生を重ねる気は無いし、帝都にもたどり着く気でいる。
……僕自身も、ここを越えるべきということですか。
先日の、フェルノートさんたちの模擬戦を思い出す。
あのとき、『黒曜』となったふたりは、「越えていけ」といった。
「……ギンカさんは、そこまで考えていたのかもしれませんね」
なにも、クロムちゃんの鬱憤晴らしのためだけではなく、僕自身にも問いたかったのかもしれない。
これだけの明確な殺意を見せられてなお、前に進むことはできるのかと。
「……そんな簡単に、答えがでるとは思っていませんよ」
僕はフェルノートさんや青葉さんのように、確固たる意思なんて持ってはいない。
目的はふわふわで、ただお昼寝がしたいというだけ。
帝国に行こうとしているのも、結局のところは自己満足で、どこまでも自分のことしか考えてはいない。
……それでも、です。
今、クロムちゃんを傷つけたくないと思う気持ちは本物だ。
ふわふわしていて、少しも定まってなんていなくて、迷ってばかりだけど。
だからこそ、自分の中にある数少ない本当の気持ちに、嘘はつきたくない。
「矜恃と呼べるほどのものではないけれど……譲りたくないものがあるんです!!」
「来いよぉ! それが一番……ボクが欲しかったものだぁ!!」
何度も空中で交差し、ぶつかり合い、また離れる。
ただお互いを見据えて、高速の中でやりとりを重ねていく。
すでに喧噪など耳に入らない。ただ相手の真剣な表情を受け止めて、僕はさらに加速を入れた。
チート能力としての極速を与えられた僕に迫るほどの速度。そして、その差を埋めるための技と判断を、クロムちゃんは身につけていた。
闇雲に振るうのではなく、全身を振り回すようにして攻撃をたたき込み、こちらが捕まえるために手を伸ばせば振り払い、逃げることさえする。
「嬉しいなぁ……!」
震える声は、歓喜に満ちていた。
クロムちゃんの笑みは獰猛で、けれど前のようにこちらを馬鹿にするような雰囲気はない。
張り巡らせた鎖を縫うようにして疾駆しながら、クロムちゃんは叫んだ。
「どんな理由があってもぉ、お前がちゃんとこっちを見たんだぁ……ようやく、向き合ってきたなぁ、ヴァンピールぅ!!」
「……向き合うべきだと、思ったからです!!」
「……お前もぉ、前とは違うってことだなぁ」
紡がれる言葉は、自覚を生み出した。
……確かに、前の僕ならそんなこと考えませんでしたね。
過去の僕であったなら、誰かの本気に向き合うということはしなかっただろう。
それをする気になったということは、僕の中で変化があったということだ。
だけどその気付きは、高速の流れの中で致命的な隙を生み出した。
ふと気がついたときにはもう遅く、クロムちゃんが僕の首に手をかけていた。
「あっ、ぐっ……!?」
「……つぅかぁまぁえぇたぁ」
目の前にある琥珀色の瞳が、にんまりと歪む。
ぎり、と込められてくる力は強いけれど、折るのではなく、締めるものだった。
「やっとぉ……やっと捕まえたぞぉ! ヴァンピールぅ!」
「く、ぁ……あぁぁぁ!!」
捕縛されて、さすがに危険を感じた。
本気で殺すつもりがないことは分かったけれど、これでは負けてしまう。
負ければ終わることができるけど、苦しいのは嫌だ。
単純な危機感が、僕を動かした。
「なっ……」
相手の拘束をするりと抜けることができたのは、影化の技能を使ったからだ。
鎖の群れが作り出した無数の影を移動して、僕はその場を離れる。
再び姿を現せば、相手はこちらを鋭く睨んでいて、
「……そんな芸当もあるのかぁ」
「ええ。あのときは見せませんでしたけど」
「見せなくても充分だったってことだろぉ。ほんとぉ……嬉しいなぁ……もっと本気を引きずり出してやりたくなるよぉ」
