アイデンティティ
「ふふふ」
楽しそうに笑いながら、シオンさんは浮遊。湯気のようにゆらゆらと浮かんで、こちらへとやってくる。
ふわりと香った甘い香りは、彼女のものだろう。こちらに顔を近づけてきたシオンさんは、笑みを深くして、
「ふふ、聞けば見るほど面白い、魂の音色……」
「音色……?」
「少しだけ、招待しますね」
きん、と、金具をぶつけたような高い音がする。
その瞬間、あらゆるものが停止した。
湯船で遊んでいたクズハちゃんも、温度を楽しんでいたリシェルさんも、お湯のしぶきさえも、止まった。
動いているのは僕と、青葉さん。そしておそらくはこの現象を起こした犯人である、シオンさんだけだった。
「これは……」
「シオン特製、ちょっとしたパーソナルスペースです。限られた場所でしか開けませんけどね。お湯の温度もあまり感じなくなりますから、アルラウネのお姉さんの長湯対策にもいいでしょう?」
シリル大金庫でも、似たようなことがあったことを思い出す。
なんらかの技能か魔法によるものなのだろうけど、限定的とは言え時間が止まったような空間まで作ることができるとは、凄いものだ。
「……で、そこに私とアルジェさんだけを呼んだ理由は、やはり玖音がらみですか?」
「ふふ、やっぱり分かっちゃいますか。玖音のお姉さんと……そっちの人はお兄さんかな? 魂の色が、男の人に近いですね」
「……そこまで分かるんですね」
正直に言って、驚いた。
まるで初めから知っているかのようにして、シオンさんはすらすらと僕たちのことを言い当ててきたのだ。
「もしかして、そちらも転生者ですか……?」
「いいえ。シオンは……人工精霊です。お父様……クロガネ・クオンに造られた、生物兵器ですよ」
「生物兵器……!?」
涼しい顔で、爆弾が落とされた。
シオンさんはこちらが驚いた顔したことに満足したのか、ふふ、と軽い調子で笑って、
「まあ、平たく言ってしまえば、戦争用の生きた兵器ですね」
「兵器……こんな可愛い子が?」
「お父様は、心の存在が兵器や人間になにをもたらすのかに興味があったんですよ。猟犬部隊や私は、その実験体……いわゆる、テストケースというやつです。この姿も、良い精神を現すために可愛くデザインした、ということらしいです」
ゆるく、微笑みを崩さないままで、シオンさんは語った。
……そういうこと、ですか。
玖音のことに詳しいのは、シオンさんが玖音に造られたからだったのだ。
「でも、それならどうして反乱軍に……?」
「お父様は自らの研究の結果、心の有用性は、戦争においては無いと断じました。だからこそ、精神性の低い吸血鬼を洗脳して、新しい兵士を造ったのです」
「……不要とされたと、そういうことですか」
「はい、そういうことです。反抗的だったこともあって、廃棄処分になりかけていた私を、ギンカさんが救ってくれたんですよ。だから、ギンカさんは私の王子様なんです……」
その時のことを思い出しているのだろう。シオンさんは夢みる乙女のような表情で、頬を赤らめた。
「……そうでしたか」
「はい。シオンがあなた達のことを見破れたのは、お父様にそういう『眼』を与えられたからです。魂の音色が見える瞳……いつかほかの転生者、それも自分の家からの転生者が来るのではないかと、お父様はずっと警戒していましたから」
猟犬部隊たちは転生者のことを知らされていなかったようだけど、シオンさんの方はそれを知っていたようだ。
恐らくは彼女は、転生者に対抗するために造られたのだろう。能力的にも、兵器としても。
「まあ、今のシオンはお父様の兵器ではなく、反乱軍の一員ですから。お父様が危険視する玖音からの転生者さんたちであれば、ぜひぜひ、仲間に引き入れたいなぁって」
「……そういう意味でも、利害は一致しているわけですね。お互いに、玖音のことを知っているからこそ」
青葉さんの言う通り、僕たちはお互いに事情を知っているもの同士だ。
だからこそ協力したいということであれば、僕らとしても願ったり叶ったりでもある。
転生のことを話せる相手は少ない。こちらの事情を知っている味方が増えることは、嬉しいことだった。
「……そうなると、お互いに仲間を納得させないといけないわけですが」
「ふふふ。ギンカさんは強いですよ〜。まあ、そちらが負けても、こちらで口添えしますから」
「……見世物気分でいろと?」
「ふふ、本気を出してみますか?」
「……手抜きをしろと言われて、気に入る性分ではありません。花はいつだって、咲き方を選びませんから」
あれあれ、なにか雰囲気が悪くなってませんか?




