再会の風が吹く
「ぐっ……あああっ!!」
「おや」
捕まえたクロムちゃんは、予想外の動きをした。
やや乱暴に僕の手から抜け出して、距離をとったのだ。
……前のことを覚えている、ということですか。
前回クロムちゃんと戦ったときは、両手を掴めばあとはブラッドアームズの鎖で巻きとって終わりだった。
こちらから慌てて離れたということは、同じ流れを警戒しているということだろう。
短めの黒い髪、琥珀色の瞳。そして魔具である腕輪。
間違いなく、過去に戦ったことのある相手、クロムちゃんだ。
「クロム……というと、呪い風のクロム?」
「知ってるんですか、フェルノートさん」
「ランツ・クネヒト協会に登録せず、裏稼業で傭兵をしている、まあいわゆる危険人物ね。指名手配もされてるわ」
「クロムちゃん、意外と有名人だったんですね」
前に会ったときに通り名のようなものを名乗ってきたのは、ハッタリではなかったらしい。
「それにしても、最近は随分と古い知り合いによく会いますね。クロムちゃんはどうしてここに?」
「そんなのぉ、お前を追ってきたに決まってるだろぉ! あのでっかいウシさんから、お前が帝国に行ったって聞いたからなぁ!」
「あー……」
でっかいウシさん、というのは、オズワルドくんのことだろう。
たぶん僕が森から離れたあとで、クロムちゃんはリベンジのために戻ってきたのだ。
そこで、オズワルドくんに嘘を教えられて帝国に来たのだろう。
結果として僕は帝国に行くことになったので、嘘から出た実という感じだけど、どちらにせよ面倒な相手に出会ってしまった。
「ヴァンピールぅ……ここであったが100年目ぇ!! 今度こそ決着をつけて――」
「――やめないか、クロム」
声が響いた瞬間、今にもこちらに飛びかかろうとしていたクロムちゃんの動きが、ぴたりと止まった。
制止の声を投げた主は路地裏の奥から、ゆるりとした動きで現れた。
「……ダークエルフ?」
「正確には、ダークエルフと人間のハーフだ」
こちらの疑問に答えた相手は、短く切りそろえられた、銀色の髪をしていた。
黒い肌はダークエルフのもので、けれどリシェルさんと比べるとさらに耳が長く、横に伸びている。
金色の瞳は銀髪と同じように、黒い肌を彩るようにして鮮烈だった。
「普通のエルフよりも耳長……ハーフエルフの特徴よ」
「よくご存知だ、『元』オッドアイの聖騎士どの」
「……古い名前をあまり持ち出して欲しくないのだけど、今はいいわ。あなたが反乱軍のリーダーね?」
「……ああ。ギンカ・ミヤマという」
「あれ、ギンカってことは……サツキさんの知り合いですか?」
「銀の髪の吸血鬼……君が、サツキさんやクロムの言っていたアルジェ……アルジェント・ヴァンピールなのか。本当に私と同じ、銀髪なんだな」
そう言うと、ギンカと名乗った相手は僕の髪の毛に触れてくる。
遠慮がない、と言うよりはごくごく自然に、ただ木々の枝に触れるようなその動きには、なんの裏表もないように見える。
相手の身長はフェルノートさんよりもまだ高くて、ハーフエルフということもあってすらりとした印象がありながら、胸だけは随分と大きかった。
表情は薄いけれど、金色の瞳は興味深げで、感情はわりと豊かそうだ。
「いい子そうじゃないか。なにをそんなに怒っているんだ、クロム」
「こいつはボクより速いだなんて言って、ボクの血を吸ったんだぞぉ! 許せるわけがあるかぁ!!」
「実際今、クロムより早かったぞ」
「ギンカぁぁぁ……?」
やや殺意を吹き出し始めたクロムちゃんを、どうどうという感じで軽くあしらって、ギンカさんがこちらに向き直る。
「アキサメさん……それと、サツキさんの紹介とあって、ここまで来た。私たち反乱軍に、なにか用か?」
気軽な調子で語られる名前は、知っているものだった。
……サツキさんもですか。
アキサメさんが手を回したことはなんとなく察していたけど、サツキさんも噛んでいたようだ。
別れる前にギンカさんの名前を渡されたのは、こういうことだったのだろう。
フェルノートさんは真剣な顔で相手と向かい合い、口を開いた。
「帝都を落とすのを手伝って欲しいの」
「……直球だ」
「回りくどく言っても仕方ないでしょう」
その通りだと思ったのか、ギンカさんは押し黙る。
少しだけ考えるような動作を挟んで、ハーフエルフの女性は空中に言葉を放り投げた。
「シオン。どう思う?」
「はいは~い、呼びましたか、ギンカさん?」
呼びかけに声が返ってきたと同時に、ギンカさんの肩に人影が現れる。
唐突に現れて、ふわふわと幽霊のように浮かぶそれは、女の子の姿をしていた。
長く、翠色の髪と、楽しげに揺れる青い瞳。クールなギンカさんとは対称的に表情豊かで、童顔の少女だった。
「精霊……!?」
「正確には人工精霊ですね、アルラウネのお姉さん。今は、シオン・カザネと名乗っています」
青葉さんの言葉に軽い調子で応えつつ、シオンと名乗った精霊は浮かぶ布のようにするすると移動し、ギンカさんの腕に抱かれる。
「シオンは面白いと思いますよ? 特にそこの銀色の子と、アルラウネのお姉さんからは……懐かしい匂いがします。遥か久遠からやってきた、そんな匂いです」
「……シオンがそう言うなら、反乱軍に招こう。協力するかは詳しい話を聞いてから考える」
「えへへ~、さすがギンカさん話が分かりますね。だーいすき♪」
「うん……私もシオンが大好きだ」
「……ええと」
「気にするなよぉ、あのふたりはいつもこうなんだぁ」
どこかげんなりした様子のクロムちゃんと、意味が分かっていないこちらを置き去りにして、ギンカさんとシオンさんは二人の世界に入っていってしまった。
リーダーがこのテンションで、反乱軍は本当に大丈夫なのだろうか。




