表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

191/283

日常の担い手

 夜は吸血鬼の時間だけど、僕にとってはいつだって眠い時間だ。

 そもそも転生する前は人間だった僕にとって、夜は眠りの時間以外の何物でもない。

 それでも、やはり夜中にふと目覚めるときはある。

 普段であれば無視して眠るところだけど、喉が渇いたので水を飲むためにキッチンへと足を運ぶことにした。


「あ……サツキさん」

「あらあら、アルジェちゃんがこんな時間に出てくるなんて、珍しいですね」


 足を踏み入れたキッチンでは、この家の家主であるサツキさんがなにやら作業をしていた。

 漂ってくる甘い匂いはバターやクリーム、チョコレートのもので、机の上には既にいくつものケーキが並べられている。


「……って、仕事着のままじゃないですか」

「すいません、着替えるのめんどくさくて」


 今日はメイの手伝いをしていたので、僕の格好はいつものローブ姿ではなく、メイド服にも似た喫茶店制服だ。

 仕事が終わったあとすぐに眠ってしまったので、着替えずにそのままでいてしまっている。お客さんの前ではないので、恥ずかしくはない。


「ちょっと新作のケーキを考えているところでして。散らかってしまってて申し訳ない」


 キッチンに散らばってあるいくつもの調理器具やボウルからして、相当に試行錯誤したのだと分かる。

 邪魔をしてしまったかとも思うけど、サツキさんはいつものようににこやかに僕を招いてくれた。


「お茶でも飲みに来たんですか?」

「ああいえ、お水でいいんですが……」

「せっかくなので温かいお茶を入れますよ。試作品で良ければケーキもありますから、少しゆっくりしていってください」

「……良いんですか?」

「あっはっは、ちょっと煮詰まってますからね。サツキちゃんも少し休憩するつもりなので、お気になさらずに」


 そう言って胸を揺らすと、サツキさんはお茶の用意をしてくれた。

 思いがけない夜のお茶会だけど、彼女のケーキは美味しいので、素直に喜んでおくことにする。


 席に座って待っていると、温かい紅茶が入れられてきた。

 きちんとお礼を述べてから飲むと、果物のように甘い香りが嗅覚をくすぐった。


「うーん、気分がスッキリしますねえ……あ、お好きなものをどうぞ。良ければ感想など貰えると嬉しいです」

「ええと、それじゃあ遠慮なく」


 お言葉に甘えて、手近にあるチョコレート系のケーキを一口。


 ……あ、ちょっと苦い。


 チョコレートなので甘いのかと思えば、舌に乗ってきたのは苦味だった。

 香りを引き立てるように苦さが来て、生地の甘さとほどけるようにして喉を通っていく。

 あとに残るのは、ほんの少しの甘い香りだった。


「……苦いのにさっぱりしてて、美味しいですね」

「あ、それなら良かった。それはチョコレートの香りは好きでも、甘すぎるのが苦手なお客様用のケーキなんですよ」

「いいと思いますよ。すごく美味しいです」


 生地の優しい甘さによって、苦味を嫌味にしないように気を使っていることは明らかだ。サツキさんの心遣いが見える。

 僕の言葉が嬉しかったのか、サツキさんはまるで少女のように無邪気に笑って、


「良かった。喜んでもらえて嬉しいです♪」

「……サツキさん、ずっとこんなことをしてるんですよね」

「あ、はい。そうですね。といっても、サツキちゃんは永遠の十七歳なので、そんなに長いことはしてませんよ?」

「ええと……そうですか」


 実際は吸血鬼なのだから何百年と生きているのだろうけど、本人が頑なにそう言うのだから否定するのはやめておいた。


「……まあ、確かにちょっと長くなってきましたね。でもでも、アイリスちゃんとの約束ですし、ほかの人たちとも約束してますから」

「約束、ですか?」


 疑問符に対して頷くサツキさんの瞳には、色々な感情が混ざっているように見えた。

 懐かしむように細められた瞳は今にも泣き出しそうにも見えて、僕は思わず、彼女の目を見つめてしまう。

 こちらの視線から目を逸らさずに、サツキさんは言葉を紡いだ。


