生者と生者
「さてさて、積もる話はありますが、まずは旅路の確認としましょう」
「そうですね」
積もる話というのはもちろん、お互いの前世のことだろう。
青葉さんも僕も前世からの知り合いであり、きっとお互いに転生してからいろいろあった。話せることは、少なくはないだろう。
そこを理解しつつも、今考えなくてはいけないことを優先する相手に対して、僕は素直に頷いた。思い出話なら、旅の最中にいくらでもすればいいのだから。
今、僕たちが会話しているのは、夜のお散歩でも訪れた庭園だ。日が昇ったことで陽の光を浴びる花たちを眺めながら、僕たちは今後について話し合うことにしていた。
「まずルートですが、一度共和国に入り、そこから帝国に入ろうと思います。王国からはどうやっても危険ですからね」
「まあ、戦争している間柄ですからね……」
この大陸にある国のうち、大きなものは三国。
それぞれ王国、帝国、共和国と呼ばれていて、そのうち王国と帝国は敵対関係にあるけれど、共和国はそうではない。
つまりどう考えても共和国からのほうが、帝国には渡りやすいということだ。
共和国は僕も一度行ったところだし、土地勘があるというほどではないけれど、道を聞くアテくらいはあるので、その意見には素直に賛成できる。
「旅路の問題としては食事などがありますが、それは私にお任せあれ。果物など、植物系になりますが、アルラウネの女王として、飢えとは無縁の旅路を約束しますよ」
「そういえば夜の戦いでも、草花を種から一瞬で成長させてましたね」
「ええ。あれは私の得意技。体内で生成した高濃度の栄養を与え、魔力も併用することで、高速での成長を可能とする……ちょっと珍しい技能ですよ。アルラウネ系でも、高位のものです」
「……やっぱり転生したから、ですか?」
「ええ。それはお互いだと思うので、よければ技能などを確認しておきたいと思うのですが……構いませんか?」
「分かりました。特に隠すことでもないので」
お互いの素性どころか、前世すらも把握しているのだ。
青葉さんがどういう人かを僕は文字通り、生まれる前から知っている。持っている技能のことを教えたところで問題はないだろう。
そう結論して、僕は一通り自分にできることを相手に説明することにした。もちろん青葉さんの方も、自分が持っている技能の説明などを丁寧に行ってくれた。
「収納系の技能は有用ですね。血を消費するとはいえ、武器を自在に作り出せるというのも、便利そうです」
「実際、収納はかなり便利ですよ。それと……一応、魔具も持っています。形のないものを斬る、というちょっとスピリチュアルな効果なんですが……吸血鬼とか、悪霊みたいな相手には効果が高いです」
「それは頼もしいですね。私は基本的に物理攻撃と、できても魔花を使った搦め手ですから」
吸血鬼が敵として出てくる可能性がある以上、僕が持っている『夢の睡憐』は頼りになる武器だ。
昨夜の王国への襲撃が挑発だったということは、やってきた吸血鬼は尖兵で、つまりは大したことのない相手だった可能性が高い。
これからもっと強い相手が出てくることを考えれば、武器は良いものを持っているに越したことはない。
そうしてお互いの能力の確認をしていたところで、金色の髪を揺らしてある人が現れた。
堂々とした様子で歩んでくるのは、王国の主であるスバルさんだ。
「アオバ。お前の言うとおり、馬を準備させたぞ」
「ありがとうございます、王様」
「良い。しかし……馬だけでいいのか?」
「大抵のことはお互いの持っている技能でなんとかなりますから、馬二頭あれば充分ですとも」
食糧事情は青葉さんが解決できるし、荷物に関しては僕が収納できる。
青葉さんの言うとおり、あとは馬でもいれば、特に問題なく出立はできる状態だ。ネグセオーでないのが残念だけど、王様が用意した馬なら、きっと良いものだろう。
「……余としては、親善大使の身の上にある相手に暗殺者のようなことをさせるのは少しばかり、気が引けるのだが。求婚もしていることだし」
「親善大使と言っても書状を届ける程度の約束ですから。後のことはクティーラちゃ……ルルイエの女王様と、サマカーさんにお任せします。求婚はええと……ごめんなさい」
