裏通りの花
「……どうしてこうなるんですか」
「どうかしたの、アオバ?」
「いえ、なんでもありません。買い物に行くのに、地理に詳しい人がついてくるのは正しいですから、ええ、落ち込んでなんかいません。いませんとも」
どういうわけか青葉さんがぶつぶつと呟いているけど、買い物自体は順調だった。
立ち寄った町はそこそこに大きく、言語翻訳ができる僕と青葉さんは問題なく会話ができるし、フェルノートさんも帝国の言葉はある程度わかるらしい。
「フェルノートさんが帝国の言葉ができるの、結構意外です」
「敵対国の暗号を読んだりもするからね」
気軽な調子だけど、フェルノートさんの表情は真剣だ。
今、彼女はローブを目深にかぶり、二色の目を周囲から隠している。
それはもちろん、元王国騎士という身の上からだろう。自分の顔が有名で、混乱の元だと分かっているのだ。
「そもそも、なんで買い出しについてきたんですか。自分の有名度、分かってます? 地図だけ渡してくれても良かったんじゃないですか?」
「自分が有名なのが分かっているからこそ、よ。今回の買い出しは、それだけが目的じゃないんだから」
「もしかして情報収集、ですか?」
「……まあ、それに近いことよ。不本意だけどね」
微妙に言葉を濁したフェルノートさんを眺めつつ、僕は屋台で買った串焼きを頬張る。
新鮮な魚の串焼きはいい香りと、さっぱりとした白身の味がした。内臓を丁寧にとっていて、後味がキツくないのも良い。帰りにクズハちゃんたちにも買って行ってあげよう。
「……って、アルジェ。ずいぶん呑気ね……いつの間にそんなもの買ってたのよ」
「んぐ、そうでしょうか? これはさっき、路地に入る前に出店で……美味しかったので、後でおみやげにします」
「……出会った頃はもう少し緊張していたように思うけど、旅慣れしたわね」
どこか嬉しそうなフェルノートさんに対して、僕は首を傾げて、
「はあ。自分では、そんなに変わっていないつもりなんですけどね」
「悪いことじゃないわよ。……少なくとも全裸で眠らなくなったのは進歩だと思うし」
「え!? なんですかそれ、詳しく聞かせてください!」
「ええと、アオバ? なるべく目立ちたくないから、声を抑えてもらえるかしら?」
どういうわけかヒートアップした青葉さんに落ち着け、と促して、フェルノートさんは人混みを避けるようにして歩いていく。
当然、僕たちはそれについて行くことになるので、ゆるやかに人通りから離れた。
あらかたの荷物はブラッドボックスに収納しているし、肉類に関しては青葉さんがまとめてツタで持ってくれているので、足取りは軽い。
徐々に人通りが少なくなっていくことを感じながら、僕はなるべく小さな声でフェルノートさんに疑問を投げた。
「あの、どこまで行くんですか?」
「……共和国の、あのヘラヘラした人に言われてね」
「アキサメさんですね」
アキサメさんは共和国の政を執り行う、ヨツバ議会に所属している男性だ。
いつもニコニコしていてどこか掴みどころがないけれど、抜け目のない人、という印象だった。
そのアキサメさんが、フェルノートさんになにかを伝えていたらしい。
「……帝国はやりすぎてるのよ。国の中は穏やかに見えるけど、税は重めで、徴兵もあるし、戦は絶えない。荒れていく土地に、不満を持っている人は少なくないのよ。まして今や、世界中を敵に回したのだから、余計にね」
「……そうでしょうね」
「だから、反乱軍に連絡を取るの」
「反乱軍……ですか」
たしか少し前に、テリアちゃんを助ける時に聞いた名前だ。
フェルノートさんはゆっくりと頷いて、言葉を続けていく。
「ええ、昔からいるのよ。規模はそこまで大きくはなかったのだけど……ここまで状況が悪くなれば、表立って動かざるを得なくなるはずよ。なにせ、帝国の宣戦布告にあった排除の対象として、まっさきに名前があがるでしょうから」
「一番最初に手折られてしまう花、というわけですね」
「ええ。……見なさい」
フェルノートさんが指ではなく、視線だけで示した先、路地裏のさらに奥。
そこには、明らかにみすぼらしい姿をした人たちの姿があった。誰がどう見たって、身なりを気にするどころか食べるものにすら困っているというふうな、痩せこけた人たちが、何人もいた。
老いも若いも関係なく、そこは紛れもなく、貧しい場所だった。
「まだこの町は大きいから、表通りはきちんとしてる。けれどこうして、少しでも道を外れれば……」
「税の重さや、徴兵などの生活苦ゆえに産まれた孤児や、家無しがいる、ということですね」
青葉さんは溜め息を吐きながら、手を振るった。
しゅるり、とツタが伸びて、路地裏の奥まで伸びていく。人々はびくりと肩を震わせたものの、その次に起きたことで、逃げることはしなかった。
伸びきったツタにいくつもの花が咲き、それがやがて実を結ぶ。
成長を早回しにしたようにして、家をもたない人たちの前にたくさんの果実が実った。
「お腹が膨れなければ、花を愛でる余裕もなくなります。持っていきなさい」
青葉さんの言葉が響き、人々はおずおずとした様子で果実をもぎ取っていく。
埃と汚れた臭いのする路地裏は、にわかに甘い香りに包まれた。
「……あまり目立つことはして欲しくないのだけど」
「人は、人らしく扱われなければ人ではなくなります。私はそれを見過ごしません。これは、私の信念です」
「……そこまで言うならいいわ。ごめんなさい、アオバ」
「いえ。こちらこそ、すみません。フェルノートさん」
「構わないわよ。お互い、なにかに従ってるわけじゃないんだしね」
喧嘩になるのかと思ったけど、青葉さんとフェルノートさんはお互いに納得を得たようだ。
深々と頭を下げる路地裏の住人に軽く手を振って、青葉さんは歩き出す。必要以上の施しをするつもりは無いということだろう。
「さて、事前に仕入れた情報によるとこの辺りなのだけど……」
「……随分と、不用心だなぁ」
「っ……!」
耳を舐めるような、ねばっこい言葉にぞわりとしたのは、ほんの一瞬。
瞬きほどの時間もなく、それは来た。
足音もなく、気配もなく、ただ唐突に現れた影は、既に青葉さんの首に後ろから手をかけていて、
「こっちのことを嗅ぎ回るならぁ、もう少し気をつけててほしいよねぇ」
「くっ……アオバ!?」
「おおっと、動くなよぉ? そっちが剣を抜くよりも、いや、指先が動くよりも早くぅ、ボクはこの女の首を取れるんだからねぇ?」
相手の言葉に、フェルノートさんがとりかけた構えを解く。
その様子を見た相手はニンマリと笑い――
「――はい、捕まえました」
「なぁ!?」
次の瞬間には、僕は動いていた。
相手の両手を掴み、青葉さんから引きはがす。
速さということなら、僕も負けてはいない。なにせ、この身体に宿っているステータスは『素早さ極振り』。おまけに吸血鬼の嗅覚は、路地裏に漂う血の匂いを逃さなかった。
古くなって、もう取れなくなるほどにこびりついた、染み付いた返り血の匂い。音などなくとも、存在を感知できてしまうほどに、それは強烈な存在感だった。
そしてなによりも、相手の匂いは僕が知っているものだった。
「……お久しぶりですね、クロムちゃん」
「は……ヴァ、ヴァンピールぅ!?」
かつて、とある森で出会った少女。
クロムちゃんが、驚愕の瞳で僕を見ていた。




