ふたつの銀
「……まったく。戦闘中によそ見とは。素人ですか、貴女は」
「イザベラさん……!?」
予想外の人物は、呆れたように溜め息をついて、シバ、と呼ばれた男性の刀を受け止めていた。僕と彼の間に割って入るようにして、僕を守ってくれたのだ。
イザベラさんは二本の指で、まるでダーツでも挟むようにして、事も無げに刀を止めている。
涼しい様子のイザベラさんを見て、相手は明らかに目を見開いた。
「な……んだ、お主は!?」
「はあ。貴女こそ何者ですか、この不届き……ああいえ。今のは汚い言葉でした。言い直します。……なんなんですかね、この汚らわしいクソッタレどもは。不愉快なので今すぐ息を止めるか爆散してください」
「言い直したほうがひどいな……!?」
「いきなり出てきて邪魔だ……潰れろ、女!!」
アキタという名前らしい、大鎚を持った男性が、真横からイザベラさんの頭目掛けて武器を振り上げた。
「イザベラさん……!」
「ふ……問題ありませんよ」
助けるべく動こうと思ったところで、イザベラさんは手を振った。
それは僕の助太刀を否定するための動きというよりは、相手の攻撃に対してかざした動き。
けれど、彼女はなにも武器を持っていない。人間の頭なんて簡単に潰してしまえるような、鉄塊じみた武器を受け止められるはずがないのは明白だ。
だというのに、イザベラさんは余裕だ。むしろ薄笑いすら浮かべている。
そして、叩き潰しがやってきた。
「……ぐうう!?」
「あら。どうしたんですか? 私を潰すのでは無かったのですか?」
イザベラさん以外の、その場にいた誰もが驚いただろう。
振り下ろされた槌は確かに、彼女の腕を打撃して、けれど、潰すどころか曲げることすらできていなかった。
鉄塊は確かに受け止められ、まるで金属同士がぶつかったような甲高い音と、衝撃だけが抜けていく。
先日の一件を思い出しながら、僕は自然と口を開いていた。
「……ムツキさんだけじゃなく、イザベラさんも、ですか」
「あれはムツキくんが頭おかしすぎです。私はもっと、物理的なものです……よっと」
軽い調子でそう言うと、イザベラさんは両腕を振るった。
いくらイザベラさんが長身とはいえ、女性の体躯。腕は細く、とても力があるようには思えない。だというのに、彼女が発揮した力は、男性ふたりをまとめてふっ飛ばした。
「はぁ……一応は私も女の身なので、あまりこれは人に見せたくないのですがね」
面倒くさそうに呟いて、イザベラさんはボロボロになったスーツの裾を、自らの手袋ごと破り捨てた。
「イザベラさん、それ……」
露出した腕の肘から先は、彼女の肌の色とは明らかにかけ離れていた。
鮮やかな輝きを放つ、銀の腕。滑らかに動くそれは間違いなく生き物の指で、しかし、決定的に異質だった。
彼女が長袖を着て、手袋を常に外さなかった理由は、あの銀色の輝きを必要な時以外は晒さないようにするためだったのだろう。
揺らめく炎の明かりに照らされた銀の腕を、どこか寂しそうに眺めて、イザベラさんは言葉を紡ぐ。
「魔具、『銀十字』。不格好ではありますが、私が大事なものを守るという欲望のために選んだ、結果です」
「自分の腕を斬り落として、魔具にすげ替えてるのか、この女……!?」
「分かっているなら、言わなくて結構」
イザベラさんはそう言って、深く腰を落とす。
徒手空拳。けれどなにも持っていないその手は、明確な銀の輝きを放っている。
構えはムツキさんに似ている。恐らくはどちらかが、どちらかに戦闘の仕方を教えたのだろう。
「我が祈り、我が願い、我が望み。すべての浅ましき我が欲望に応えよ……忌まわしき銀の腕よ! アガートラーム!!」
謳い上げるような言葉とともに、魔力の波が発生した。
銀色の腕は輝きを増し、側に立っていても分かるほどの熱気を生み出しはじめる。
恐らくは強化系の魔法。つまりイザベラさんは今、完全に戦闘状態に入ったということだ。
「私の『銀十字』は、非常に魔力を通しやすい魔物を材料に造られています。故に、強化系の魔法の効果が倍加する……まあ、単純な能力ですが、扱いやすくていいでしょう」
「イザベラさん……」
「火消しのための時間を稼いで、可能ならあのクソッタレどもをこの大地から叩き出します。アルジェさん、行けますね」
「……ええ。大丈夫です。すいません、イザベラさん。助けてもらってしまって」
「ヴァレリア領とは古い親交のある間柄です。襲撃に居合わせたのはたまたま、ムツキくんからの手紙を持ってきたからなので偶然ですが……捨て置くわけにはいきませんからね」
捨て置くわけにはいかない、か。
僕にとっても、それはその通りだ。
ここに来て、またたくさんの想い出ができてしまった。
今日の朝までずっと、笑っていた領民のみんなのことを、僕は覚えている。
この領地をもう一度見たいと、帰りたいと願って、涙を流して帰還を喜んだリシェルさんのことを、覚えている。
なによりも、この領地で過ごした安らかな時間と、ひだまりの中で眠る気持ちよさを、僕は確かに覚えているのだ。
「捨てていくことは、できないですね」
置いていくことはできても、捨てていくことはもうできない。できなくなってしまった。
これは僕が怠けていたから遭遇してしまった面倒で、だけど、前のように逃げたいとは思わなかった。
自然と顔は前を向いて、相手を見据える。突然の救援に驚きつつも、三人はそれぞれの武器を構え直していた。
相変わらず、数は不利。おまけに、コンビネーションという意味でなら間違いなく向こうが上。
それでも、僕は退きたくないと思った。
手に馴染む刃の冷たくて硬い感触が、心の変化を肯定してくれるような気がして。
分からないことだらけで、僕以外の異世界人の存在のことは未だに不明のままだけど。
今は、守るべきものを。




