子犬救出作戦
「はー。あれが目的の場所ですか?」
「おう。あの女のねぐらだ」
「あ、女の人なんですね。その盗賊団の団長さんは」
「ああ。妙な格好で着飾ってる変なやつだが、盗賊団としちゃ有名だ」
「妙な格好……?」
「ま、お前ほどじゃないけどな、痴女」
「む、失礼な。今はちゃんと服着てますよ」
なにか馬鹿にされたような気がするけど、軽口を叩くような余裕が出てきたようでなによりだ。
今、僕たちは茂みに隠れて、盗賊団のアジトを偵察している。
「立派な砦……というのには少し、古いですね」
「あれは大昔、まだ共和国が統一されていなかった頃の統一戦争で使われたものね」
「フェルノートさん、ものしりですのね」
「私も資料と、スケッチを見ただけよ。たぶん、という程度でしかないわ」
「それを覚えているのがもう凄いと思いますが……まあ、攻めるのは容易そうですね。まるで、枯れかけの花です。人は詰めていますが、穴だらけですよ」
青葉さんが評価したとおり、遠くに見える砦は明らかに経年劣化が進んでいる。地震のひとつでも起きれば、あっけなく倒壊してしまいそうな雰囲気だった。
そんなボロ砦の周辺を、何人もの武装した人間が歩き回っている。
「すごい数ですね……」
「気ぃつけろ、あいつらは有象無象の集まりってわけじゃねえ。全員が首領のために命を捨てるくらいはするぞ」
「……盗賊団なのに、随分と結束が固いようですね?」
テリアちゃんたちは仲良しだけど、盗賊団、と言われると一般的なイメージは粗野な人間の集まりだ。
規模が大きくなれば、なにかしら諍いや不満が起きやすくなる。元々が粗暴な人間たちであれば、尚のことだ。
不思議に思って首を傾げると、ダックスちゃんが唸るようにして、
「呪いだ」
「呪い……ですの?」
「ああ。あの女……アマノが持つ魔具の力は、人を堕落させ、魅了する……っても、おかしらからの受け売りだがな」
「ふむ……」
今までもいろんな魔具を見てきたけれど、他人の心を操る、というのははじめてだ。
「だとすると、テリアちゃんも今頃……」
「そんなにすぐにおかしらがやられるかよ。だが……いくらおかしらが呪いに強くても、限界はあるだろうな」
「では、急いだ方が良さそうですのね。でも、どうしましょう……さすがに数が多すぎますわよ?」
「それなら、まずは俺の爆弾で隙を作って……」
「待ちなさい」
ダックスちゃんの提案を遮って、フェルノートさんが言葉を作った。
「あなたたちは顔が割れてるでしょう? そのリーダーを人質に取られたらどうするの。ここで静かにしてなさい」
「なんか手慣れてますね、フェルノートさん」
「昔、いろいろあったのよ……」
聞かれたくなさそうなので、追求しない方がよさそうだ。
とりあえずフェルノートさんの言い分に納得したらしく、ダックスちゃんとチワワちゃんは素直に下がった。
「ええと、そうなるとこのメンバーであの砦を攻略……ってことですよね?」
「ええ、そうね。ぶっちゃけ楽勝だと思うし……特に作戦とかなくても……まあでも一応は……」
「任せてください! それでは、行ってきますわね!」
「え、ちょ、待ちなさいクズハ!? まだ考えてる最中で……ああもう!?」
話が終わったと思ったらしく、クズハちゃんが元気よく突撃した。
キツネ色の髪と尻尾を置き去りにするかのように、獣の少女が疾走する。
「殺さず行きますわ。尾獣分身、『金糸梅』!」
クズハちゃんがいつもの言葉を唱え、尻尾が分離する。
分離した尻尾はあっという間にその質量を増加させ、形を変えていき、やがてクズハちゃんとまったく同じ姿の分身へと変化する。
自分とまったく同じ姿、能力の分身を作り出す技能。クズハちゃんお得意の尾獣分身だ。
「な、なんだ!? 子供!?」
「獣人のガキだ! どっから湧いて出やぐへぇ!?」
「いっきますわよー!!」
芸人のピンチとあって、随分とクズハちゃんは張り切っているらしく、警備の盗賊たちと早速大立ち回りをはじめた。
