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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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真実はいつも


「っ……どういうことですかっ……!?」


 疑問符に対する答えは既に出ている。

 だって、それは始めから知っていたことだ。

 魔大陸は危険なところで、争いが絶えない場所。そのことを僕は来る前から知っていたし、ここにきて、ムツキさんのところにいるときにも、それを自分の目で見たのだから。

 だから今、目の前で上がる炎も、悲鳴も、憤りの声も、僕は予想できていたことのはずだ。


 なによりも、過去にこの領地からさらわれたリシェルさんという存在が、それを示していたのだから。

 僕が目を背けていたこと。それが居心地の良さに甘えて、ぐうたらしている間に来てしまった。それだけのこと。


「あ、アルジェ様……」

「ロロさん……!」


 ふらふらと、こちらへと歩いてきたのは、この数日で見慣れた顔。

 リシェルさんのお屋敷でメイドをしている、ロロさんだった。


「痛いの痛いのとんでいけ」


 明らかに憔悴しきった顔のロロさんを抱きとめて、回復魔法を発動する。

 熱気を吹き飛ばすようにして巻き起こった回復の波は、彼女の身体をあっという間に癒やしていく。

 怪我をしているのか、あるいはなんらかの魔法やこの火事で体調を崩しているのかわからなかったから、とりあえず全部ひっくるめて元気になるようにと、魔力の出し惜しみ無しで、とにかく回復させてしまうことにする。

 ロロさんは倒れたときに気を失ってしまったようで、腕の中からは寝息のような、ゆるい呼吸が感じられた。


「……襲撃、と考えるのが一番正しいんでしょうね」


 耳を澄ませば、森が燃える音や、家屋が倒壊する音に混じって、耳障りな音が聞こえる。

 不規則な甲高い波は、明確に、誰かが刃を交える音だ。

 破砕音はなにかを壊すためのもので、風切りの音は弓矢が空を切っているからだろうか。


 明らかに、それも複数の戦闘が行われていることが分かる。

 そしてダークエルフの領地が、どこかと戦闘状態に入ったという話は聞いていない。そもそもリシェルさんは見る限り、この魔大陸の住人の中ではかなりの穏健派だ。自分から戦争を仕掛ける、なんてことはありえないだろう。

 つまりこれは、襲撃。それも、強襲と言える類のものだ。


「無事か、アルジェ!!」

「ネグセオー、ロロさんを安全なところへ」


 既に血の契約によるテレパシーで呼んでいたネグセオーがこちらにやってくるなり、僕は彼の背にロロさんを預けようとした。

 ネグセオーは即座に僕の意図を理解してくれたようで、身体を屈めることで、それに応えてくれる。


「負傷者の避難を最優先に。ネグセオー、状況は分かりますか?」

「俺にも良くは分からない……だが、奴らは『空から降って』きた。気をつけろよ、アルジェ!」


 自分が戦闘でどのくらい役に立つかは分かっているのだろう。ネグセオーはそこまでを言葉にすると、大きくいなないて駆け出した。

 彼の足は早い。避難が必要な人たちを、安全なところへと移すには適任だ。


「アルジェさん、私たちは……」

「……この騒ぎを、止めましょう」


 自分でも驚くほど冷静に、そんな言葉が溢れた。

 面倒くさいとも思わないし、だるさもない。

 ネグセオーが言った言葉の意味を深く理解するには時間が足りないけれど、とにかく動かなければ始まらないし、終わりもしない。


「承知しましたわ! 手分けいたします! 尾獣分身、『金糸梅(きんしばい)』!!」


 クズハちゃんも見過ごせないと、そう思ったのだろう。最初から僕の返答が分かっていたかのように、即座に分身を産み出した。

 变化技能の応用によって現れた分身は、クズハちゃんと同じ能力、そして同じ思考を持つ。

 指示など出すまでもなく、狐の群れが駆け出していった。

 狐色の耳と尻尾が紅白の服のなびきを連れて行くのを眺めながら、僕は独り言をこぼした。


「この臭いは……魔法の炎じゃない……」


 はっきりと断言できる。この火事は魔法によって引き起こされたものじゃない。

 魔力の波を感じないし、なにより臭いがある。これは知っている臭いだ。そして、ここにあるわけがない臭いだ。

 いや、あるかもしれない。けれど、魔法のあるこの世界で、こんな方法に、こんな思考に至る人間がいるだろうか。いるかもしれない。いや、でも。

 背中に張り付くような嫌な感じは、明確な違和感であり、危機感でもあった。

 まだ理解しきってもいないような状況で、言い知れないほどの不愉快さと、嫌な予感を覚える。


 そして、僕の頭上へと影が落ちた。


「っ……!?」


 反応できたのは、速度極振りのステータスゆえだろう。反射神経すらも含めたすべての速度は、僕が危機感を得ると同時にとっさの動きを取らせてくれた。

 ほとんど横っ飛びになった視界の中で、僕が先程まで立っていた場所に巨大な鉄塊が打ち込まれるのが見えた。

 ずん、という衝撃が遅れてやってきて、大気を撫でていく。


「外した!」

「仕方ないですねえ、手間を増やんじゃねえですよ」

「っ……風さんっ!」


 聞こえてきた言葉が二人分だと理解した瞬間、僕は動いていた。

 二番目に声が聞こえた方向に即座に腕を振るい、言葉を紡ぐ。

 急ごしらえの魔法は、けれど確かに僕を救った。地上から上空へと発生した強風が、飛来した矢を吹き飛ばしたからだ。


「冗談でしょう、これも反応するんですか……!?」

「ならば、これで終いよ……!」

「っ……! ええいっ!!」


 三人目の声ではさすがに、驚かなかった。

 ブラッドボックスから抜き放った刃の銘は、『夢の睡憐(すいれん)』。エルシィさんを退けて以降、何度も僕を守ってくれた刃は、今度も確かに降りかかるものを退けてくれた。