クロムちゃんは鎖の上に器用に乗り、ゆらゆらと身体を動かし始めた。
独特の動きは何度見ても隙だらけのように見えるのに、こちらを見つめてくる金色の瞳に宿る殺気がそれを許さない。
「今のでぇ、捕まえても逃げられるのは分かったぁ……今度は一撃でぇ、意識を刈り取ってやるよぉ……」
この攻防で終わりになる。それを予感させる言葉を紡いで、クロムちゃんは身体の振りを大きくさせていく。
「……分かりました」
はじめに自分で決めたとおり、刀を抜くことなく、僕はただ身構えた。
……本気ですね。
これからクロムちゃんの、本当の全力が来る。
今までも全力だっただろう。けれど、僕が影化という隠し球を見せた以上、今度はクロムちゃんが、隠し球を出してくる。
「ゆぅらぁげぇ……!!」
重い言葉が紡がれて響くと同時に、クロムちゃんが増えた。
いつもの幻影のように一体ではない。数え切れないほど無数のクロムちゃんが、あちこちに現出した。
「これは……」
「全力の速度と、全力の幻術ぅ……ほんの少しの時間だけどぉ、充分だぁ!!」
出来の悪い蜘蛛の巣のように無秩序に伸びた鎖の群れを、無数のクロムちゃんが同時に蹴る。
高速の動きは人数分で、もはや目ですべてを追うことができない。
クズハちゃんの尾獣分身のようにすべてが本物ではないけれど、それらはすべてクロムちゃんが技術と速度、そして魔法の併用で生み出したものだ。
「……風さん、お願いします」
全力で応えるべきだと思った。
僕のわがままは、彼女の矜恃よりもずっと軽いものなのだろう。
速さという誇りを掲げて、ずっと戦いの中で生きてきた彼女と違って、僕のわがままはただ、今そうしたくないというだけのことなのだ。
だけど、どんなに浅い覚悟だって、本気で思っていることだけは本当だ。
「わぁっ……!?」
魔法で生み出した風は単純なもので、けれど明確な向かい風だった。
この場所は無数の鎖を張り巡らせた空中。移動するためには蹴るか、鉄棒でもするようにして動き、跳躍するしかない。
「くっ、うっ……これはぁ……!?」
どれだけ空中で身動きが取れたとしても、向かい風にさらされれば速度は落ちる。
思った通り、クロムちゃんの分身が明らかに減った。維持できない分身が消えてしまい、半分以下の数となったのだ。
「行きます」
そして体勢が崩れたのなら、こちらが動く絶好の機会だ。
生み出した鎖は僕が作ったものであり、自在に動かすことができる。速度はそう速くはないけれど、今のクロムちゃんなら充分だ。
遠隔操作を受け付けた鎖は、数が減ったクロムちゃんの群れへと襲いかかった。
「くぅぅ……こ、のぉ……!!」
向かい風に、襲いかかってくる鎖。
さすがに分身が維持できなくなったのだろう。クロムちゃんの作り出した幻影はすべて消えて、本体が姿を現した。
その一瞬を逃すことなく、僕は彼女へと接近して、捕獲した。
「はい、捕まえました」
「くっ……」
腕に触れた瞬間に、クロムちゃんが力を抜いた。
意外なほどすんなりと諦めた様子のクロムちゃんに対して、僕は伺うようにして言葉を作る。
「……どうでしょうか、クロムちゃん。諦めてくれます?」
「……さすがに今のは疲れるからなぁ。二度目は出せないよぉ」
相手が完全に戦闘態勢を解いたことを確認して、僕はブラッドアームズを解除した。
ふわりと足下の感覚がなくなり、僕たちは地面へと落下する。お互いに助けは必要なく、ただ降り立った。
研ぎ澄ました神経を落ち着けると、歓声があがっていることに気付く。
「……こんなにうるさかったんだなぁ」
「みんな、クロムちゃんを応援してたんですよ」
「ただ騒ぎたかっただけだろぉ……はぁぁ……」
ばったりと、クロムちゃんはその場で寝転がった。




