再開のち会議
「……なるほどね」
こちらの話を一通り聞いて、フェルノートさんは神妙な顔で頷いた。
帝国の襲撃を受けて、数日後。当初の約束通りに、ムツキさんがみんなを連れてきてくれた。
僕の旅の仲間と、共和国の政治家であるアキサメさんとその従者のハボタンさんを加えた大人数で、僕たちは話し合っていた。
行商人のゼノくんが、険しい顔をして言葉を作る。
「あの宣戦布告は、魔大陸にも届いていました」
帝国にいる転生者、クロガネさんが行った、事実上の世界すべてへの宣戦布告。
同じ玖音の家からの転生者である僕にとっては、ひどく面倒くさいことこの上ない話だった。
のんびりお昼寝をしてだらだらと生きるのは、少しだけ休まなくてはいけないらしい。
「商業ギルドやシリル大金庫に攻撃するということは、経済すらも重視しないということですから、実質的にこれは無差別に殺戮をする、と言っているようなものですよ」
「恭順すれば生命は取らないと言うのだから、新しい貨幣や経済体制を作るつもりなんじゃないかしら」
「だとしたら、行商人であるこちらにとっては物凄く面倒なことになるんですが……」
「あ、それについてちょっといいかな」
アキサメさんがいつもの笑顔を崩さず、軽い調子で手を上げた。
「僕の方から出せる情報だけど、既に帝国の侵攻は始まってるよ。ここ数日で、帝国周辺のいくつかの部族、小国が潰されているようだし、既に王国や共和国の国境は破られている。実質、国の境目はなくなったようなものだ。ハボタン、報告を」
「帝国軍は抵抗しないものは帝国へと連れていくそうですが、逆らったものは容赦なく、見せしめのようにして殺されています。共和国の軍も……正直なところ、あまり成果は芳しくはないですね」
「……ええと、それは部外者の私たちに言ってもいいのかしら?」
「既に王国と共同戦線を敷くために動いているから、構わないよ、オッドアイの聖騎士どの?」
「……元よ、なんて言えなさそうな状況ね」
昔の肩書きを持ち出されたフェルノートさんが渋い顔をするけれど、それを完全に否定はしなかった。
彼女は色違いの瞳をこちらへと向けて、静かな言葉で疑問符を投げてきた。
「それで……アルジェは陛下から、なにかお役目を賜った……あー、ええと……ごめんなさい、ついクセで……陛下が絡むとちょっと仰々しい言い方になってしまうのよね」
「あ、いえ、構いませんよ。フェルノートさんの言う通り、僕と青葉さんは、王様に頼まれごとをしています」
「ええ。銀……アルジェさんとふたりで、帝国の首都まで乗り込んで、帝王を押さえろと言われていますよ」
「……それは強行軍とか、暗殺者の仕事よね?」
フェルノートさんが訝しげな顔をして、青葉さんを見る。
青葉さんはいつものように、凛とした姿勢を崩さず、ただ鈴を鳴らして微笑んで、
「新興の国ではありますが、アルラウネの女王として、王国とは協力関係にありますから。アルジェさんは昔の知り合いで、そのお手伝いをしてくれることになったんですよ。ね、アルジェさん?」
「ええと、はい。そういうことになっています」
昔の知り合いというのは間違った評価ではないので、僕は素直に頷いておく。
昔といっても転生する前という意味なのだけど、今その話まではじめるとややこしくなってしまうので、黙っておくことにする。
「事情は分かったけど、だからってそんな危険な……」
「あら、そう思うならあなたも同道してくれると助かるんですが。なにやら、名のある方のようですし」
「言われなくてもそのつもりよ。陛下からの勅命ではないにせよ、王国がこの子に役目を渡したというのなら、それを守るのは当然だわ。個人的にも、その、面倒見るって決めた子だし……」
「それじゃ僕はその辺りを書状として、王国へと渡しておくよ。ハボタン、書類作成よろしく」
「アキサメ様、そこはご自分でお願いします……」
会話が進んでいくのを眺めながら、僕はエルシィさんのことを考えていた。
……言わない方が良さそうですね。
生きている災厄と呼ばれる金色の吸血鬼、エルシィさん。
協力してくれるという約束だけど、どちらかというと彼女の目的のついでのようなものらしいし、なにより彼女とは色々あった。
フェルノートさんあたりはだいぶ怒っていたので、名前を出さない方がいいだろう。
「あの、アルジェ様。お話は進んでいる、ということでいいのでしょうか……?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「そうなのですか。ならば、良いのですが……」
唯一この中で言葉が通じないダークエルフのリシェルさんが、少しだけ不安そうにしている。
古代精霊言語を喋る彼女にとって、今目の前で繰り広げられている会議は、理解ができないものだ。
ダークエルフの仲間たちが帝国に連れ去られているのだから、彼女にとってもこの話し合いは大切なこと。それなのに言葉の意味が分からないというのは、不安なはずだ。
「共和国は王国と共同戦線を張ることになると思うよ。まだ正式には決まっていないことだけど、僕以外の四家も賛同しているし、王国の方からも了承は返ってきているからね」
「では、混乱に乗じて帝都に、というのもやりやすそうですね。私たちは引き続き役目を果たすために動くと、王様に伝えておいてくださいな」
青葉さんの言葉に、アキサメさんは軽い調子で頷いて手元のメモにペンを走らせる。
そんな話し合いの隙間を狙ったようにして、ひょっこりと現れる人がいた。
「はいはい、難しい話にはたまの休憩と甘いものですよ、甘いもの。ほら、皆さん食べてくださいな」
いつも通りの笑顔でそう言いながら、サツキさんが全員分のケーキとお茶を持ってきてくれる。
紅茶の爽やかな香りと、できたてのケーキの甘い匂いが、その場の緊張を少しだけほぐしたような気がした。
「ありがとうございます、サツキさん。場所まで借りてしまって申し訳ない」
「いーえいーえ、なにも遠慮しなくていいんですよ。アキサメくんはおしめを替えてあげたこともあるくらいなのですから」
「サツキさん、今その話はちょっと」
「すみませんサツキさん、そのお話を後で詳しく聞かせていただいても……」
「うん、ハボタンはちょっと落ち着いてくれるかな」
サツキさんが笑みを深くして、全員の前にケーキセットを置いていく。
「一応言っておきますが、うちの従業員たちは復興のお手伝いと自衛くらいはしますけど、戦争はノータッチですよ?」
「僕としては、正直にサツキさんたちが力を貸してくれると助かるんですが」
「喫茶店の店員に武器を持て、というのがナンセンスですよ。それぞれ役割があるでしょう。なにより、うちの従業員に危ない真似はなるべくして欲しくありません」
先日の戦闘を直接見ている訳では無いけれど、結果だけ見ればメイの従業員は猟犬部隊のリーダーたちを無傷で追い払っている。
アキサメさんが手伝ってほしいと思うのも無理はないけれど、あくまでサツキさんは自分のスタンスを崩す気はないようだ。
「それでは、ちょっと休憩にしましょう? ほらほら、あたたかいうちにお茶をどうぞ」
「ありがとうございます、サツキさん」
礼を言ってからカップを傾けると、自分でも思った以上に喉が渇いていたことが分かる。
大切な話なのは分かるけど、こういう真面目な雰囲気は苦手だ。
早く終わらせて、ゆっくりとお昼寝がしたいな。




