子供相手は苦手
「ええい、しつこいんだよぉ! ボクに構うなって言ってるだろぉ!」
聞き覚えのある言葉が聞こえてきて、お昼寝から目が覚めた。
「んにゅ……?」
目を開けて周囲を見てみれば、日の位置は高かった。
……まだお昼寝をはじめて、そんなに時間が経っていませんね。
草むらの上が気持ちよくて、ついつい眠ってしまっていた。
「あふぁ……」
起き上がってあくびをこぼしつつ、軽く伸びる。
眠りの倦怠感が緩やかに抜け、起き抜けの意識がゆっくりと覚醒するのを自覚しながら、僕は周囲を見渡した。
「……クロムちゃん?」
知り合いの顔を見つけて、僕は起き上がる。
近づいてみると、クロムちゃんは子供にまとわりつかれているようで、もっと言えばその子供も知り合いだった。
「クズハちゃん」
「あら、アルジェさん。お疲れ様ですの」
「いえ、今日は僕、別になにもしてないというかさっきまで寝てたんですが……」
「ヴァンピールぅ! こいつお前の知り合いだろぉ! なんとかしろぉ!!」
「どういう状況ですか、それは……」
よく分からないけれど、クロムちゃんはクズハちゃんから逃げようとしているようだ。
クズハちゃんの方はというと、なぜか分身まで使ってクロムちゃんの両腕をがっちりと固めていた。
「クズハちゃん、クロムちゃんになにか用事ですか?」
「実は今日の買い出しで、お菓子が手に入ったんですの。それで、クロムさんもどうかと思ったんですけど……」
「ボクはいいっていってるだろぉ! お茶会なんて似合わないんだよぉ!」
「あー、なるほど……」
とりあえず、ふたりの話で状況は分かった。
クズハちゃんが誘って、クロムちゃんが逃げる形か。
……クロムちゃん、苦手そうですもんね。
反乱軍の中でも、彼女があまり他の人と居るところを見たことがない。
ひとりが好きなのか、他人と付き合うのが苦手なのか、その両方か。
どちらにせよ、クズハちゃんのようなタイプはクロムちゃんにとっては扱いづらいのだろう。
「でもでも、みんなで食べた方が美味しいですわよ。それにギンカさんも、クロムさんが来るのを待っておりますの!」
この通り、断っても底抜けに明るいのだ。
落ち込むどころか笑顔で押してくるクズハちゃん。分身まで交えたときのしつこさは、僕でもお昼寝を諦めるほどだ。
「……命令なら行くよぉ」
「そう言われたら、こう言えと言われておりますの。『命令するほどではないが、来てくれると嬉しい』と」
「ぐっ……あいつはぁ……」
クロムちゃんの性格を分かっているからだろう。また断りづらい感じの言伝だ。
彼女はぎりぎりと、歯ぎしりの音が聞こえるくらいの形相をして――
「流れろぉ」
――瞬きの時間すら必要なく、瞬時に拘束を抜けた。
「ふわ……!?」
と、驚きの声がこぼれたのもつかの間。クロムちゃんは黒髪のなびきすら起こさず、一瞬で距離を離した。
拘束を抜けられた方であるクズハちゃんは、自らの分身であるブシハちゃんと顔を見合わせて、
「凄いですわね……!」
「……素直に驚かれるとやりづらいなぁ」
「クズハちゃんは純粋ですから」
「……とにかくぅ、ボクはそういうのは参加しないよぉ。ギンカにもそう言っておいてよねぇ」
自らの意見を簡潔に述べて、クロムちゃんはくるりと踵を返してしまう。
クズハちゃんが声をかける前に、彼女は倉庫の隙間を縫うようにして消えた。
「あっ……」
「クズハちゃん、クロムちゃんにも事情がありますから」
「うぅ……分かりましたわ。ではアルジェさん、申し訳ないのですが、これをお願いできますの?」