 ぎん、という強い衝撃があり、お互いが弾かれる。


「くっ……!」


 衝撃に腕がしびれ、身体が土埃で汚れるのも構わずに、僕は立ち上がった。

 燃える領地を背景に立つのは、それぞれに武器を構えた三人の男性。

 最初に僕を襲った、大鎚を持つ大男がめんどくさそうに腕を回す。

 弓を構えている細身で眼鏡をつけた人は、既に次の矢をつがえている。

 最後に僕と刃を交えた、ふたりと比べると少しだけ小柄な人が、自分の手の中にある刀を眺めて、言葉を作った。


「子供の力じゃあ、ないな。ダークエルフでもない。そしてその(あか)い目……お主は、吸血鬼か。なぜ、ダークエルフの領地に吸血鬼がいる。それも、昼間に、だ」

「……そっちこそ、見たところ人間ですけど、ダークエルフの領地になにをしにきたんですか」

「知れたこと」


 くっ、と喉の奥を沈めるように笑い、相手は刃を構えて、深く腰を落とした。

 それに呼応するようにして、側にいる二人も剣呑な気配を放ち始める。

 二度目が来る。そう思った瞬間には、相手は土を蹴っていた。


「狩るために、決まっておろう……!」


 ひ、という風を裂く音を置き去りに、鋭い斬撃が飛んでくる。

 それは明らかに僕の腕や足を狙うようなもの。つまり急所では無いけれど、この鋭さは、触れれば斬れる。

 無数に重ねられる斬撃を弾きながら、僕は後退を選んだ。刀を持っている人の背面から、弓矢が連続して飛んでくる。


「く、ぅ……!」

「おおっと、逃げるなよ。せっかく会ったんだから、ゆっくりしていけ……!」


 矢を弾き、更に距離を取ろうとしたところを、狙うようにして打撃が落とされてきた。


 ……やりづらい!


 多対一、という状況を考えれば当たり前のことだけど、それ以前にこのやりづらさには覚えがあった。

 三位一体とも言えるような、高等かつ、精密な連携。

 それぞれの武器の違いを合わせて相手を追い込むような動きは、僕にとって記憶にあるものだ。


「風さん、お願いします……!」

「ちぃ……!」

「うぉっ!?」


 ぐん、と更に踏み込んできた相手に魔法をぶつけ、更に大きく距離を取ることで逃れる。

 吹き飛ばしたふたりはそれぞれが受け身から即座に復帰。もうひとりの矢が飛んでこないことを確認して、僕は疑問符をこぼした。


「もしかして、ご兄弟がおもしろ芸人さんだったりします?」

「……おいシバ。なんの話をしてるんだ、コイツは」

「吸血鬼にマトモな受け答えを求めるな、アキタ。特にこやつは、あの『黒』のヴラドや、『金』のエルシィに匹敵するかもしれん。弓矢は足りてるな、スピッツ」

「問題なっし。質のいい吸血鬼となれば、父上殿が喜ぶねえ……僕も嬉しいよ。嬉しくて、眼鏡がずり落ちそうだ」


 柴犬、秋田犬ときて、たぶん流れ的に日本スピッツ。

 冗談にしか聞こえない三つの名前を聞いて、僕はあるひとつのことを確信していた。

 僕が異世界に来たときに出会った三人組、テリア盗賊団。

 テリアちゃん、ダックスちゃん、チワワちゃんの三人。彼らの名前を僕は、『偶然、僕の世界の小型犬の犬種と同じ名前』だと思っていた。

 けれどそれがもし、ただの偶然なんかではないとしたら。


 この世界の通貨システムを統一したシリルさんと言う人は、話を聞く限り、僕と同じ異世界からの転生者だ。

 転生者は僕だけではなかったのだ。だったら、もっと他に転生者がいたとしても、その中で、犬の名前をどこかの誰かにつける人がいたとしても、おかしくはない。

 そうであったなら、すべてが繋がるのだ。彼らの名前も、この火事の惨状を引き起こした原因についても。

 なぜならこの炎に中に混じる臭いは間違いなく、魔力ではなく『油』のもので。

 魔法というものがあるこの世界で、油をまいて放火、という科学的な発想に至るのは、きっと魔法のない世界の――異世界人の思考だから。


「だとしたら……」

「考え事とは余裕だな、銀色」

「……!?」


 思考に沈みかけた瞬間に、相手が距離を詰めてきた。

 気が緩んでいたわけではない。けれど、異世界人の存在を確信した瞬間に、ほんの一瞬、目の前の相手のことを忘れてしまった。

 いくら速度に全振りしたステータスとはいえ、完全に隙だと言えるタイミングでの攻撃。回避も迎撃も、明らかに間に合わない。ゆっくりと動く景色の中で、僕は自分の失敗を確信した。


「あ――」

「――なにをしているのですか」


 斬られる。そう思った瞬間に、予想外の声が聞こえてきた。

 ぎぃん、と甲高い音が、熱気の中に鳴り響く。

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