「ええと……その、もうやってしまっていいのでしょうか?」
「あー……それじゃ、お願いできますか、リシェルさん」
「はい。それでは、参りますね」
にっこりと微笑んで、リシェルさんが前に出た。
なんかもうぐちゃぐちゃになってきた気がするので、止める必要はないだろう。フェルノートさんもこめかみを抑えてはいるけど、本気で止めるつもりはなさそうだし。
「流れ落ちませ、天の華。『落華流彗』」
紡がれた言葉に応えるようにして、天上から流れる星のようなフォルムの弓が落ちてくる。
ダークエルフの褐色の肌をより映えさせるかのような明るい色合いの弓は、リシェルさんにひどく似合っていた。
「願いませ」
滑らかで、どこか荘厳な動作で弓を引けば、弓がリシェルさんの魔力を吸い上げ、一本の弓矢が形成される。
リシェルさんはすぅっと伸びた背筋のまま、深く息を吸い、止め、そして、
「ふっ!」
息を吐くと同時に、指先が離された。
放たれた矢は、まるで彗星のようにして、光りの尾をたなびかせて飛ぶ。
リシェルさんが狙ったのは人ではなく、朽ちた砦の壁だった。
刺さると言うよりは、砕く音がした。
「うわぁぁ!?」
「なんだ!? 爆発か!?」
「ふう……脆そうだと思いましたが、大当たりでしたね」
息を吐きながら弓を降ろしつつ、リシェルさんが満足げな言葉をこぼした。
彼女が放った一矢を受けた砦の壁は吹き飛び、明らかに一部が倒壊した。当然のように悲鳴があがり、にわかに砦の周辺は騒がしくなる。
結果として、巡回していた警備はクズハちゃんの分身と弓矢、両方に気を取られ――
「はい、適当に縛っちゃいますね~」
「うぉぁぁぁぁ!?」
――足下から伸びてきたツタの群れに、まとめて捕まった。
なんとかそれを逃れたものたちも、今度はクズハちゃんに捕まり、魔法による攻撃で意識を刈り取られていく。
物々しい雰囲気を放っていたならず者のねぐらは、先ほどの雰囲気とは一転して大わらわになっていた。
「……やっぱり滅茶苦茶ね、この戦力。帝国に行く前だけど、頼もしいことこの上ないわ」
フェルノートさんが呆れたようにため息をこぼしながら、剣を抜く。
彼女の方も本気を出す気はないようで、足取りは気軽だ。むしろほとんどクズハちゃんと青葉さんに任せる気でいるだろう。
……本当に、戦力的には一軍クラスですね。
リシェルさんの正確無比な射撃に、クズハちゃんの分身による多段攻撃と、青葉さんの植物を使った対応力。
さらにフェルノートさんも、その昔、王国で最強の騎士なんて呼ばれていたほどの実力者だ。
僕だって神様からチート能力を貰っている吸血鬼だし、本当にこれは相手が悪かったとしかいいようがない。
後ろの子犬ふたりが開いた口が塞がらない状態になっているのをちらりと見て、僕の方も少しは働くことにした。
「はい。正気になーれ」
相手が悪いというなら、本当にこの相手は僕との相性が最悪だ。
僕の回復魔法の技能レベルは10。この世界でいうところの最大であり、僕以外にはおそらく使い手がいないほどの癒やしの力だ。
その力は、魔具の呪いすら外してしまう。
あの大所帯が呪いによって精神を操作した結果だというのなら、僕が回復魔法を使う、それだけで致命的な混乱が起きるのだ。
「はっ……こ、ここは……!?」
「お、俺はいままでなにを……!?」
予想通りに、まずは手近で青葉さんに縛られていた盗賊たちが正気を取り戻した。いや、元は盗賊ですらなかったのかもしれない。
「それじゃ、テリアちゃんを助けてきますね」
「お、お前ら、本当になんなんだ……」
「ええと……ただの暇人、ですかね」
いろんな理由があって集まっている僕たちを、一言で表現するのは難しい。
適当な言葉でお茶を濁して、僕はゆったりと前に出た。
しばらく放っておけば、決着はつくだろう。お互いの命に万が一がないように、回復魔法の用意でもして待機しておこう。
「ふわぁ……早く終わらせて、お昼寝がしたいですね……」
やるべきことは多いけど、空を見上げて思うことはいつも通りだった。