元々、国同士の付き合いなんて難しいことはよく分からない身の上だ。親善大使という立場や書状も、成り行きで渡されたに過ぎない。
求婚についても、やはりスバルさんの望みと僕の望みが一致しないので、受け取ることはできない。
僕の謝罪に対して、スバルさんはゆったりと頷いた。
「良い、許す。失恋もまた、恋の醍醐味……昨日、サマカーに借りた恋愛小説にそんなことが書いてあったゆえな」
「はあ……頑張ってください」
王様の結婚相手探しは前途が多難そうだ。主に本人の天然のせいだろうけど。
色恋に関しては、僕も恋人いない歴イコール年齢の身なので、特にアドバイスしたりもできない。適当に濁しつつも、僕は別の話題のために言葉を作ることにした。
「あの、スバルさん。その話とは別で、ひとつお願いしたいんですが」
「……許す、話してみよ、アルジェ」
「ええと……僕が知っている子……と言っても魔物なんですが、彼が守り手をしている森が密猟者に狙われることが多いらしいので、どうにかしてもらえないかなと」
「……それは、帝国に行く報酬としてか?」
「はい、一応、なにか貰えるなら、ですけど……森の位置はあとで地図でも貰えれば、書きますから」
僕が言っている森というのは、かつてこの国を離れる前に立ち寄った場所のことだ。
ミノタウルスのオズワルドくんが守り手をやっている、名前も知らない森。そこは自然が豊かであり、それゆえに珍しい薬草などを求める密猟者によく狙われている。
僕個人から王様に求める報酬は特に思いつかないのだけど、オズワルドくんは王国の領土に住んでいる。つまり王様が一声かければ、密猟者の襲撃も少しは少なくなるかもしれない。
「……欲がないな。天使と言われるのも頷ける」
「いえ、その呼び方はちょっと遠慮したいんですが……まあその、お世話になったところなので、できればお願いしたいです」
「許す。それが望みなら、褒美としてそうしよう。密漁品の監視を強化し、お触れを出し、罰則も大きくする。ひとまずは、それでいいか?」
「ありがとうございます」
十二分な対応だと思うので、素直に頭を下げてお礼を言っておく。
その後、スバルさんは地図を用意するために、庭園を出ていった。庭園は再び、僕と青葉さんのふたりきりになる。
ゆるく風が吹き、草花の香りを混ぜていく。心地よさに目を細めていると、りん、と鈴の音が響いた。
「ふふ」
「どうしました?」
「いえ、これからのことを考えると不謹慎なのは承知の上なのですが……少しだけ、共和国に行くのが楽しみだなと……」
「……そうですね。約束でしたから」
「いわく、サクラノミヤという首都では桜が一年中咲くのだとか……季節感という風情がないのは少しばかり寂しいですが、いつでも見られるというのはいいことです」
そう語る青葉さんの顔に浮かんでいるのは、柔らかな微笑みだ。
自らの身体に咲いた花を揺らして笑う彼女は、玖音にいるころよりもずっと可憐に見えた。
「……その、アルジェさん」
「なんでしょう?」
「……手に、触れてみてもいいですか?」
「……どうぞ?」
急にどうしたのかと思ったけれど、拒む理由がないので素直に手を差し出す。
玖音 銀士だった頃よりもずっと小さくて、滑らかな手。そこに触れる手も、やはり玖音 青葉のものではなく、人間とは異なる肌の色をしたアルラウネのもの。
それでも、触れられるぬくもりはあの日、座敷牢の向こう側から伸ばされた手に似ていた。
「生者と死者ではなく、生者同士……ああ、懐かしい……そして、嬉しいものです……」
「……そうですね。お互いに少しだけ変わってしまいましたけど……また、こうして同じ時間を生きることができています」
「ええ……ええ。私にはそれが……なによりも、欲しいものだったのです」
彼女の瞳からこぼれる透明なものは、感情の証だった。
それを綺麗だと思いながら、僕は瞳を閉じる。
同じように涙が溢れるようなことはないけれど、それでも、僕も嬉しいと思うことはできた。
あの日、なんの言葉もなく握られた手を、今は言葉と共に触れられることを、僕は受け入れた。