「はじめは、アイリスちゃんを寂しがらせたくなかったからなんですよ。誰だっていつかは居なくなるけれど、それを悲しみだけで済ませて欲しくなかったのです」

「…………」

「私はただ、アイリスちゃんに、『誰もがいなくなるなら孤独でいれば寂しさを得なくて済む』なんて、言って欲しくなかったんですよ」


 それは、アイリスさんにも聞いていたことだ。

 このお店はサツキさんがアイリスさんのために建てたのだと、この間の夜に、僕は確かに聞いた。


「だから私はこのお店を建てて……そうしてたくさんのお客様を迎えて、そのうちに従業員も増えて……いつの間にか、たくさん約束が増えちゃったんですよ」


 それはきっと、過ぎ去っていった人達のことなのだろう。

 吸血鬼という長い時間を生きる種族であるサツキさんが見てきた、たくさんの人々。

 そのひとりひとりを、サツキさんはきっと覚えているのだ。


「若い頃から腰が曲がるまで、ずっと通ってくれていた人がいました。ある日突然やってきて、常連になってくれた人がいました。親御さんの代から、お婆さんの代から、もっと昔から贔屓にしてくれる人たちもいました。一度しか来てくれなかった人もいました」

「…………」

「その中で、また美味しいケーキを楽しみにしてると言ってくれた人がたくさんいるんですよ。この場所が好きだから、ずっとあって欲しいと言ってくれた人たちが。私たちの存在を、当たり前の日常だと受け入れてくれた人たちが、この世界にはたくさんいるし、いたのです」

「……ここは、いいお店ですから」

「ふふ。ありがとうございます。だから私は、ここを守りたいのです。みんなの当たり前の日常の中に、このお店がある限り」


 そう締めくくって、サツキさんは自分が作ったケーキのうちの一つを食べ始める。


「あ、美味しいですね、さすが私。でもこれもう少しコスト削減できませんかね……このままだと気軽に食べてもらうという、うちの基本方針が……ぐぬぬ……もうちょっと味も良くしたいし……」


 メイはどう見ても繁盛しているお店だけど、やはりお店である以上、利益の問題はあるのだろう。赤字よりは黒字の方がいいのは当たり前のことだ。


 サツキさんは自分のケーキを食べて顔を綻ばせつつも、悩んだ顔をするという器用なことを繰り返し行いつつ、テーブルの上に並んだケーキを片付けていく。

 僕の方も商品開発の参考になればと思って、手近なケーキを食べては感想を渡す。


 本来ならばお茶だけもらったらすぐに眠るところだけど、お世話になっている身なので、それくらいはしたい。

 なにより、サツキさんのケーキは試作品でもとても美味しいのだ。

 夜が深くなってきた頃には、テーブルのケーキはほとんど片付いていた。


「すみませんね、夜中に付き合わせてしまって」

「いえ、美味しかったので構いませんよ」

「そう言ってもらえると、試作しがいもありますね。アルジェちゃんはそろそろ出ていってしまいますから、いい思い出になりました」

「……また来ますから」


 にっこりと笑うサツキさんに、僕は自然とそう言葉を作っていた。

 これから先のことを考えると憂鬱になる。恐らくは戦いになるだろうし、玖音の家の人間が絡んでいるなら簡単には終わらない気がする。

 だからこそ、ひとつくらいは楽しみが必要だと思う。


 ちょっと変で騒がしい人たちばかりだけど、料理もケーキも飲み物も美味しくて、どこか安心してしまう雰囲気がある、喫茶店メイ。

 このお店は、十分に楽しみに値する。

 

「ふふ、それは嬉しいですね。新しい約束が増えました。それじゃ、あとの片付けはサツキちゃんがやっておきますから、アルジェちゃんは寝てください」

「はい、それじゃお言葉に甘えて――」


 ――おやすみなさい。その言葉が、サツキさんの耳に届くことは無かった。

 それよりも遥かに大きな轟音が、夜の優しい時間を破壊したからだった。


「っ……地震……!?」

「違います、これは……でも、どうして……!?」


 ふらついたサツキさんの手を取って、僕は強い疑問符をこぼした。

 遥か高空から、なにかが叩きつけられる音。不愉快なその響きを、聞き慣れ始めている自分がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