しょぼんと尻尾と耳を垂らしながら、クズハちゃんは僕に袋を手渡してくる。
中身を確認すると、それはお菓子の詰め合わせのようなものらしかった。
「シオンさんから、どうしても来る気がないようならこれを渡すようにと頼まれたんですの」
「用意周到ですね……」
色々な意味で、分かられているということだろう。ギンカさんもシオンさんも、クロムちゃんのことを気にかけているということだ。
「私では残念ながら捕まえられそうにないので……」
「まあ、そうでしょうね。クロムちゃん、足が速いですから」
彼女はとにかく素早いので、さすがのクズハちゃんでも追えないのだろう。
さっき捕まっていたのは単純にクロムちゃんがやりづらかったというだけで、本気を出した彼女であれば、早々捕まるようなことはない。
「分かりました、渡しておきます」
「ありがとうございます。終わりましたら来てくださいですの、お茶会の準備をして待っていますわ」
ブシハちゃんを引っ込めて、クズハちゃんは僕から離れていく。
お菓子の袋を渡された僕は、軽く周囲を見渡して、
「……クロムちゃん、もう出てきてもいいですけど」
「……よく分かったなぁ」
ひょっこりと倉庫の屋根から顔を出したのは、クロムちゃんだった。
こびりついた血の匂いが、彼女の存在を教えてくれていた。
クズハちゃんもそれは分かっていたのだろうけれど、捕まえられないと思ったのだろう。
「よいしょぉ」
音もなく着地して、クロムちゃんはこちらにやってくる。
「……やっぱり音がしないのって、その腕輪ですか?」
「……あぁ、そうだよぉ。『滲む音死児』。持ち主が立てる音を消し去り、呪えば相手の耳を壊す。そういう魔具さぁ」
クロムちゃんの素早さに、『滲む音死児』による音の遮断。
無音かつ高速の動きは相手を翻弄し、確実に仕留めるのに重宝するのだろう。
「……ええと、とりあえずこれどうぞ」
「……ふん」
お菓子の袋を渡す。ぶっきらぼうな態度ではあるけれど、クロムちゃんは拒否はしなかった。
「まったくぅ、なんなんだよぉあの子はぁ」
「ええと、僕の友達です。元気なんですけど、ちょっと元気すぎるので」
「お前よくあんなのと付き合えるなぁ……いや、ちょうどいいのかぁ?」
ちょうどいい、という言葉の意味はわからなかったけれど、クロムちゃんは勝手に納得したらしい。
ぐしゃぐしゃと黒髪を混ぜて、彼女は草原へと腰かける。
なんとなく隣に座ってみると、横からひょいと飴玉が差し入れられた。
「ん」
「あ、どうも」
渡されたので素直に手に取って口に放り込めば、砂糖をそのまま固めたような、コクのある甘さが広がった。
自分がいた世界のべっこう飴に似た味を楽しんでいると、隣の相手が同じものを頬張って、
「あの子、呼んでたんだろぉ? 行かなくていいのかぁ?」
「いえ、今寝起きなのでもう少し目が覚めてから行かないと付き合うの大変だなぁと」
「……違いないなぁ」
納得した様子で、クロムちゃんは原っぱに寝転がる。
「子供の相手は苦手だよぉ……」
「クロムちゃんもそう変わらない年齢に見えますが」
「はぁ!? ボクはもう18だぞぉ!? あんな子供と一緒にするなぁ!」
「え、その身体で18……!?」
「お前どこを重点的に見たぁ? 殺してやるから言ってみろぉ!!」
殺されたくないので胸を見てましたと言わずに黙っていると、クロムちゃんは舌打ちをして、しっしっとこちらに手を振ってきた。向こうへ行け、ということらしい。
ついついいじってしまう自分のことを自覚しつつ、僕は彼女から離れることにした。
口の中を転がる甘さは深く、ゆっくりと溶けていった。




